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魔人の狂想(49)


 49


 それから先はとても慌ただしかった。

 次々と飛来する人間砲弾は、着弾するなりゾンビのようにむくりと起き上がり暴れまわった。

 学校職員や生徒の中で戦えるものは全て発狂した人間砲弾の対処にあたり、そのほかは安全な地下シェルターへと隔離されていく。


「君たちも、ここは私たちに任せて安全な場所へ」


 そう言ってくれる先生や職員も多くいたが、しかしそんな言葉は右から左に聞き流し、俺たちは被害の激しい街の中心へと急いだ。


「酷いな……これは……」

「えぇ……まったくだわ」

「命の冒涜って多分このためにある言葉やわ……」


 くっ、と顔を顰めながら、現場の惨状に言葉を吐く。

 死屍累々という言葉がまさに示す通り、その場に立っている人間は一人もいなかった。

 いや、正確に言えば正常な人間は(・・・・・・)、か。


「うぅ……ぁ……」


 うめき声を上げながら、よろよろとこちらに目を向ける人々。

 それら全てには、今や濃い黒いモヤが掛かっていた。

 そのまなこには言葉を話す知性はなく、生への渇望とかそう言った気力もなく、ただ目に映るもの全てに害意を振りまいている。

 ……振りまいているだけで、こちらに近づこうとも、攻撃を加えようともする素振りは見えないが。


「やはり、古いマニュアルというのはいけませんね。

 新しい時代には新しいやり方を取り入れなければ、効率ガタ落ちですから」


 ジャラリ、と鎖のしなる様な音が聞こえて、俺たちはそちらに意識を向けた。

 するとそこには、黒いモヤを伴った複数本の鎖を手に握っている赤いローブの男が、ラミアクイーンを背後に従えさせながら立っていた。

 その顔は、白いペストマスクに隠されていて見えないが、くぐもった様な声から直感的にそう感じる。

 同時に、直ぐにそれが人間ではないことも理解する。

 なぜなら、そのローブの隙間から見えている足が、鳥のような四本指の、黒くゴツゴツとした、禍々しいものだったからだ。


「パラノイア……!」


 思わず、戦慄と共に声が漏れた。

 『スターゲイザー』を握る手に自然と力が込められ、ギリリと奥歯が無意識に噛み締められる。


「ほぅ、ワタシの名前を知っていますか。

 ということは──あなたが、『ノタリコンの魔導書』の保有者で間違いない様ですね。

 いやはや、『ページ』の反応だけでは誰が誰だかわからなかったので、自ら名乗り出てきてくださって感謝します」


 『ページ』、という言葉が何を意味しているのかは、『ノタリコンの魔導書』という言葉からなんとなく察しがついた。

 この世界のモデルになっているゲームの名前は『ノタリコントラクト・オンライン』。

 ノタリコンとは、カバラ数秘術の用語の一つで、単語や文章の頭文字から新しい単語を作り出し、呪文を構築する技術だ。

 このゲームのタイトルの由来はそこからきていると聞いたことがある。

 このゲームのコンセプトは『改造』だが、そのノタリコンというタイトルはそこから連想されたものなのだ。

 つまり、彼の言う魔導書というのは、ゲーム時代から俺が活用していたウィンドウのことだったらしい。


 なるほど、魔導書、ねぇ。

 考えたものだ。

 察するに、『ページ』というのは、ウィンドウからなくなっていたログアウトボタンやGMコールボタンなどの項目を指しているのだろう。

 メニューウィンドウは差し詰め目次といったところか。

 つまり──俺はこいつを倒して『ページ』を回収できれば、元の世界に帰れる。

 ……まぁ、帰る気は今の所毛頭無いが、もし行き来できる様になるなら──一度、何も言わずこちらの世界に来てしまったことを、実家の両親に謝りに行きたい。


(見えてきたな)


 ほとんど刹那にも満たない時間の内にそこまで理解できた俺は、深呼吸をして一度心を落ち着かせた。


「マーリン、どういうこと?」


 怪訝そうな二人の視線が俺に突き刺さる。

 これは、もう隠せそうにない。

 アリスは俺が奴の名前を知っていたことについて、そしてさんざん三人で探し回った例の魔導書のことを知っていたことについて疑念が生まれている。

 ロゼッタの方は──少しついて行けていないみたいだが。


「話せば長くなるから簡単に言うけど──要するに、俺もあいつと同じ異世界人だったってことだよ。

 まぁ、同じって言っても、同じ異世界から来たわけじゃないけどな」

「んぁ??? ど、どーゆーことや???」


 簡略化しすぎた説明に、さらにロゼッタの頭がこんがらがるが、アリスの方はといえばやや不信感は増したものの、今はそれどころではないと結論づけたのか、ため息をついて頭を切り替えた。


