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魔人の狂想(32)


 32


 悲鳴が聞こえた商店街の路地裏を抜ける。

 するとそこには、倒れた女子生徒に、今にも剣を振り下ろそうとしている男子生徒の姿があった。


「《ウォーターボール》!」


 息を切らしながらも、使い慣れた魔法を使って男子生徒を弾き飛ばす。


「ぐはぁ!?」


 うめく男子生徒。思わず剣を取り落としたところを、後からやってきたアリスが接近して組み伏せることに成功する。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……。

 なんとか間に合ったみたいだな……」


 ここまで全力で走ってきたせいか、バクバクと鳴る心臓に手を当てながら、頬を伝う汗を手の甲で拭う。


「それで、なんでこんなことになったんや?」


 離せ、とわめく男子生徒を横目に、ロゼッタが女子生徒に話を聞く。


「わ、わからないんです!

 ここを歩いていたら、急に変な男の人に話しかけられて、そしたら、そしたら……!」

「そっかそっか、怖かったな」


 安心感からか、急に泣きじゃくり始めた彼女の背中をさすりながら同情するロゼッタ。

 それにしても、変な男の人か。

 うーん、この話、なーんか、どっかで聞いたことある様な……。なんだっけ?


「ねぇ、マーリン。ちょっといい?」


 そんなことを考えていると、不意にアリスから名前を呼ばれた。


「何?」

「この人、体から何か黒いモヤみたいなのが出ているんだけど、そこの女子生徒の話から思うに、彼が急に襲いかかってきたのってこのモヤが原因じゃないかしら?」


 黒いモヤ……?

 言われて、少し彼に近づいてみる。しかしいかんせん、暗くてよく見えない。


 俺は《ファイアボール》を光源の代わりにすると、近くに寄ってよく観察してみることにした。

 すると、彼女の言う通り、彼からは黒いモヤの様なものが、水蒸気の様に立ち昇っているのが確認できた。

 カフェの事件でのフォルルテ先生や、ガラット・カヴィアロードの体から出ていたモヤと同じものである。


「カフェの時のフォルルテ先生も、同じモヤを出していたの。

 あの時はモヤも薄かったし、すぐに消えちゃったから見間違いだと思っていたのだけど──マーリン、心当たりないかしら?」


 言われて、そこで俺は思い出した。

 そうだ、黒いモヤに謎の男。どこかで聞いたことあると思ったらこれ──


「──ハロウィンイベントだ……」


 《ノタコン》では、毎年、正月や節分など、何かイベントごとがある時期の約一ヶ月前になると、それに合わせてゲーム内でもイベントが発生していた。

 例えば今回の様にハロウィンだと、異世界からやってくると言う設定のパラノイアというイベントボスが発生し、それが街中のNPCを発狂させてプレイヤーや他のNPCを攻撃し始めるのである。


 ちなみにこの発狂したNPCは体に黒いモヤが発生して、少しだけ身体能力が強化されると言う特徴がある。

 プレイヤーはこの発狂したNPCを鎮静化させつつ、真犯人であるパラノイアを追いかけて討伐するというのが、《ノタコン》で行われるハロウィンイベントだ。


 しかし、そうなると少しおかしくなってくる。

 もしこのイベントが毎年このリアルになった世界でも行われているとするなら、事態が周知されていなければおかしいのだ。

 それに、俺が初めてここにきた時はまだ八月。

 時期としては一ヶ月も早く、イベントの特性と符合しない。


 ……いや、待てよ?

 パラノイアの設定は、確か異世界からやってきた魔人というものだったはず。

 対して俺も同じく異世界からやってきている。


(……もしかしてだけど、これって俺がこっちの世界に来たせいで、何かしら世界を隔ててる膜みたいなものに穴が開いたりして、そこから同じく異世界の住人であるパラノイアがこっちにやってきてしまった……とか?)


 そう考えると、フォルルテ先生やこの少年にも申し訳なさが湧いてくる。

 ……とはいえ、今はそんなことを言っている場合ではない。


 俺は、自分が異世界からやってきたとか、なぜこれを知っているかとかは伏せながらも、《ノタコン》でのハロウィンイベントの概要を、あたかも状況証拠から導いた様に見せて、その場にいた三人に話した。


「──となると、その謎の男っていうのを捕まえないと、どんどん被害は拡大してしまうわ。

 なんとかして見つけ出さないと」


 アリスは気絶させた男子生徒をその場に寝かせながら、戦々恐々と呟く。


「なぁ、その謎の男ってどんな格好してたかわかる?

 なんか話しかけられたって言ってたけど、なんて言ってたかは?」

「えと、姿はとても特徴的だったので覚えてます。

 赤いローブを羽織ってました。フードを目深に被ってましたし、顔は白い『ペストマスク』で隠されていたので素顔はわからないですけど……。

 それと、その人、『お前は違う』とか、魔導書がどうとか話してた気がしますけど……ごめんなさい、怖くてよく覚えてません……」

「そっか、ありがとうな」


 しばらくして落ち着いてきたのか。ロゼッタからの質問に滞りなく答えてくれる。

 どうやら、ゲームの頃と見た目は変わってないらしい。

 とはいえ、今この街はハロウィンパーティーが開催されている。

 仮装している人はパーティーも佳境に差し掛かるこの時期、かなり多く目立っている。

 そんな中でローブに『ペストマスク』なんてありがちな仮装をしたパラノイアを見つけ出すのは至難の業に違いない。


 加えて、やつは異世界からあの姿のまま来ている。

 『ペストマスク』を売っている店をしらみ潰しにしたところで、奴に関する情報が得られるとも思えない。


 しかし、それをどう二人に説明すべきか。

 パラノイアが異世界からやってきたことを示唆する手がかりはここに無い。故に、『ペストマスク』を売ってる店を調べないで探す提案は難しい。


 結局、いい案は思いつかなかった俺は、とりあえず『ペストマスク』を売っている店をしらみ潰しに聞いて回りながら、パラノイアの情報を集めるというロゼッタの提案を飲むしかなかったのだった。


 それにしても魔導書……。

 いったいなんの話だろうか?

 ゲーム時代にはそんな話は出てなかった気がするんだが……。

 何かパラノイアを探す手がかりになるかもしれないが、実を言うとゲーム時代に魔導書なんてアイテムは、俺の思いつく限り無かった。

 いったい、パラノイアはなんの目的で人を襲っているんだろうか──。


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