魔人の狂想(39)
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というわけで土曜日。
フォルルテ先生のことやパラノイアのことと気がかりなことはまだあるが、悩んでも見つけられないものについて考えたって仕方ないので、今日は三人で学生らしくパーッと遊び倒すつもりだ。
「それで、どこ行く?」
朝食を寮の食堂で済ませた後、俺は『コーンポタージュ』の入っていたカップをソーサーに置きながら二人に尋ねた。
「そうね……服を見に行くのはどうかしら?」
「服?」
アリスの一言に、俺は自分を見下ろした。
今日の俺のコーデは、いつも休日に着ている白のブラウスに青のフレアスカートだ。
「だって、あなたいつもその服しか着ないじゃない。
流石に別のも着なきゃ、可愛いんだからもったいないわ」
別にこれしか持っていないわけではないが、持っている服の中で一番スカート丈が長くて、股下が心許なくないものをチョイスしているのだ。
……さすがに、スカートには(強制的に)慣れ(させられ)たけど、短いものを履くのはまだ勇気がいるものでして。
「いやいや、褒められるほどのものではあるけど」
言われて、ドキンとすこしだけ胸が跳ねる感じがして、思わず苦笑いを浮かべて斜め下の方へ視線を落とす。
実際、この体になってから、自分のことをかわいいと思うことがよくあった。
別にナルシストになったわけじゃあない。
自分の趣味嗜好を全開にして作ったアバターなのだから、かわいくて当たり前だし、自分でそれに見惚れるのも理解されない話でもない筈だ。
しかし、誰かからこれを褒められるというのは、この世界に来てなかなかあったことでは──いや、あったな。
黄金の鍋亭で働いてた時に、お客さんの冒険者からよく、セクハラ紛いな褒め言葉が。
大人になったらもっと美人になるだろう、なんてくらいなら別に構わないが、論争を生んでいたのはそこじゃあない。
やれ、マーリンちゃんは巨乳になる、やれ、貧乳の方がバランスが取れて美しい、大きく育つなら尻の方が云々。
俺は女の子の姿をしているとはいえ心は男のままだ。当然女の子が好きだし、性愛対象に男は含まれてはいないのだ。
次第に複雑な表情へと変わっていく俺に、ロゼッタが何かを言おうとしたのを途中でやめて、開きかけた口を閉じた。
多分、『いや自分で言うんかい!』みたいなツッコミでも入れようとしていたのだろうな、申し訳ない(?)。
「せやなぁ、アリスは剣だけやなくて服装にもこだわりがあるもんなぁ」
ロゼッタの濁したセリフに、俺は彼女の方へ視線を移した。
アリスはフリルが多めの白のワンピースに、上から黄色のポンチョを羽織っている。髪は巻毛をクルクルとドリルのように巻いてアップポジションで一つにまとめている。
「お母様はいつも言っていたわ。
剣の腕を磨くのもいいけれど、レディたるもの、服装にも心を配りなさいってね」
元冒険者とはいえ貴族に成り上がった彼女の母の言葉である。きっと何か、それに思い至るまでの含蓄ある経験があったのだろう。
女の子なんだから服装くらい気を遣わなければ、いくら強くなったっていい男に逃げられたら虚しいぞ、みたいなことかもしれない。
そう思っていると、アリスは次のように続けたので、なんと言うか、俺とロゼッタは微妙な顔をせざるを得なくなった。
「パーティーに出席すれば、武器の携帯を遠慮しなければいけない時が来るわ。
そういった時にちょっと服装に気遣いができていれば、それを新たな武器にできる。
相手の目も欺けるし、言うなれば服は最強の暗器なのよ」
「「……」」
どうすれば服が暗器たりうるのかは、近接戦に関しては一般人に毛が生えた程度の知識しかない俺には、到底想像できなかった。
ともあれ、そんなわけで今日の俺たち一行の予定は、三人で服を買いに行くことに決定したのであった。