「まぁいいわ。

 でも、後で詳しく教えなさい」

「わかってるよ」


 これからのことを思うと少し憂鬱だが……良いきっかけができたとでも思うことにしよう。


 ──さて。


「お前だけ色々事情を知っているのが気に食わない。

 だから一つだけ教えろ。

 ……お前が、この『ノタリコンの魔導書』を求める理由は何だ?」


 閑話休題、わからないことがあった。

 俺の持つ『ノタリコンの魔導書』をこいつが求める理由だ。

 例えば、俺の元いた世界に行って世界征服なんてありがちなことを考えているとしたら、俺の手元にはない『ログアウトのページ』はおそらく相手の手にあるのだろうから必要がないはずだ。

 俺が持っていて彼が持っていないだろうと推察できる要素があるとすれば、それは魔導書本体に何か隠された力があるとか、だろうか?


「そうですね。

 こちらだけが一方的に知っているというのはフェアじゃありませんから、いいでしょう、お応えいたしますとも」


 言って、パラノイアはバッ、と両手を広げ、天を仰いだ。

 それはまるで、この世界全部にその両腕で覆い被さらんかの様に。


「ワタシの目的はズバリ不死の肉体を手に入れ、我が祖、死神ギガント=クロノスの首を刈り取ることすなわち──神の世代交代であります!!」

「「「…………はい??」」」


 何を言っているんだコイツは。という、何か可哀想なものを見る視線が、パラノイアに集まった。

 ギガント=クロノス。

 おそらくこの世界の住人には馴染みのない名前だろうその言葉を、俺は知っている。

 そう。

 この世界のモデルとなっているゲーム、《ノタリコントラクト・オンライン》の制作、および運営を行なっている、大手ゲームメーカー会社の名前である。


(いやいや、まさかそんな)


 名前の前に死神とついているのが不可解ではあるが、しかしこの世界だ。何かしらの繋がりがある様に思えてならない。


「ねぇ、マーリン。

 あの変質者は何を言っているのかしら?」


 アリスの質問に同意する様に頷くロゼッタ。


「さぁ……? 俺もよくわからん」


 言っていることの一部だけは何とか理解できる。

 魔導書を手に入れると不死身になれるという部分だ。

 これはゲームの仕様として当たり前の設定ではあるが、プレイヤーはゲーム内で死んでも、最後に立ち寄った街でリスポーンすることができるというものがある。


 おそらく、彼が不死身になれると叫んでいるのはそのことを言っているのだろうと予想することができるのだが……果たして、この世界でもそれがちゃんと機能するのか怪しいところだ。


 なんせ、『ページ』が欠けているからな。

 この世界に来た時みたいにバグって復活できませんでした、なんてオチには遭いたくない。


 そしてもう一つ。

 もし仮に彼の言う死神というのがゲーム開発社であり運営でもあるギガント=クロノス社であるならば、多分、いや十中八九、この魔導書の力があったところで、セーブデータなり何なりに何かしら手を加えられればそれですぐさまおじゃんだろう。


 ギリシャ神話じゃないんだから。


 まぁ、でも。


「予言してやるけどな、パラノイア。

 たとえお前がこの魔導書を手に入れて不死身になったところで、その死神とやらには指先一つすら触れられないと思うぞ」


 ピキリ、と奴のペストマスクに青筋ならぬ白筋が浮かび上がる。

 おそらく、自分の夢というかそういう何かを否定されて怒っているのだろう。

 これまでやってきたことの全否定をしたわけだから当たり前か。


「まぁ、だからというわけじゃないけど、お前の持ってるその『ページ』とやらには俺も個人的な用があるからな。

 力尽くにはなるが、奪取させてもらう!」

「良いでしょう! あなたがその気ならワタシだって負けるわけにはいきません!

