魔人の狂想(19)
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「いやぁ、まさかまさかだよ。
受験生にこれほどの子供が混ざってるなんて、お姉さん感激だなぁ」
第三アリーナの中央。アリスの向かいに立つ黒髪の女性は、うんうんと頷きながら『幅広の木剣』を担ぎ口を開く。
それにしても、黒髪なんて珍しいな。
俺がこの世界で見たのはギルダさんとお姉ちゃん含めて三人目だ。
「ありがとうございます、カナミ教官。
でも、私はまだ戦えるわ……!」
「いやいや、もう体力残ってないでしょ、息上がってるよ?」
黒の薄手なロングコートの肩をすくめながら、そう指摘する。
彼女の言う通り、アリスはもう肩で息をするほどの疲労が見えているのに対して、カナミは全く息が上がっていなかった。
受験生は互角に戦っていたと呟いていたが、俺からすればカナミとやらはかなり手加減をしている様に見えた。
「これくらいまだまだ──ッ!?」
アリスの体軸がブレる。かと思えば、そのわずかな隙をついたのか、カナミは消える様な速度で一瞬にしてアリスの懐まで接近し、ブレードを喉に這わせ──
「あら、まだついてこれるんだね?」
──しかし、その攻撃は寸でのところで防がれた。
剣の天地を返して、縦に受け流す様にカナミの剣を受けるアリス。結い上げられた金髪の下の表情は苦渋に歪んでいるが、しかしその顔に諦めはなかった。
むしろ、少し笑っているように見えた。
「……一つ、いいことを教えてあげる」
くるり、アリスの防ぐ剣を支点に、彼女の背後に回り込もうとする。アリスもそうはさせまいと相手の動きに合わせて足を運ぶ。
剣先がくるりと絡み合うようにして、二人が弧を描くように回るその様は、まさに剣の社交ダンスと形容できた。
打ち合い、離れ、重なる剣戟。木剣同士が撃ち合う鋭い音が響く中、カナミがセリフを続けた。
「君、剣士には向いてないよ。
君には敵を自ら攻撃しようという気概が足りないし、戦闘の駆け引きというのも足りていない。
それでも前衛職になりたいなら、重剣士をお勧めするよ。
だって君、相当タフだもの」
《ノタコン》にはジョブシステムが存在しない。
しかしパーティには戦略上の役割というものは必要だ。どんな武器を使い、どんなアーツを使い、どんな仕事をこなすのか。
それらの組み合わせにおける、役割上の名前としてのジョブは、プレイヤー間で勝手に作られる。
魔法使いなら後衛の火力を、弓術士ならば前衛に集まるモンスターのヘイト管理を、剣士ならばパーティの主戦力としての火力を。
重剣士はそんな役割の中でも、特に護りに特化した役割だった。
わかりやすくいえばパラディンだな。
「いいえ諦めないわ! だって私、お母様みたいになりたいもの!
なりたいものを諦める人生なんて、そんなの死んだのと同じよ!」
一際大きな剣戟音が第三アリーナに響き渡る。
カナミが彼女の言葉に反応して目を見開いたその一瞬。わずかな隙を突いて、その『幅広の木剣』を巻き上げたのだ。
「せあぁっ!」
フルルルルルルル、と音を風を切りながら空を舞う木剣。
必然、カナミの手には獲物がない。
今が好機。これを見逃すはずもなく、アリスは大振りの一撃を脳天に──
「詰めが甘いよっ!」
──叩きつけようとした瞬間だった。
そこにできた大きな油断を指摘する様に、カナミは沈み込みながらアリスの脇の下に腕を入れ、足を引っ掛ける様にして地面に叩きつけた。
合気術スキルレベル二で取得できるアーツ《大外刈り》だ。それだけじゃない。よく見れば体術スキルレベル一で取得できる《タックル》も入っている。
単純なスキルによらない体術による入り身の技術に《タックル》を加えることで、相手の力が技に乗り切る前に突き飛ばしつつ叩きつけながら脚を刈り上げたのだ。
「カハッ!?」
カナミは、くるくる回りながら落ちてくる『幅広の木剣』をキャッチすると、そのままアリスの喉倉に向かって下突きを放つ。
彼女も諦めまいと足先を彼女の鼠径へ向けて突き出すが、しかしそこに既に彼女はいない。
アリスの足刀が空を切り、カナミの剣先だけが彼女の急所を捉えて寸でのところで停止する。
これが実戦であればここで彼女は死んでいただろう。
(股関節の駆動を使って地面との反発力を生んで、その慣性を使ってサイドステップを踏んだのか……。
恐ろしい技量だな、ただステータスのレベルを上げただけじゃできるようになる技じゃない。
さっきの打ち合いを見てアリスの身体操作も半端じゃない事は再確認できたけど、あの人のそれは更に上を行くな……)
入学試験にしてはなかなかクオリティの高い試合だったな、と思いながら拍手を送る。
この分だと、きっと彼女も入学できるに違いないだろう。