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魔人の狂想(52)


 52


「ふぁぁ、緊張したぁ……」


 開会の挨拶を終えて、アリーナ裏。

 舞台袖に繋がる扉の前に設置されたベンチに腰を下ろしながら、俺は仮装していた魔女のローブ越しにおなかをさすった。


「でも、よくできていたじゃない。

 みんないい声を挙げていたわ」

「うちも良かったと思うで、マーリンの挨拶。

 こう、なんか釣られて気持ちが湧き上がるみたいな感じでさ!」

「なら良かったよ」


 励ましてくれる二人に、疲れた笑みを浮かべる。

 いや、本当に疲れたよ、精神的に。


「さ、こんな所でだれている暇は無いわ!

 先週やられたお返し込みで、今日はみっちり遊ぶんだから! マーリンの奢りで!」


 しかし、そんな俺の様子なんて露ほども知らないのか、あるいはあえて目を瞑って知ろうとしないのか。

 アリスは乗り気な様子で幽女レイスの衣装である白いワンピースを翻しながら、そんな風にのたまった。


「仕返しってそれかよ!?

 ……まぁいいけどさ」


 何か根掘り葉掘り秘密を聞き出そうとしてくるのではとヒヤヒヤしていたが、どうやらそんなつもりはなかったらしい。

 無かったらしいが──一つ違和感。


「あれ?

 でもアリス、仮装でもお化け怖いんちゃうかったっけ?

 そんな盛大に遊ぶぜぇ! みたいなこと言ってるけど、大丈夫なんか?」


 同じく怪訝に思ったのだろうロゼッタが、ニヤニヤと笑いながら指摘するが。


「……っ! い、いいのよ!

 だって私、別にお化けなんて怖くないもの!」

「まだ言うか!」

「えぇ、何度だって言うわ!

 仮装だってわかっていれば怖くない──ぃひゃぁ!?」


 ロゼッタがの挑発に乗って、両腕を組んでそう宣言するアリスだったが、しかしこっそりと背後に回って首の後ろからこんにゃく──もとい『デビルタン』を滑り込ませるロゼッタに、小さく悲鳴をあげて俺の方へと倒れてくる。


「わ、アリス!」


 咄嗟に両肩を掴んで、転倒を防ごうとする──が、何の因果か、首から背中へと滑り落ちるはずの『デビルタン』がワンピースの襟のあたりから出現し、驚いた拍子に俺の手の位置が若干ずれる。


 そのせいで咄嗟に立ち上がった俺のバランスも崩れてしまい、そのままベンチの上で何故か上下反転。

 気がつくと俺の手は、その歳にしては豊満なアリスの双丘を両手に掴んで馬乗りになっていた。


「ひゃんっ!」


 小さな喘ぎ声が鼓膜に届いて、瞬時に俺はその場を離れた。


「ご、ごごごめんアリス!?」


 怒られる、と少しだけ身構える。が──


「な、なんて事ないわ!

 お、女の子同士だもの、これくらい余裕──じゃなくて、ロゼッタ! なんて事してくれたのかしらグッジョブ──じゃなくて、マーリンが怪我でもしたらどうするのよ!?」


 ──どうやらそんなつもりは毛頭ないらしく、むしろ怒りの方はロゼッタの方へと向かっていた。


「ごめんやって!?

 まさかあんなけかたするとか思わん!?」

「だからってやっていいことと悪いことがあるでしょ!?」

「うわーん、そんなとこで見てんとマーリン助けてぇやぁ〜!」

「いや、これに関しては自業自得だから……」


 とりあえず、怒られずに済んだことにホッとしながら、追いかけ回されるロゼッタに無慈悲な言葉を投げかけてやる。

 これがもし男のままだったら、きっと俺はあの腕力で粉々にされていたに違いない。

 軽くポカポカと殴られるロゼッタを見ながら、何となくそんな風に思うのだった。


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