 ラミアクイーン! あの生意気な小娘共を叩き潰してやりなさい!」

「PALLLLLLLLLLLLLLLLLLL!!!!!!!!」


 舌を巻く様な鋭い雄叫びをあげて、ショッキングピンクの怪物が襲いかかってくる。


「散開!」


 管制の指示より早くその場から離れる三人。

 直後、凄まじい破壊音が周囲の狂人ごと吹き飛ばす。

 なんという重量だろう。

 トグロを巻いていた時でさえ、周囲の家屋の三倍はありそうな背丈のそれは、確かに重く、そして思っているよりもかなり素早い。

 よく見れば体の周りに黒いモヤがまとわりついているし──なるほど、パラノイアの狂化バフのせいか。


「アリス、ロゼッタ!

 オペレーションS!」

「「了解!」」


 回避しながら、二人に作戦を通達する。

 オペレーションS。

 それは、俺たちが初めて授業でパーティを組んで倒したスライムの頭文字から取られたコードネーム。

 要するに、グリーン・ヒュージスライムの時同様、俺が後方支援を行いつつ、ロゼッタが撹乱してアリスがメイン火力として攻撃しまくる戦法であった。


「喰らえ、《カラドボルグ》!」


 『タラリア』で空からラミアクイーンの背後に回り込み、巨大なレールガン型魔法銃『カラドボルグ』で後頭部を狙う。


 ──チュドン!


 一瞬で圧縮された火属性の魔力が、一条の光線となってラミアクイーンの脳を揺らす。

 それに合わせる様にして、今度はアリスの飛ぶ斬撃が、その人間の首に相当する部分へと飛来した。


「《ラ・ピュセル》!」


 黄色い光の斬撃と、紅い砲撃のタイミングがうまく重なり合うことで、ラミアクイーンの頭はテコの原理でさらに強い衝撃を与えられ、大きなダメージを喰らう──かに思われたが。


「PALLLLLLLLLLLLLLLLLLL!!!!!!!!」


 ショッキングピンクの髪の束が、一斉に蛇の様に蠢いて、それらを蹴散らしてしまった。


「「!?」」


 驚きのあまり、一瞬動きが止まる。

 二人の攻撃を蹴散らした髪は、その隙をついて鋭くロゼッタの方へとミサイルの如く無限に伸びながら追尾して迫った。


「ちょっ、待て待て待てぇ!?

 聞いてへんってこんなギミック!?」


 『タラリア』の魔法動力による立体機動によって、空中を縦横無尽に逃げ回りながら『カラドボルグ』の紅い魔力砲撃を撃ち込む──が、すぐに攻撃速度が追いつかないことを悟って、小型のレールガン型魔法銃『ブリューナク』と『グングニル』に持ち替えて迎撃する。


「おりゃりゃりゃりゃりゃりゃりゃぁあああ!!!!」


 しかし、だからといって俺たちの方も放置されていたわけではない。

 そのラミアクイーンの爪による地面スレスレを狙ったスイングや鉄槌攻撃。

 壁の様に太い尻尾による鞭のような攻撃。

 それら全てを、ロゼッタへの攻撃とは別に、同時にこちらへと攻めてきていた。


「チッ、思ってたより速いのね……っ!」


 爪攻撃を『ラ・ピュセル』で手首ごと斬り落として防御し、急所に潜り込もうと腕の上を駆け抜け、顔に向かって突撃するも、間合いの外に一瞬で回避されてロゼッタに対し使っていた髪の毛攻撃で迎撃される。

 一方で俺の方も二人の援護とは別に、『スターゲイザー』の魔力回復を応用して、《ウォーターボール》を空中に充填待機させながら、ガトリングガンのごとく撃ち込んでいるのだが──全くダメージになっている気配がしない。


(球じゃダメだ、もっと鋭く、もっと速く──!)


 次第に放つ《ウォーターボール》の形状が、槍の様に長く、鋭くなっていき、表皮に細かい傷をつけ始める。

 水属性だけじゃない、風属性の魔力を使って推進力に変換させ、射出速度を上げているのである。

 だが、どうやらまだ足りないらしい。

 奴の攻撃を回避しながら、そんな効いているのかわからない攻撃を繰り返す。

 もともと、俺たちの様なレベル十代後半のパーティが相手にする様なモンスターではない。

 推奨されている攻略パーティの平均レベルは六十だし、たとえ六十あったとしても確実に勝てるほどやわなやつではない。

 俺たちの様なレベル帯からすれば、もはやレイドボスの様な相手なのだ。


(こんなちまちました攻撃じゃダメだ、もっと火力の高い魔法を──!)


