魔人の狂想(30)
30
それから俺たちは、放課後に集まってどんな仮装がしたいかを話し合った。
その結果、俺は魔女に、ロゼッタはフランケンシュタイン、そしてアリスはよりお化けのことが怖くなくなる様、例えるならそう、アレルゲンを少しずつ取り込んで強制的に無くす様な手法を取るべく、幽女の仮装をすることになった。
そんなわけで、その仮装用の衣装を作るべく毎日夜遅くまで仲良く針仕事をしていたのだが、そのせいだろうか。
「ふぁ……」
小さなあくびをしながら、目の前で講義をする男に視線を向ける。
青い髪のメガネの男で、フォルルテ先生という。
魔法実技の担当教員らしいのだが……。
(なんか、見覚えある顔なんだよなぁ……)
白衣を纏い、映写機に似た魔道具で手元を拡大した映像を空中に投影させながら喋る彼の話をぼーっと聞き流しながら、そんなことをふと思う。
「──で、あるからして、この十二の手印を組み合わせることにより、自力で術式を演算するより素早く、より的確に術式を組むことが可能となるのである」
今フォルルテ先生が実践して見せているのは、手印と呼ばれるものだ。
ゲームだった時代には無かったシステムなのだが、彼曰く、十二種類ある手印──よく忍者がニンニンとか言いながら指を複雑に組んでるアレ──を組み合わせることで、自分で魔力を操作しなくても、半自動的に術式が組まれていって魔法系アーツを発動させることができるらしい。
試しに、テキストに書いてある通りに適当に指を組んでみる。
すると、確かに魔法が勝手に構築されていく感覚があるのはわかった。
しかし、これはダメだな。
これだと画一的な動作しか起こせない。
咄嗟にやる分にはいいかもしれないが──魔力の形質っていうの? 俺が入試やヒュージ・グリーンスライムに使った様な、途中で待機中の魔法を変更するアレ──便宜上、とりあえず《相転移》と呼ぶか──を使うには向いていないだろう。
「もっとも、そんなことをせずとも、このクラスには四種類の魔法アーツを同時に発動させ、その上耐魔力塗料の塗られた板を破壊して見せた天才には無用の技術かもしれないがね、ミス・マーリン」
──と、そんな俺の心の内の声が聞こえたのだろうか?
スタスタと歩きながら目の前までやって来るなり、嫌味なのか、そんな問いかけをしてきた。
しかし、ここまで顔が近くなると、やはりどこかで見た覚えがある感じが強くなるんだよな。
なんというか、この圧迫感の篭った語調が──
「そんなに、我輩の授業はつまらないかね?」
「あ、思い出した。
朝からカフェで呑んだくれて暴れてた人だ」
カフェなのにお酒が置いてあったのかはわからないが、しかしあの時はずいぶん酔っ払っていたのは確かだ。
それで、暴れた時にアリスにぶん投げられて気絶した。
「ちょっと、マーリン!」
静まり返る実習室。
そんな中、俺の名前を呼ぶアリスの小声だけが響き渡った。
ちなみに、魔法実技の講義なのになぜ魔法が使えない彼女がいるのかというと、実はこの授業が必修科目だからだ。
「え、何?」
「その話、私わざわざ隠してあげていたのに、どうしてこんなところでバラすのよ。
かわいそうじゃない、せっかく無かったことになってたのに」
……え、そうなの?
それは、なんか、悪いことしちゃったな。うん。
あの後駐屯してた騎士団の人に連行されてからどうなってたのか知らなかったけど、そっか、学校では無かったことにされてたんだ……。
ざわめき始める実習室。
上から聞こえてくる鼻息は少し荒くなったのがわかった。
きっと、見上げれば真っ赤に怒った彼の顔が、こちらを睨みつけているに違いなかった。
「……ミス・マーリン。
放課後、我輩の研究室まで来る様に」
彼はそれだけを言い残すと、元の立ち位置へと引き返していくのだった。
「あーあ、やっちゃった」
小声でロゼッタが揶揄う様に呟くのが聞こえてきたが、とりあえずそれは無視をすることにした。




