魔人の狂想(27)
27
それから俺たちは、待望の戦闘演習を行う事になった。
スリーマンセルを組んだ生徒たちは、この長方形の第三アリーナの隅に寄せられて、一組ずつ中央でヒュージ・グリーンスライムとやりあう。
見た感じ、他の生徒たちはなかなか苦戦している様子で、やはり初心者だなと言うことを感じさせてくる。
「あっ、連携が壊れた」
ディフェンダーを担当していたのだろう男子生徒が、スライムの放った《ウィンドバレット》に吹き飛ばされて気絶するのを見て、俺は呟いた。
慌てるパーティメンバー。そこから動揺が伝染していき、連携はさらに瓦解。これ以上は戦闘を続けられないだろうというところでカナミが横入りし、戦闘を終了させた。
「あのディフェンダー、重心が高すぎるのよ。
もっと腰を低く落とさないと」
隣で頬杖をつきながらアリスがダメ出しをする。
「せやなぁ。うちは戦いのこととかようわからんけど、アシスタントがヒーリングしかせんのもあんまり良くなかったかもしれんな」
「そうだな。ヒーラーはメンバーをよく見なきゃいけないから、常に管制をとってメンバーに指示を出さなきゃいけないはずなのに、指示は全部、戦闘中は視野が狭くなるはずのアタッカーの男子がしてたし、最初から役割分担がうまくできてなかったんだろう」
ロゼッタの評価に対し、付け加える様に感想を呟く。
パーティプレイで重要なのは、攻撃でも防御でも、ましてや補助でもなく管制だ。
敵の動きを把握し、最適な人員を最適なタイミングで最適な配置に移動し、行動する様指示を出す。
黄金の鍋亭にいた頃、カールさんと冒険者についての勉強していた時によく言われたものだ。
特に俺みたいに魔法スキルをメインで使う役職は、特にこの管制がしっかりできていなければ連携はすぐに瓦解するとも教わった。
(俺も、気をつけないとな……)
閑話休題。
他の生徒たちの動きやスライムの動きなどを観察しているうちに、俺たちの手番が回ってきた。
「フォーメーションを再確認しよう」
言って、三人集まって頭を合わせる。女の子のいい匂いが鼻腔に入ってくる。柔らかい髪の毛が頬に当たって思わず鼻の下が伸びそうになるのを堪えて、俺は口を開いた。
「まず、アリスはアタッカー。グリーンスライムを攻撃するメイン火力。
ロゼッタはディフェンダーとして、外からちまちま遠距離攻撃をしてヘイトを稼ぐ囮役。
俺はアシスタントとして二人を後方から管制しつつ、魔法系のアーツで援護をする」
このパーティの中で一番火力があるのは間違いなくアリスだろう。だから、ダメージを一番与える役割はアリスが適任だ。
ロゼッタは入学試験の時に見せられたように、魔力に制限なく攻撃魔法が使える魔道具を持っている。
一撃の火力は少ないが、ちまちまとした攻撃で敵のヘイトを稼ぎ、囮になってもらうには最適な装備だ。
回避能力や防御能力は、アリスは入試の時の実力を思い出す限りは問題ないから、実質俺が魔法で援護すればいいのはロゼッタだけで事足りる。
「二人とも、できるよな?」
「もちろんよ!」
「うちあんまし体力とか無いから不安やけど……まぁなんとかなるやろ!」
ロゼッタの言葉に若干の不安を感じるが、しかし相手はヒュージとはいえスライム。
さっき観察した限りでは動きも遅いし、攻撃の予備動作さえちゃんと意識していれば、回避は難しくない相手だ。問題はないだろう。
「準備できたようだね。
それじゃあ、存分に楽しんでくれ給え!」
言って、カナミは何かカードの様なアイテムを取り出すと、それに魔力を込め始めた。
すると次の瞬間、目の前にそこそこな大きさの魔法陣が展開して、その中から巨大な緑色の大福のような形のモンスター──ヒュージ・グリーンスライムが召喚された。
「改めて思うけど、なんだかメロンゼリーみたいで美味しそうよね、あれ」
「不思議やなぁ。
アリスがそれ言うたらホンマに食材に見えてくるんやけど」