 《ウォーターボール》ならぬ《ウォーターガトリング》とでも呼ぶべき魔法を一度切り上げて、少し離れた位置で術式を練り直す。

 高密度に集めていくのは、水属性と風属性の魔力。

 渦を巻いて圧縮される水の槍を、風の刃を纏わせることで短時間のスリップダメージを食らわせる──!


「《ウォーターランス》!」


 ──バシュン!


 鋭く渦を巻く水の突撃槍が、ラミアクイーンの顔面へ向けて射出される。

 しかし、これだけの魔力を圧縮したせいか、流石に不味いと悟ったのだろう。

 ラミアクイーンは咄嗟に首を横に傾げる様にして、その魔法を回避した──が。


「PALLLLLLLLLLLLLLLLLLL!?!?!?!?!?」


 驚いた様な悲鳴が周囲にこだました。

 それもそのはず。

 避けたはずの魔法によるダメージによって、片耳が弾け飛んだからだ。


 ──ガガガガガガ! と削られ、侵食される傷に痛みを感じ、思わず耳を押さえようと片手を持ち上げるラミアクイーン。


 その時ばかりは動揺し、ロゼッタを追いかける髪の攻撃が一瞬止まった。


「二人とも、今だ!」

「ええ!」

「やったるで!」


 ロゼッタの兵装が『カラドボルグ』に持ち替えられ、アリスの『ラ・ピュセル』は俺が放っていた《ウォーターボール》と《ウォーターガトリング》を斬ったことによる充填された魔力が待機状態へと移行した。


「やったれ、《カラドボルグ》!」

「《ラ・ピュセル》!」


 二つの攻撃が、再びラミアクイーンの頭部へと着弾した。


「PALLLLLLLLLLLLLLLLLLL!?!?!?!?!?」


 今度こそ髪による防御は間に合わなかっただろう。

 その証拠に、奴の首には一筋の切り傷が生まれてダラリと血を流し、頭部からも同じく多量の血が流れて片目を赤く染めていた。

 狙ってやったわけではなかったものの、どうやら片方の視界を奪うことに成功したらしい。

 今のはクリティカルヒットというわけでもなかったはず。

 なのにこの反応ということは、ある程度HPを削った証拠だ。

 どうやら思った以上に必殺技によるダメージが大きいらしい。


(確かラミアクイーンの攻撃パターンが変わるのは、HPが三分の一を削られたタイミングだったはず)


 もう少しだ。

 もう少しで勝てる……!


「よっしゃ、この調子でガンガンいくでぇ──っどわぁ!?」


 再び『カラドボルグ』で追撃を試みようとするロゼッタだったが、しかし怒り狂ったラミアクイーンの叩き落とす様な攻撃を受け、地面に叩き落とされるかに思えた。


「「ロゼッタ!?」」


 思わず二人揃って悲鳴をあげる。

 しかし。


「あっぶな!?」


 髪の毛による追尾攻撃に目が慣れ始めていたおかげで、寸でのところで回避に成功したのか?

 いや、そればかりか、攻撃してきたラミアクイーンの手の甲に一撃見舞ってすらいたのを見るに、どうやら実際のところは、砲撃の反動によって運良く奴のリーチから外れていた様である。


