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魔人の狂想(20)


 20


「それじゃあ、三人で無事入学できたことを祝って、かんぱ〜い!」


 最低限度の調度品。

 ワンルームの個室の真ん中に設置された丸テーブルを囲んで、アリスの音頭でパーティーが始まる。

 というのもお察しの通り、俺たち三人とも無事に冒険者学校への入学を果たしたからである。


 ちなみにここは俺の部屋だ。

 テザリアの街、学校に程近い位置に建てられた学生寮は、地下に伸びるコの字型の長屋のような形をしている。


 コの内側が深く露天掘りされてあって、地下でも地上と変わらず陽光が降り注いでくれる。


 俺の部屋はその学生寮の地下一階にあった。


 まだ家具は備え付けのベッドと丸テーブル、それからクローゼットくらいしか無いが、いずれちょこちょことスツールとか増やしていきたいと思っている。

 アイテムは全部ストレージに入るけど、インテリアで内装を彩るのは結構好きなんだ。


 もし卒業しても、ストレージに家具を入れれば持ち運びもできるしね。

 気兼ねなく買い揃えられるのは、ゲームのシステムさまさまだよ。


「かんぱーい!」

「かんぱーい」


 アリスの音頭に応えて、俺とロゼッタはジュースの入った木のコップに口をつけた。

 テーブルの上には、今日のために買い足したり、黄金の鍋亭でおやつに手作りした時のお菓子の残りがテーブルに広がっていて、なかなかに女子会っぽい。

 一ヶ月前までは自分がこんなことをすることになるだなんて夢にも思っていなかったわけだが、そう思うとなんだか感慨深い気持ちになる。


「にしてもアリスってめっちゃ強かったんやなぁ。びっくりしたわ」

「私なんてまだまだよ。

 だってアーツは一つも使えないし。

 ……チェック柄のクッキーだわ、なんだかかわいいわね」


 言って、アリスが丸テーブルに広げられたお菓子を手に取る。


「ありがとうございます。

 黒いところにはココアが、黄色いところにはバニラエッセンスが練り込まれているんですよ」

「ココアとバニラ……!?

 ってことはこれ、結構な値段したんちゃうん!?」


 驚いた顔をして、口に運んでいたクッキーを取り落としそうになるロゼッタ。

 それもそのはず。

 ココアとバニラは、この辺りの地域だとかなり単価が高い。

 ゲーム時代では売ってすらいなかったアイテムだ。

 しかし運のいいことに黄金の鍋亭はそこそこランクの高い宿屋だったから、これくらいの贅沢品を取り寄せることだってできたし、使わせてもらえたのだ。

 ……ちなみに俺が前世でよく作っていたこのクッキーは、知らない間に黄金の鍋亭のメニューにサプライズで追加されていたのは別の話。


「材料はそこそこしましたけど、手作りですから」

「手作り……」


 驚きの事実に、ロゼッタはしげしげとクッキーを睨むように眺めた。

 これ実は練習用に作ったものだからそんなに上手じゃないし、そんなに見られると結構恥ずかしいんだけど。

 しかし、そんな俺の心など知らぬ存ぜぬ。

 ロゼッタは大事そうに一口齧り付いてゆっくり咀嚼すると、『魔法もすごいのに店開けるレベルの料理までできるんか……。なんや、ここには天才しかおらんのか……?』と小声で呟いていた。


「あはは、ありがとうございます。

 でもそれ、練習用に作ったものなので……」


 あまりの恥ずかしさのあまり、俺は咄嗟にそう反応する。

 しかしそんな事はないとロゼッタは否定する。


「いやいや、謙遜せんでえぇって、ほんまに!

 店出せるで、店!」

「いやいや、お店だなんてそんな。

 これはただ食材が良かっただけで──」

「いいえ、ロゼッタの言う通りだわマーリン。

 これ、とっても美味しいわよ? 甘すぎないし、パサパサしてないし」

「そ、そうですかね……えへへ」


 パサパサしないようにするのは基本中の基本では? と思いつつも、しかし純粋に褒められるのが嬉しくないわけではない。

 俺は感謝の言葉を口にして、照れを隠すようにコップに口をつける。

 ──と、そんな風にしていると、ふと、ロゼッタがこちらの方をジッと見つめていることに気がついた。


「えと、な、なんですかロゼッタ。

 俺がかわいいのは認めますけど、そんなに見つめられるとなんだか不安になってくるんですが……」


 紫色の瞳でこちらを穴の開くほど見てくる彼女の不審な動きに、思わずアリスの方へと体を寄せる。

 俺の顔がかわいいのは認めるが、しかしそんなに堂々と見つめられると変な気分になってくる。

 そういえば何かの本で読んだことがあるが、人は何秒か見つめ合うと恋に落ちるそうだが──それはともかくなんだか思考が変な方向に流れていきそうでちょっと怖い。


「なぁ、マーリン。

 そろそろ他人行儀な言葉遣いやめへんか?」

「え?」


 そう言ってくる彼女の瞳は、少し不満そうに見えた。


「うちらもう友達やし、敬語はちょっと距離感じるんよなぁ。

 マーリンもマーリンで、ちょっと窮屈そうにしてんの伝わってくるし……」


 言われて、口を噤む。

 ロゼッタのその友達という言葉に、胸の奥で何かが飛び跳ねるのを感じたからだ。

 まだ出会って二人とも数時間しか経っていない。それなのに、彼女は俺のことを友達と呼んでくれた。


「そうよ、マーリン。

 私たちもう友達なんだから、もっと気軽に接してくれた方が嬉しいわ!」


 言って、笑いながらアリスが俺の体に抱きついた。

 女の子に抱きつかれるのは初めてだったので少し動揺を覚えたが、その上からさらにロゼッタまで笑って飛びついてくるので、抱き返さないわけにはいかなくなった。

 ……思えば、リアルじゃあ親が転勤族だったから、友達なんてこれまでできたことはなかったんだよなぁ。


 ……でも、ここではそうじゃない。

 行きたい場所は自分で決められる。

 その時、俺の心の中で何かの枷が外れたような感覚がした。

 きっとそれは、サーカスの象が、子供の頃から足にくくりつけられていた錘のようなもので──。


「──ありがとう、二人とも。

 これから、改めて宜しくな!」


 こうして、俺たち三人は友人として常につるむようになったのである。


 ……ちなみにこれは余談だが、初めて俺の素の口調を聞いた二人に『意外やわぁ、素のマーリンって意外と男勝りなんやな?』『もう少し上品な娘なのかと思ってたわ』と笑いながら突っ込まれたりしたけど、そこはとりあえず俺も笑って誤魔化すことにした。


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