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魔人の狂想(34)


 34


「ごめんね、フォルルテ先生ちょっと体調悪いみたいでさぁ。今日はお休みなんだよねぇ。

 まったく、学園祭の準備で忙しいこの時期に……」


 一限目と二限目の間の休み時間。

 三人でフォルルテ先生に話を聞きに行こうと職員室へ行くと、困ったような苦笑いを浮かべながらカナミ先生が口を開いた。


「こんな時に休みって、うちらもついてへんよなぁ」


 昨日あれだけ聞き込みをしても、手がかりは得られなかった。

 発狂したらしい人物についての情報も手当たり次第聞いてまわって探したが、どれも常駐している騎士団によって取り押さえられたくらいまでの話しか得られなかったので、実質新しい情報は皆無。

 誰が発狂したかを調べるために騎士団に問い合わせても、個人情報の保護という理由から、全く手掛かりを得られなかった。


 つまり彼だけが唯一の手がかりだったのである。

 しかしそんな最後の頼みの綱がこれでは、またさらにパラノイアによる被害が拡大してしまう。

 カナミの言葉に落胆するロゼッタに、俺は苦い顔をした。


 ──というわけで、俺たち一行はフォルルテ先生の家に表向きはお見舞いという体で、彼の家に行って直接話を聞きにいくことにした──わけだが。


「申し訳ございません。職員寮への生徒の立ち入りは禁じられております。どうぞご理解よろしくお願いします」


 冒険者学校で働く職員を寝泊まりさせるための寮、職員寮。

 そこに入ろうとした瞬間、ここの管理をしているのだろう事務員から、そのような断りを受けてしまった。


「そこをなんとか!」

「いいえ。これはあなたたち生徒の皆さんを守るためのルールでもあるのです。どうか諦めてください」

「世界の危機なんやって!」

「そうですか。でもそれほどのことでしたらギルドか騎士団が既に手を打っているはずです。

 あなたたちは何も心配する必要はありませんよ」

「むぅ、それもそうやけど……!」

「なら、諦めてください。私、この後合コンなので、残業とかしたくないんですよ」

「いや知らんがな!?」


 なんとか押し切ろうとロゼッタが試みるも、普通にあしらわれ、不貞腐れて帰ってくる。


「ちぇー。

 あのおばちゃん、全然融通効かへん」

「あはは」


 しかし、事務員さんの言うことも一理ある。

 昨日の聞き込みから、相当数パラノイア関連と思われる事件が起きている。これには騎士団やギルドの方も、きっと何かあるに違いないと調査を始めているはずだ。

 となれば、おそらく両方の機関ともパラノイアがどのような姿をしているのかくらいはある程度把握しているはずで。

 それなら、別に俺たちが行動しなくても大丈夫なんじゃないかとすら思い始めてくる。

 ──しかし、アリスはそうは思わなかったようだ。


「こうなったら、夜中に忍び込むしか無いわね……」


 彼女の言葉を聞いて、俺はロゼッタの言葉に対して浮かべていた苦笑いを硬直させた。


「……え、アリスそれ本気で言ってる?」

「本気よ。お母様なら、困っている人を目の前にして、みすみす見逃したりしないわ」


 そう決意を表明する彼女の顔は真剣そのもので、俺は思わずたじろいでしまった。

 彼女がこれからやろうとしていることは、志がどうあれ立派な犯罪だ。

 要するに不法侵入をしようとしているのだから。

 何かの本で読んだが、人間が犯罪を行うには、機会と動機、そしてそれを行うための、自分への正当化の三つが揃わなければならないらしい。

 この時の彼女の心の内側には、その三つが全て揃っていた。

 しかし、実はこの時それらが揃っていたのはアリスだけではなかった。


「それええかもしれんな! スパイみたいでちょっと面白そうやし!」

「ちょっ、ロゼッタまで!?

 言っとくけど、これ犯罪だよ!? 不法侵入だよ!?」


 多数決で強制的に決行されようとしている犯罪を防ぐべく、慌てて二人を止めに入る──が。


「マーリン。これは街の人たちの命がかかってるのよ? 昨日だって見たでしょ? 後一歩私たちが遅れていたら、あの娘はきっと今頃八つ裂きになって死んでいたわ。

 私たちはこの事件に関わってしまってるの。

 だからそれを解決するために行動する義務があるし、何より、ここで見なかったふりをしたら、私たち、永遠に後悔するもの」

「……っ」


 でも、とは口にできなかった。

 昨日のことを思い出していたからだ。

 あの時、パラノイアに発狂させられていた男子生徒は剣を既に抜いていた。

 街の外に一歩でも出れば、場所によっては凶悪なモンスターが平然と闊歩するこの世界では、一般人の武器の携帯率が非常に高い。

 剣のような目立つ武器でないにしろ、ナイフのようなものは護身用に一本持っていることも多いし、何よりこの世界には魔法がある。

 それなりに訓練を積めば、誰であろうと使い方次第では人を一人殺すことなんて簡単にできてしまうのだ。

 だから、あの時俺たちの到着が少しでも遅ければ、最悪あの少女は死んでいたに違いなかったのである。

 そんな事件を少しでも早く終わらせるためにも、なんとしてでも、最後の心当たりであるフォルルテ先生から話を聞かなければならない。


「……わかった。そういうことなら俺も協力する。

 でも、やるなら徹底的にやろう。誰にも見つかることなく、フォルルテ先生の部屋まで侵入する」

「当然よ!」

「ピッキングとかやったらうちに任しとき!

 うちの魔道具で完璧にこなしたるで!」


 こうして、俺たちの作戦が始まったのだった。

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