 とはいえ、安堵するにはまだ速い。

 空を飛ぶ彼女に向けて伸びる髪の毛の追尾攻撃が再開され、ラミアクイーンの標的が俺たち二人の方へと固定される。


「PALLLLLLLLLLLLLLLLLLL!!!!!!!!」


 ラミアクイーンの咆哮。

 同時に、その巨大な人間の胸──に擬態された魔力袋に、高圧のエネルギーが充填されていくのが感じられた。


「まずい、ブレス攻撃だ!」


 直後、溜め込まれたエネルギーが一気に膨れ上がって奴の頬袋を膨らませ、タバコの煙を吐き出すが如く、ショッキングピンクのブレスがモクモクと周囲に充満し始めた。


「《ボール》!」


 咄嗟に、三人全員に球状の魔力障壁を展開して攻撃を防がんと試みる。

 しかし、アリスだけが咄嗟に『ラ・ピュセル』を盾にする様に防御したせいで、剣が魔力障壁の魔力をかき消してしまい、結果、煙を喰らってしまった。


「アリス!?」


 濃霧の向こうに僅かに見える金色の巻毛に向けて呼びかける。

 『ラ・ピュセル』の能力は、その剣に触れた魔法を打ち消し、魔力を吸収することである。

 吸収する範囲は剣に触れている部分のみであるため、今回の様な広範囲のブレス攻撃の場合は、剣を回り込んで侵入してくる煙に対処できずダメージを負ってしまうのである。

 慌てて魔法で風を起こして、ブレス攻撃によるピンク色の煙を吹き飛ばす。


「大丈夫か、アリス!」


 『スターゲイザー』を空飛ぶ箒の代わりにして駆け寄り、彼女の容態を確かめる。

 ラミアクイーンのブレス攻撃は、ランダムで様々な状態異常を与える効果がある。

 火傷、凍傷、麻痺、毒、混乱、エトセトラエトセトラ。

 火傷や凍傷、毒、麻痺程度ならば、回復用のポーションがストレージにあるが、それ以外のマイナーな状態異常なら俺にはどうすることもできない。

 わなわなと震えるその肩を揺らして、アリスと目を合わせる。

 すると、一瞬だけぼぅと光を失っていた瞳が、急に文字通りハートになって、ガバッと、俺のことを押し倒してきたのである。

 ……俺は、この状態異常に見覚えがあった。


「はぁ……お姉様……////」

「「お、お姉様ぁああああ!?!?!?」」


 驚きのあまり、大きな声をあげる俺と、今もなお空でラミアクイーンの注意を引いてくれているロゼッタ。

 どうやらあそこまで声が聞こえていたらしい。


(クソッ、よりによってこんな時に魅了って……!)


 吐息混じりの熱い視線を向けながら、がっちりとマウントをとって両腕を地面に押さえつけてくるアリス。

 このままじゃ戦闘に支障が出るし──っていうかやっぱ腕力強いなこいつ! ビクともしない!


 ──魅了。

 それは付与術スキルレベル一で取得できる挑発タウント系アーツ、《チャーム》によって付与することができる状態異常である。

 このアーツの厄介なところは、NPCを含む各キャラクターごとに設定されている隠しパラメーター、APP──まぁ要するに魅力値とかいう容姿の美しさの指標──が高ければ高いほど強力になり、また効果時間も長くなるところだ。

 俺のAPPは、自慢だけどこの世界においてはかなり高い部類に位置するわけだから、畢竟、馬鹿力アリスによる拘束時間もかなり長くなる。

 そして、そうやって生まれた絶好のチャンスを見逃すほど、敵の方だって甘くはない。


「PALLLLLLLLLLLLLLLLLLL!!!!!!!!」


 鳴き声とともにスイングされる極太の蛇の尾が、視界の端に映る。


「アリス頼む! 離してくれ!

 じゃなきゃ二人揃って木っ端微塵になるぞ!?」


 思い出すのは、ガラット・カヴィアロード戦での尻尾攻撃。

 あの時はレベル一だったからとはいえ、一撃で肋骨が砕ける様なダメージを負ったのである。

 それが今回は壁と見間違えるほどの巨大な尾。

 当然それだけで済むはずがない!


(腕を掴まれているからストレージも開けないし──畜生、このままじゃ死ぬ!)


 そう悟った俺は、一か八かの賭けに出ることにした。


「ごめん、アリス!

 ちょっと飛ぶぞ(・・・)!」

「そっ、そんな……!

 急にだなんて、私心の準備がぁ!」


 何を妄想しているのか、急に顔を赤らめさせてハァハァと喘ぎ始めるアリス。

 しかし今は緊急事態。

 とりあえず無視して、ブレスの煙を払った時同様につむじ風を俺の背中と地面の間に発生させて、二人纏めて空へと吹き飛ぶことでギリギリ回避に成功した。


「あははははは!

