魔人の狂想(4)
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「あぁ、良かったよ。
君は命の恩人だからね、何かあっては妻に顔向けできないよ」
「いや、あれはあの、無我夢中でしたから……」
詰所が見えないところまで来たところで、男性はそんな風に話を切り出した。おそらく何か嘘をついて俺を助け出してくれたのだろう。
俺は危ない事をするなぁ、なんて思いながらも、助けてくれた事に感謝の言葉を述べた。
「いやいや、これは恩返しだからね。
君のおかげで今を生きているんだから。
そうだ、夕飯をご馳走しよう。どうだね?」
「あ、ありがとうございます」
彼の言葉で思い出す。
そうだ、俺は今一文無しだ。例えあの牢屋から出ることができたとしても、今晩の寝床どころか食事すらない。
それに今はこんな体だ、もし強姦なんかにあったりしたらと考えると、恐ろしくて寝れたものじゃない。
その事を考えると、この男性の申し出はありがたかった。
男性──マルコさんの家は、この街の冒険者ギルドの隣にある宿屋だった。
黄金の鍋亭というその三階建ての宿は、部屋が各階に六つあり、一階は広い玄関ホールと食堂が合体したホールになっていた。
扉が開くのと共に鳴った鐘の音に、食堂にいたまばらな客と二人の女性がこちらを振り返る。
片方は背の高い若い黒髪の女性で頭に白い頭巾をつけており、食堂でお皿を片付けている。
もう片方は中年の黒髪の女性で、おそらくこの宿の女将だろう。厨房の方で何か仕事をしているのが見えた。
「あ、お父さんおかえりなさい!
その子がさっき言ってた命の恩人?」
一度物を厨房の方に運んでから、再びこちらに戻ってきて、俺の顔を覗き込む女性。
こんなふうに女の人に顔を覗き込まれたことがなかった俺は、いきなり距離の近い彼女に戸惑いを覚える。
「やだ、あなた血で真っ赤じゃん!
怪我とかない? 大丈夫?」
「あっ、いえ、別に……」
近すぎる彼女の顔に、少し視線を外しながらそう答える。
気づけば、カヴィアロードの尻尾にやられた肋は既に痛くはなかった。
ゲームだった頃も、レベルが一つ上がると全回復する設定だったが、どうやら現実になった今でもそれは受け継がれているようだ。
「すごい、これ全部返り血ってこと?
相手はモンスターだったんでしょ? しかもおっきいの」
「えぇ、まぁ、はい……。
攻撃パターンは単純なんで、動きも読みやすいですし……あれくらいなら、ちょっと訓練さえ受ければ誰でも倒せますよ」
実際、あのモンスターはボスとはいえ、一番最初のダンジョンで相手にする事になる強敵だ。
初心者でもコツを掴めばすぐに倒せるようプログラミングされてあるし、今回だってちょっと強化されてたりはした物の、動き自体はかなり単純な物だった。
まぁ、最初の尻尾のカウンターは予想外だったけど、威力自体は受け切れない物でもない。
肋骨は折れたかも知れなかったけど、興奮していたからか、アドレナリンのお陰でそこまで強い痛みは感じなかった。
「へぇ、こんなちっちゃいのに、あなた逞しいわね」
それから俺は、改めて二人からマルコさんを助けた事について感謝の言葉を貰うと、今の格好だと血とかで濡れて気持ち悪いだろうということで、さっき話してた方の女性──ソフィアさんに、お風呂まで案内してもらう事になった。
「ここがお風呂よ。
水は、ちょっと遠いけど、中庭の井戸から水を汲んできて使うの」
言って、途中中庭を経由して持ってきた桶を浴室の床に置いた。
連れてこられた場所は、三畳ほどの部屋だった。
湿気対策だろうか? 床や壁、天井などが全て砂岩で作られており、壁の高い位置に換気用の窓が一つ付いている。
それ以外には浴槽も何もないシンプルな部屋で、ここにベンチやかまどなどがついていれば、サウナルームと言われても疑わないだろう。
ちなみに、この風呂場には扉はなくて、上から一枚、黒い暖簾のようなものが垂れているだけである。
見た感じ、どうやら麻布に漆を塗り込んでいるようだ。
「さ、脱いで! 服着たままじゃ洗えないでしょっ!」
──と、そんなふうにキョロキョロ観察していると、ソフィアさんが笑顔を浮かべながら、油断している隙を突いて強引に、下着の『モスリン』ごと服を脱がせた。
「ひゃぁっ!?」
思わず女の子らしい悲鳴が喉から漏れる。
しかしソフィアさんはそんなことはお構いなしにと、次々と俺の汚れた服を取り去っていく。
「ちょ……っ!?
ソフィアさん、待……っ!?
こっ、こころの準備がぁ──っ!?」
俺の必死の静止の言葉も聞かず、慣れた手つきで剣帯を外し、腰紐を解いて青い『プリーツスカート』をストンと落としていく。
「ほほ〜ん? やっぱり。
あなた、髪の毛とかもすっごく綺麗だったけど、お肌もすっごく綺麗なのね。
まるで作りたての人形みたいに傷一つないわ……」
やがて、最後の砦である白い『紐パン』の紐を解きながら、ソフィアさんがまじまじと見ながら感心するように呟く。
「……っ」
その視線は芸術品を見るような、あるいはどこかギラギラとした劣情を孕むようで、お尻の穴というか、もっと別のところの穴がキュッと閉まるような感覚に陥って、反射的に目を逸らした。
頬や耳が、熱く熱を持つのを自覚する。
「そんなに……見ないでください……っ」
頭の中が真っ白になるようだ。足を交差して、股と胸を両手で隠しながら、ぽつりと呟くように訴えた。
するとソフィアさんは、そんな俺の訴えをわかってくれたのか。或いはもっと別の解釈をしたのか。
「ごっ、ごめんね!?
そんなに見られると恥ずかしいよねっ!?」
顔を少し赤らめると、慌てて俺に背中を向かせて、背中に濡れたタオルを押しつけた。
「√﹀\_︿╱っ!?」
押しつけられたタオルはとても冷たかったし、意外と力強く擦られたせいでかなり体が痛かったけど、俺はそれを我慢するように口をキュッと結んで、無心でそれを耐えるのだった。