魔人の狂想(40)
40
肌寒くなりつつある街を練り歩き、ブティックを目指す。
どこもかしこもハロウィン一色で、ガラス窓越しに見える店内を覗けば、オレンジや黒、紫といった色を基調にした服が多く目についた。
俺たちが探しているのは普段着用であって、ハロウィンパーティー用ではないのだが──
「あら、あのデザインロゼッタに似合うんじゃないかしら?」
目の端に映ったショーケースのマネキン。
それが着ていた洋服を見て、アリスが足を止める。
「え〜? うちにはこんなんかわいすぎるって!」
ハロウィン限定でしか着れないデザインというわけでもなく、しかしハロウィンに着れば正に狙って仮装しているようにも映るそのデザインに、ロゼッタは少しだけ悩む。
「いいじゃん、試着だけでもしてみなよ?」
「そこまで言うんやったら……しゃあないな……」
しかし、そんな彼女の背中を押すように口を開いた俺の言葉に、しかし満更でもなさそうに少しだけ口端を歪めさせながら決断した。
そんなわけで入店、早速試着させる。
「ロゼッタ、素材はそこそこ良いと思うのよ」
試着室のカーテンに消えていったのを見計らい、アリスが小声でそう呟いた。
「言葉を選べよアリス。せめて宝石の原石とか、言いようはあるだろ?」
「あら、キザなレトリックを使うのね。
あなた、存外にメルヘンな頭をしているのかしら」
「メルヘンな頭ってどんな頭だよ……」
言うだろ、原石って言い回し。
使い古されてるし、キザでもなんでもないと思うんだけどな……。
ニヤけながら話す彼女に、俺は唇を尖らせた。
「……なぁ、ほんまにこれ変ちゃうかな?」
そうこうしているうちに着替えも終わったのか。
試着室のカーテンから、ロゼッタが顔を現した。
頭の上には、猫の頭を模しているのであろう飾りがついた、赤いフードが被せられてある。
「顔だけ出されても分からないわよ、ほら、着替え終わったのなら早くカーテンを開けてくれるかしら?」
言って、強引にカーテンを引っ張る。
「ちょ、やめ、アリスまだうち心の準備が……っ!?」
シャラァ、と滑車が滑る音を盛大に響かせながら、試着室のカーテンが全開になる。
するとそこには、赤いネコミミのフーデッドケープと、同じく赤地にフリルの多いゴスロリチックなドレスローブを身につけたロゼッタの姿があった。
「おお」
思わずため息が漏れる。
洋風、というよりどちらかといえば和風に近いデザイン。
ドレスローブの上から羽織っているワインレッドのフーデッドケープの、服でいう前立てに当たる部分にあしらわれた金色の飾りや、裾につけられた十字の飾りはキリスト教を連想させるが、しかしその袖の形は振袖のようで、和洋混淆の具合が素晴らしい。
前開きになったフーデッドケープの下から見える丈の短いドレスローブはフリルが多くあしらわれながらも、どこか和のテイストを感じさせつつ、一体として洋風に仕上げられている。
特にこの腰の黒いコルセットベルトが、一番に全てをしっかり一つにまとめ上げていて素晴らしい。
さらにドレスローブの裾の下から見える黒のプリーツスカートの裾にあしらわれた猫のワンポイントもかわいいし、裾から見える絶対領域や、全体的には赤を基調に黒で纏めているところを、その下の白い猫をモチーフにしたニーハイを履かせる事によってアクセントをつけているところも、現代的でなかなか可愛らしい。
赤い髪の彼女には、かなりお似合いの衣装だということができるだろう。
名前の中に薔薇が含まれているところもまた、その服の色との親和性を引き上げ、より似合わせている様にも感じる。
「ふふん、やっぱり私の目に狂いは無かったわね!」
自信満々、とでも言いたげに、両腰に拳を当てて仁王立ちするアリス。
そんな二人からの視線に物怖じしているのか、いつもの元気な彼女とは違って、弱々しげに『あ、あんまジロジロ見やんとってぇや……』と抗議の声を呟く。
あぁ、なんだろ。
今のロゼッタ、普段の元気な子供っぽさを残しつつも、萎れてちょっと恥ずかしがってるこの感じが、別の方向性のかわいさを生んでいてちょっと胸がキュンとなってくる。
「大丈夫、かわいいわよロゼッタ。
……そうね、後は髪型かしら。ちょっと弄るわよ?」
言って、彼女の三つ編みを解き、髪がだ変えていく。
その時の彼女といったら、もうどうにでもなれとでも言いたげな、少し恥ずかしそうな顔をしていて、そんな年頃の少女同士の絡みに俺は眼福眼福と見守──っていたら。
「次はマーリンの番だからね!」
「うぇ?」
某レモンみたいなうめき声を思わず口からこぼす。
「えじゃないわよ。
もともとあなたの服を買いに来たのだから、あなたも試着するに決まってるでしょ?」
言って、ロゼッタに試着させる用の服とは別に用意していたらしいもう一着をカートから引っ張り出して押し付けてくる。
「ま、まぁそうだけどさ……」
チラリ、ロゼッタの方を向いて、しばし考える。
彼女の服はかわいい。
そんなかわいい服を着ているのを見てしまうと、俺もかわいい服を着たくなってきてしまう。
……ていうか、着たい。
(なんだろう、女物の服には慣れたはずなのに、なんかちょっと背徳感を覚えるのは)
いろんな感情がないまぜになって、得も言われぬ表情になる。
──が、今は他の選択肢はない。
俺は表面上は嫌がりつつも、しかし着飾った自分が、自分のアバターがどれだけかわいくなってくれるのかといつワクワク感を胸のうちに秘めながら、アリスに背中を押されるがままに試着室へと足を踏み込んだのだった。