 お姉様と空のデートね!」

「一瞬死にかけたけどな!?」


 がっちりと掴まれた手首のお陰で、どうにか二人揃って回避に成功したが──何とも腑に落ちない助かり方だと思う。

 『スターゲイザー』で浮遊する俺の体に、ひしっ、としがみついてくるアリス。

 着痩せするタイプのせいか、彼女の年齢にしては豊満な二つの柔らかいものが押し付けられて、俺も理性が飛びかける。

 きっと、今俺が男だったなら、位置的に息子が彼女の花を刺激して、さらにひどい事態を引き起こしていたに違いなかった。


「あぁああもう! こうなったらこのままでいいや!」


 大声と共に、引き剥がせない彼女を諦めて、自ら密着する様に抱きついた。

 この方が離れているよりも幾分か具合がいいからだ──というのは、表向きの事情だということは察してください。


「……っ」


 呼吸を整えて、空中でラミアクイーンを睨みながら『スターゲイザー』の先を向ける。


「ロゼッタ、合わせて!」

「わかった!」


 彼女の兵装が、ラミアクイーンの髪の毛を払っていた二丁の魔法銃から再び『カラドボルグ』へと切り替わる。

 『スターゲイザー』の魔力は十分。

 ここから頭に向けて、一気に大火力を叩き込みまくる!


「《魔力砲》、発射!」

「《カラドボルグ》、ファイア!」


 『スターゲイザー』の斧刃の先から放たれる高密度の魔力による太い砲撃が、ロゼッタの『カラドボルグ』から放たれた紅い魔力の光線を巻き込んで、轟音と共にラミアクイーンの脳天を撃ち抜く。


「PALLLLLLLLLLLLLLLLLLL!?!?!?!?!?」


 ガツン、と首があらぬ方向へと傾いて、衝撃が若干逸れるものの、流石にあれだけの衝撃を受ければ首の骨くらい折れるだろう……けど、こんな、たった数発高火力の魔法を叩き込んだくらいでHPを削り切れるはずがない。

 最初の一撃は目眩しに過ぎないのだ。


「これで仕舞いだッ!」


 砲撃を撃つのとほとんど同じタイミングで用意していた十個あまりの《ウォーターボール》が、待機充填状態でさらに数を増やし、天空を埋め尽くしていた。

 『スターゲイザー』の能力の一つ、急速な魔力回復力の応用で、魔力を集めた端から《ウォーターボール》へと置換させていたのである。


「征け、《蒼海の渦銛サダルメリク・カエルレウム》!!」


 ──チュドガガガガガガガガガ!!


 正に海中から見た渦潮の如く螺旋しながら、目標に向けて一斉に細い水の槍を叩きつけていく。


「PALLLLLLLLLLLLLLLLLLL!!!!!!!!」


 それら全ての攻撃を構成する魔力は、『スターゲイザー』による魔力吸収によって常に供給され続けるため、俺が止めるまで永遠に終わらない広範囲攻撃魔法。


 実質的に即死攻撃となりうるその水の嵐が、普通であれば魔法の威力を減衰させるはずの鱗を剥ぎ取り、その下の肉を抉る様に切り裂き続けていく。

 暴れ回り、髪による迎撃や腕による防御を試みるが、その悉くが渦に飲まれ風穴を開けられていき、なす術がない。

 抵抗らしい抵抗といえば、無限に伸び続けるショッキングピンクの髪による追尾攻撃のみか。


 ──だが。


「くっ……!」


 『スターゲイザー』から流れ込み続ける魔力の本流に、それを魔法へと変換して伝達する肉体の方が先に悲鳴をあげ始めた。


 くそ、でも、あともう少し……ッ!


 ビリビリと電気の走る様な感触が、『スターゲイザー』を握る手に伝わってくる。

 あまりにも反動が強過ぎて、思わず手を離してしまいそうだ。

 カールさんは、コイツを倒すために、ポテンシャルを落とすために冷たい水や氷属性の魔法をメインにして攻撃し続けたと言っていたから真似をしてみたものの……どうしてかな、こいつ、中々死にやがらない……っ!


 鱗の下の中は確かに抉れている。

 人間部分も多く風穴が目立つ。

 しかし一定以上、そこから先へとダメージが通らない。


(なんだ、何が──!)


 ──と、その時だった。


「マーリン、もしかしてあいつ、《自己再生》使ってへんか?」


 俺の魔法の上から『ブリューナク』と『グングニル』を連射していたロゼッタが、ラミアクイーンの様子を観察しながら呟いた。


 《自己再生》。

 それは、ある程度レベルの高いモンスターであれば、ほとんど全てが身につけている回復手段。

 MPの消費を必要とせず、大気中の魔力を吸収して自身の肉体を超高速で再構成する、モンスター専用のアーツである。


「なるほど、その再生速度が俺の魔法とロゼッタの攻撃によるダメージの合計と拮抗してるってわけね……」


 よくよく見れば、確かに穿たれた傷はすぐさま再生していく様子が目に見えてとれた。

 まぁ、再生された瞬間にまた風穴が開くのだが──その繰り返しでは、奴のHPを削り切ろうにも無理があるだろう。


 チッ、と舌打ちして観察から思考へ切り替える。

 かといってこれ以上魔法の出力を上げると魔力回復の速度が放出速度を下回って魔法が打ち止めになるし──。


「あ、あの、マーリン……」


 弱々しい声が、俺の肩越しに聞こえてきた。

 アリスである。

 若干声が震えている気がするが、気のせいだろうか?


