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魔人の狂想(48)


 48


 それから一週間。

 フォルルテ先生の痕跡は依然として見つからないままどころか、発狂した人の報告や被害も全く耳にしなくなるほど、ぱったりと途絶えてしまっていた。


 何も起こらない、気味の悪い空気。

 例えるなら嵐の前の静けさそのもので、俺たち三人の空気は最悪だった。


「こんだけ騒がしといて、これで終わり、なんてわけあらへんよなぁ……」


 ポツリ、とロゼッタが呟いた。

 ゲーム時代であれば、イベント期間が終了すれば被害も一気に収まり、何もなかったかの様に日常が訪れていた。

 それが当たり前で、それがゲームとしての仕様だからだ。

 しかしこの世界は現実である。

 イベント期間なんてものははなから存在しないし、被害を受けた記憶は無かったことにはされることなく、その痕跡は残り続ける。


「魔導書……がなんとか言っていた気がするけど、それが見つかったから手を引いた、っていうのは?」

「可能性はあるかもしれないわ。

 おそらくだけど、ペストマスクの男が人を発狂させていたのは、おそらくその魔導書とやらの保有者を探し出すための撒き餌だったのかもしれないし」

「撒き餌……ねぇ……」


 進展のない会話にため息を吐く。

 ──と、そんな時だった。

 ガラガラガラ、と音を立てて教室の扉が開き、担任の先生であるカナミ先生が難しい顔をして入ってきた。


「はいみんな席についてー。

 帰りの会始めるよー」


 先生の一言で、まばらに席に戻り出す。

 俺も、席を離れていく二人にまたねと手を振って見送りつつ、下校の用意をしながら耳を傾けた。


「えーっと、先ずは注意勧告からだね」


 ピクリ、と耳が反応するのがわかった。

 これまでの帰りの会に注意勧告が挟まれることがなかったからである。

 もしかすると、何か事件解決への糸口になるかもしれないと、メモを用意して話に集中する。


「最近、窃盗の被害が増えてます。

 学校側も、学園祭で使う予定のモンスターが封印された召喚カードが一枚盗まれました」


 ラミアクイーンだ、とすぐにわかった。

 先週の日曜日、カールさんが学校からの依頼で捕獲しに行ったボスモンスターである。


「今は騎士団と協力して犯人の捜索に繰り出しているけど、万が一犯人が街中でモンスターを召喚してしまうと厄介なことになるので、武器の携帯を怠らないようにしてください」


 物理攻撃は硬い鱗によって阻まれ、同じくその鱗による効果ゆえか、魔法が効きにくい冒険者泣かせのボスモンスター。


 もし仮にパラノイアが人々を発狂させて暴れ回させるのが、魔導書の保有者を誘き寄せるための撒き餌というアリスの仮説が正しければ、近々奴は街中でそれを暴れさせるだろう。


 できることなら、やられる前に対処したいが──。


「あともう一点。

 最近行方不明者が続出しているようだ。

 もし不審な人物を見かけたら、戦おうとせず直ぐに騎士団に報告するように。

 続いて明日の予定だけど──」

(行方不明者……?)


 さらりと流された言葉に、少しだけ眉を顰める。

 行方不明、と言われて真っ先に思いつくのはフォルルテ先生の失踪である。

 これが何か関係しているのかはハッキリしないが、しかしもし仮にアリスの仮説が正しいなら、この行方不明者は多分──


(以前、パラノイアに発狂させられた人……か?)


 しかし、だとしても彼らを誘拐する理由は──そうか、一気に街に放出して暴れ回させるためか。


 騒ぎを起こして魔導書の持ち主を炙り出したいが、ラミアクイーン一匹を街に放つだけでは規模が知れているだろう。


 だから街全体に騒ぎを起こして炙り出す必要がある。


 魔導書、というのがどのような効果を持っているアイテムかはわからないが、名前からしておそらく特殊な魔法でも記載されているに違いない。


 ──と、その時だった。


 冒険者学校を囲う高い城壁を越えて、何かがものすごい勢いで教室の窓目掛けて飛来してきたのである。


「──主兵装展開!」


 本能で動いた。

 気づいた瞬間、アレは危ないものだと察した俺は、直ちに『スターゲイザー』を現界させると同時に《ウォーターボール》を発動。

 飛来物が窓に直撃する寸前でそれを受け止め──きれない!


 ──ガシャアン!


「「キャーッ!」」


 失速しきることなく窓を粉々に破壊し侵入してくる謎の物体に、教室中が悲鳴に沸いた。


「みんな下がって!」


 俺が魔法を使うのとほとんど同時に剣を抜いていたカナミ先生が、切先を物体に向ける。

 それは、黒いモヤに包まれて丸まったまま、震えながら、うぅ、うぅ、と呻き声をあげていた。


「マーリン、あれって……!」


 アリスもそれが何か気がついたようである。


「イダ……イ……イダイ……ドウ……ジデ……ワガ……ハイ……」


 ぽつりぽつりとかれるようなうめき声に、恨みがましい怨嗟の声が混ざっていた。

 青い髪を掻きむしり、血を流しているその物体。

 俺たちはそれを見たことがあった。

 いや、見たことがあるのは俺とアリスだけだったが、同じようなものは三人とも見たことがある。


「フォルルテ先生……!?」


 カナミ先生が、それの名前を呼んだ。

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