スライムを見て一言、不意にそう呟くアリスのセリフに、間髪入れずにロゼッタがツッコミを入れる。
「たしかに。
アリスなら一口でちゅるっと全部食っちゃいそうだよなぁ」
「それな」
「ちょっと、私そこまではしたなくないわよ!?」
戦闘中とは思えない空気感に、三人の間に笑いが起こる。
緊張からわずかにピリついていた空気が緩和して、肩の力が抜けるのがわかる。
(狙ってやったわけじゃないにしろ、グッジョブだな、アリス)
俺は彼女のリーダー的な資質の一片を感じながら、軽く笑みを浮かべた。
「さて、茶番はこれくらいにして──マーリン。
管制頼んだわよ」
「了解っ!」
アリスの言葉で、緩んでいた気を引き締め直し、それぞれ持ち場に着く。
敵の数は一体だけ。
まぁ、学生たちの実力を鑑みるに適当だろう。
小さいスライムの取り巻きとかが居ないのは救いだな。
俺はさっきまで観察していたヒュージ・グリーンスライムの行動パターンを思い出しながら、二人に情報を共有すべく声を張り上げた。
「二人とも、奴の目の向きと息を吸い込むような動作に注意してくれ! 風遠距離単発技の《ウィンドバレット》が来る! それから下に沈むような動作をしたときは竜巻攻撃の《ウィンドストーム》が来るから十メートルは後方に退避するようにしてくれ!」
「「了解!」」
その指示が合図になったのだろう。二人は威勢良く返事をすると、回り込むように散開した。
小隊戦闘における基本は信頼だ。だがそれを分かった上での重要なファクターは何かと聞かれれば、それはヘイト管理だろう。
ヘイトというのは、モンスターに攻撃したり、仲間を回復させたり、攻撃を庇ったりすると増える憎悪値のことだ。
例えばハチを想像してみてほしい。彼らは、何も危害を加えなければ攻撃してこないが、石を投げたりといった攻撃を加えると、こちらに敵意を持つだろう。
ヘイトとはその敵意のようなものだと解釈すればいい。
パーティでの戦闘は、基本的にこのヘイトが向いているキャラを次々変えたり、あるいは防御力が一番高いキャラに固定させたりなどをして、戦闘をしやすくすることが重要になってくるのだ。
「それじゃ、さっそくやりますかね。
《ヘイスト》!」
目標に向かって一目散に駆けて行くロゼッタに、俺はバフを掛ける。
付与術スキルレベル一で取得できる支援魔法だ。
このアーツは一定時間、対象のスタミナを底上げし、さらに攻撃速度、移動速度、反応速度を十五割増加させる。
「二人とも、《ウィンドバレット》来るぞ!」
回り込もうとする二人に浴びせられる空気砲、もとい《ウィンドバレット》の乱れ打ち。
その一発一発が当たれば青痣を作ること間違い無しの威力を秘めているが、その動きは全て、アリスはもちろんのこと、《ヘイスト》によって加速されたロゼッタにすら容易に回避される。
「なんかうち、ちょっと強くなった気分!」
ロゼッタが《ウィンドバレット》を回避しながら、その近未来的な造形のアサルトライフルを構えて引き金を引く。
──ドドドドドドドドッ!
マズルフラッシュよろしく銃口に魔法陣が展開され、野球ボールほどのサイズの《ファイアボール》がヒュージ・グリーンスライムへと打ち込まれて行く。
「キュウウ!」
そこそこ威力のある魔法攻撃の乱れ打ちに、スライムが顔を顰める。
どうやら作戦通り、ロゼッタにヘイトを集めることには成功したらしい。
ヒュージ・グリーンスライムはロゼッタへと目標を定めると、その饅頭の様な体を仰け反らせ、息を吸い込む様な動作を開始した──が。
「アリス!」
「わかってるわ!」
ロゼッタが遠距離攻撃で意識を逸らしている間に背後へと回っていたアリスが、ロゼッタの呼びかけに応じながら剣で斬りつける──が。
「えっ!?」
ボイン、と跳ね返るのは、アリスの剣だった。
(レベル六十相当のSTRを弾いた!?
いや違う、これは耐性属性だ!)