「な、なんで私たち、こん、こんな……空にぃぃいいいるのかしらぁああああああ!?!?!?」


 いや、どうやらそうではなかったらしい。


(あー、高所恐怖症なんだ、アリス……)


 魅了されながらもやたら強くしがみつくと思ったら、なるほどなぁ……ってあれ?


「ぅお!?

 アリスがまともになった思ったらなんか次は震え出したで!?

 情緒不安定か!?」

「だっ、誰が震えてなんか……ぅきゃっ!?」


 ロゼッタの軽いイジりに歯を剥き出すものの、攻撃の合間を縫って飛来してくる髪による攻撃を避けた反動で、小さく悲鳴を漏らす。


「アリス、正気に戻ってくれたならちょうどいい」


 極力揺らさない様注意しながら、下から伸びてくる髪を『スターゲイザー』の斧刃で切り裂き、現状を説明する。


「──というわけで、これを打開するための強力な攻撃手段が必要なんだ」


 目をしっかりと合わせながら、アリスに告げる。

 察しのいい彼女のことだ、おそらくすぐに俺の言いたいことが分かったのだろう。

 顔面を蒼白にしながら、全力で首を左右に振りながらアリスが口を開いた。


「それを私がやれっていうのかしら!?

 無理よ、こんな高さから落ちたらいくら私でも死んじゃうわよ!?」

「……大丈夫、ちょっと股間がヒュンってするだけだから」


 ニコリ、と恐怖心を和らげさせるべく笑顔を浮かべてそう告げてみるが、どうやら逆効果だった様だ。

 まぁ、俺に捕まってもどうせ落ちる──注:降りるではない──んだから、意味ないんだけどな!


「じゃ、ロゼッタ!

 援護頼んだ!」

了解りょーぅかいっ!」


 言って、『スターゲイザー』に使っていた魔力による浮遊の効果をキャンセルし、重力に従ってラミアクイーンの脳天へと急落下した。


「ふぅああああああああ!?!?!?!?」


 突然のことに脳みそが追いついていかないのか、まるで初めてジェットコースターになった子供の様な──それにしては絶望成分が割高だったが──叫び声をあげる。


「マーリン!! 後で絶対覚えてなさいよ!?

 絶対仕返ししてやるからぁああああ!?」


 彼女の恨みの籠った声に、一瞬、この役はロゼッタに任せるべきだったかと後悔するが、後の祭り。

 どちらにしろしがみついて離れなかったのだから、結局俺がやるしかなかったのだと諦めることにする。


「わかった、恨みは後で聞いてやるから、早く体勢を整えろ!

 ロゼッタの援護射撃に巻き込まれるぞ!」


 直後、迫り来たるショッキングピンクの髪の束に、若干目を瞑る──が、頭上からの紅い魔力の砲撃によって蹴散らされる。


「ひぅっ!?」


 耳のすぐそばを通ったそれに、アリスはきゅっと膝を抱えるような体勢をとった。


「それじゃ準備はいいな、アリス。タイミングを合わせるぞ!」

「うぅぅぅぅぇぇええぇわかったわよやればいいんでしょやれば────っ!」


 涙目になりながら、若干投げやりな態度ながらも『ラ・ピュセル』を構えるアリスに倣って、俺も『スターゲイザー』を頭上に振りかぶった。


「いくぞ!」


 タイミングを確認して、スゥ、と息を吸い込む。


「「──《ラ・ピュセル》ッ!」」


 最後の掛け声がかぶり、二人の一撃がほとんど同時にラミアクイーンを胸元から鼠蹊部までを切り裂きながら落下した。


「PALLLLLLLLLLLLLLLLLLL!?!?!?!?」


 断末魔が廃墟と化したテザリアの街に響き渡り、大量の赤い血飛沫が、巨大な稲穂の如く飛び散った。


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