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魔人の狂想(5)


 5


「うぅ……体が痛い……」


 それから紆余曲折あった後、異世界初のお風呂を終えた俺は、部屋の窓際に設置されたベッドの上にダイブしていた。


 客室のある宿屋の本館ではない、マルコさんやソフィアさんたち家族が暮らす、居住スペースの三階の角部屋。

 宿の中庭を挟んで新たに建てられた家のこの部屋は、元は冒険者になって家を出て行ったソフィアさんの姉であるクロエさんの部屋だったらしく、今は客室として使っているのだとか。

 お風呂場でソフィアさんが気を紛らわせるための雑談として話してくれたのだ。


 ちなみに今俺が借りているこの胸元がレースで飾られた白のノースリーブワンピースや、その上から羽織っている丈の長い青のカーディガンも、そのカナミさんがこの家で暮らしていた頃に着ていたもののお下がりなのだとか。


 女の子が着ていた服に身を包むというこのなんともいえない背徳感に加えて、薄い生地でちょっとした風でも裾がひらひらとはためいて心許ない感覚には、正直羞恥心が大きくて落ち着かない。


 ワンピースの丈が足首ほどまであるのがせめてもの救いだろう。


 閑話休題。


「……お日様の匂い」


 少し硬めの布団から匂ってくる香りに、ほんのわずかな安らぎを覚える。──それと同時に、否応なく思い知らされてしまう。


 ここが異世界であるということ。二度と家に帰ることができないということ。家族の顔を、もう一度拝みたいと思っても二度と叶わないということ。


 そんなことを思い出してしまうと、知らず知らずのうちに涙が目から溢れ落ちてくるのがわかった。


 これまでバタバタしていたから、考える時間がなかった。なんやかんや言って、結局は何かのバグでしたってオチなんだろ、どうせすぐに時間が解決してくれる。心のどこかではずっとそう思っていた。


 しかし、こうやって考える時間ができて、布団の感触や匂いを確かめるにつれて、そんなすがる思いも、次第にそんなものは幻想だと確信に変わっていく。


「……はぁ」


 蕎麦殻か何かだろう、独特な硬い感触のする枕に顔を埋めながら、小さくため息をつく。

 考えたって仕方のないこととはいえ、感傷に浸らずにはいられない。もともと俺は寂しがり屋な性分なのだ。


 とはいえ、切り替えなくてはいけないだろう。

 そうでなければ、せっかく助けてくれたマルコさんの家族に余計な心配をかけてしまうし、それを聞かれるのも俺にとっては面倒だ。

 幸い、ここは《ノタコン》の世界がモデルになっているし、こういった異世界モノのラノベはいくつも読んで大体のテンプレートや進行の仕方なんかは頭に入っている。その分何も知らないよりはアドバンテージがあると言っていいだろう。


(だからまずは冒険者にならなきゃな……。

 そのためにも、まずはさっきのガラット・カヴィアロード戦で得たポイントでステ振りしないと)


 俺はベッドの縁に座り直すと、虚空をダブルタップしてメニュー画面を開いた。


 《ノタリコントラクト・オンライン》──通称《ノタコン》。

 大手ゲームメーカーにして、全感覚没入型VRMMORPGを専門的に扱うギガント=クロノス社が運営していたこのゲームのコンセプトは、一言で表すならば『改造』の一言に尽きる。


 その為このゲームでは、従来のゲームと違って、レベルアップで獲得できるスキルポイントを使えば、アーツの内容を改竄したり、また複数のアーツを合体させることができるのである。


 例えば剣術スキル。

 このスキルはゲーム開始当初から標準装備されているスキルで、突進垂直斬り上げ技の《アステュート》と、突進垂直斬り落とし技の《バーチカル》、それから剣の攻撃速度を底上げする《素早い斬撃》の三つのアーツが発動可能になる。


 細かく言えば、魔力の消費を伴わない《剣術の心得》というものもあるのだが、それはともかく。

 これらのアーツは、スキルポイントを使うことによって、例えば《アステュート》の“突進”の部分だけを切り取って使ったり、或いは“斬り上げ”の部分と《バーチカル》の“斬り落とし”の部分だけを切り取って繋げて使えるようにしたりできるようになるのだ。

 他にも、十ポイント支払うことで新しいスキルを獲得したり、別のスキルと組み合わせることで新しいスキルを自分勝手に創作したりすることができるのである。

 ──というわけで。


 俺はスキルツリーをポチポチと操作して、ゲームだった時代に自分が取得していたスキル──魔法スキルを取得した──次の瞬間だった。


「√﹀\_︿╱っ!?」


 突如として、大量の情報が頭の中を駆け巡る感覚とともに、鋭い頭痛を覚えた俺は、ベッドの上で声を噛み殺しながら転げ回った。


 おそらく、これもゲームが現実になったことによる影響の一つなのだろう。


「考えてみれば、そりゃこの世界の住人が一からコツコツ勉強なりして習得してきたものをボタン一つで使えるようになるんだ、脳への負荷も相応でかい筈だよ……」


 何も考えずにウィンドウを操作したことを若干後悔する。

 この習得速度の速さはゲーム由来とはいえ、この世界の住人からすればチートものだ。

 手数料だと思って受け入れよう……。


「よし、これで当分は大丈夫」


 俺は頭痛が治った頭(頭痛それ自体は一瞬だったが余韻がすごく長かった)に手を当てながら一息ついた。


 ゲーム時代の俺の戦闘スタイルは、基本魔法スキルを遠距離から放ちつつ、抜けてきた敵は剣術スキルなどを使って回避しながら攻撃するという、回避盾型の火力魔法使いだった。


 当時レベル六十後半くらいだった頃は、多数の相手がいる場合は範囲攻撃で一掃、単体には単発の魔法で攻める脳筋戦法だったが──現実となった今となると、それは少々見直さなければなるまい。


 HPがたった三割持ってかれただけで肋が折れたんだ。

 あの時はアドレナリンの鎮痛作用でなんとかなったものの、次もそううまくいくとは限らないし、今のアジリティで全ての攻撃を躱せるかと聞かれれば、ゲーム時代と同じようにいくとは考えにくい。


 実際、ガラット・カヴィアロードとの戦いで使った反射神経は、ほとんど究極の集中状態(ゾーン)故の奇跡だと言っても過言じゃないし……安全マージンとって確実に敵を仕留める方向でアーツを組んだ方がいいだろう。


「となると、魔法攻撃力と発動速度に念を置きつつ、接近されて回避が間に合わなかった時用に物理攻撃を──」


 ステータス画面を開いて、消費していなかったステータスポイントと睨み合いながらぶつぶつ呟き、能力値を調整していくのだった。


 ──ちなみに、これは後で分かったことだが、スキルの取得同様、ステータスポイントを割り振るときもそれ相応の苦痛があった。

 めっちゃつらい。

 もうほんと勘弁して。

 ゆるして……。


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