どんなモンスターにも、どの属性の攻撃が効きやすく、どの属性が効きにくいというものが設定されている。耐性属性とはいわゆる『こうかは いまひとつの ようだ』というやつだ。
物理属性には小区分として斬撃、打撃、突撃の三種類の属性があるのだが、今回の場合はこの斬撃属性に対して耐性があったということなのだろう。
「キュゥッ!」
とはいえ、さすがレベル六十相当の攻撃力。それでも少しはロゼッタの魔法攻撃による被ダメージ量を上回ったのらしい。
ヒュージ・グリーンスライムは睨む様にしてくるりとアリスに向き直ると、そのまま準備していた《ウィンドバレット》を放った。
「くっ!」
間一髪で転がる様にして回避するアリス。
しかしこのままでは体当たりの追撃を喰らってしまう。
俺は一瞬でそう判断すると、慣れている水属性の魔力を練り上げて、ヒュージ・グリーンスライムへと撃ち放った。
「《ウォーターアロー》!」
バシュン! と音を立てて飛ぶ水の矢。
これ自体は魔法スキルレベル一で取得できる《水属性魔術の心得》と《アロー》の合わせ技でしかない。
しかしそれだけではアリスからあのスライムを退けさせることは、威力的にも難しい。
なので俺はここに一工夫加えることにした。
魔法で作られた水の矢がスライムに着弾する──と、その直後。
──パァン!
「キュゥッ!?」
不意に、《ウォーターアロー》が爆発し、鋭い衝撃波となってヒュージ・グリーンスライムを吹き飛ばしたのだ。
題して、《弾けるウォーターアロー》。
(入試の時にやった《クアドロプル・ミニエクスプロージョン》の応用……!
発動中の魔法を途中で別の魔法に切り替える……!)
魔法は、発動する前はずっと、自身の魔力操作の手の内にある。だから《ウォーターボール》で水の球を作ってる時に形を変えたり、その内部の水に流れを起こしたりすることができる。
──じゃあ、例えば着弾するまで魔力操作の手を離さなければどうなるのか。
相手に飛来している間の《ウォーターアロー》の魔力は、俺の支配下にあるわけだ。だから途中でその魔力の形を変更することによって、全く別の魔法を発動させることだってできるわけだ。
(ぶっつけ本番で試したけど上手く行ったな……!)
思いついたのはついさっきだった。
やってることは入試の時の《クアドロプル・ミニエクスプロージョン》と同じだけど。
「アリス大丈夫!?」
一応、駆け寄って怪我がないか尋ねる。
「ありがと、マーリン。平気よ」
手を取って立ち上がらせる。
彼女の反応速度ならば、次のヒュージ・グリーンスライムの攻撃も回避できたかもしれなかったかもしれなかったが──戦闘では常に最悪を想定しながら立ち回らなければならない。
黄金の鍋亭にいた時、冒険者のカールさんに教えてもらった事だ。以前はゲームだったから、死んでも街の神殿や教会で復活できたし問題はなかったが、この世界ではどうかわからないのだ。
「それよりマーリン」
「うん、わかってる」
ドドドドドドドドッ! というロゼッタの魔道具による射撃音で、注意をスライムに戻す。
見れば、彼女が威嚇射撃をしながら、相手の動きを止めている──が。
「キュゥッ!」
スライムが徐々にロゼッタの攻撃に慣れ始めている。彼女の魔道具の攻撃に対するスライムの回避率が上がっていき、魔法が当たらない回数が増えていた。
スライムが息を吸い込む様な動作をする。
ロゼッタの弾は当たらない。
攻撃の直前に当たればクリティカルヒットが発生して相手の攻撃も止まるはずだが、これでは止まるものもたまらない。
俺はスライムの方へと手を向けると、《ウォール》の魔法を使って《ウィンドバレット》を防いだ。
「アリスっ!」
「わかってるわ!」
俺の呼びかけに、アリスは地面が捲れ上がるほどの強い踏み込みで、一瞬にして間合いを詰めながら剣を突き刺しに行く。
その攻撃は単純な突き刺しだったが、しかしその突進の速度も相まって相当な威力になるまで高められていた。
回避を試みて、上にジャンプしようとするヒュージ・グリーンスライム。
しかし、俺が展開しっぱなしにしていた《ウォール》の魔法が、アリスの剣が触れるのとほとんど同じタイミングで別の魔法系アーツ《ヘイスト》へと変化したことにより、寸前で更に加速。
「せやぁっ!」
避けるタイミングを間違えたスライムの饅頭ボディに、彼女の突きが深々と突き刺さった──かの様に見えた次の瞬間。それは、激しい土煙を伴って、アリーナの端の方まで吹き飛んだのであった。




