魔人の狂想(16)
16
試験は筆記と実技の両方で行われた。筆記テストでは主に簡単な読み書きや算術、冒険者になるために最低限必要な常識をどれくらい理解しているかなどを測られた。
俺は黄金の鍋亭でカールさんやサーシャさん、他にも沢山の冒険者たちから話を聞いてきていたから、ほとんど悩む必要がなかったが、それでもわからないところはあった。
次に行われた実技試験は、後衛職と前衛職に分かれて行われる様で、俺とロゼッタが希望する後衛職側は、広いグラウンドで行われることになっていた。
「はぁ〜っ、上から見た時も思っとったけど、やっぱこの学校ひっろいなぁ〜!」
グラウンドに到着した直後。
隣でロゼッタがそんな風に声をあげるのが聞こえてきた。
「そうですね。
ワールドカップのサッカーコートが六つくらいは入りそうですよ」
「ワールド……? サッカー……?」
「あ、こっちの話なので気にしないでください」
彼女の言う通り、たしかにこのグラウンドは驚くほど広かった。
学校は渓谷に建てられているから、さほど平な地形は多くないのではと勝手に思っていたが、山を切り拓いたり階層構造をうまく利用して面積を獲得している様である。
それにしても、端から端まで一体何百メートルあるのだろうか。
そんなことを考えていると、何やら奇妙なローブを着た子供たちが、籠車に何か赤、青、緑、黄色とカラフルな板の様なものを入れて運んできた。
子供たちはフードで顔が見えず、少し奇妙に見える。日本でいうところの黒子のイメージに近いだろうか?
「はは〜ん?
要するにこれはアレやな?
それぞれの板にそれぞれの属性の魔法スキルをぶつけて威力を採点するテストやな?」
一目見ただけで試験の内容を理解したのか。
ロゼッタが二束の長い三つ編みを、体ごと左右に揺らしながら推察を述べる。
結論を述べると、後衛職の実技試験の内容はロゼッタの言う通りだった。
赤い的には火属性の魔法を、青い的には水属性の魔法を──といった具合に魔法スキルを放ち、その威力を確かめるのである。
「では、受験番号七番から、前へ」
「は、はい!」
試験官の指示で、一人の少女が前に出た。
茶髪の女の子だ。髪に赤いピン留めをつけている。
「受験番号七番アトリエ、行きます!
《ファイア・アロー》!」
前に伸ばした両掌から、発生した上昇気流に紫色のケープをはためかせながら、オレンジと黄色の火の矢が放たれる。
魔法スキルレベル一で取得できる《火属性魔術の心得》と《アロー》による魔法アーツだ。
直線を描き放たれたそれは、しかし狙った赤い板には直撃することなく、その手前で燃え尽きて消えてしまったが。
(……込めた魔力が足りなかったな)
魔法スキルを取得した時の影響か。
見ただけである程度、それがどういう原因で失敗した魔法なのかを理解できた自分に、少しだけ驚く。
それから全ての的に挑戦し、アトリエはその場をさった。
次の受験生も、その次も、的に当てられるものはほとんど現れなかった。
たまに一属性だけ放って、しかも命中させた受験生がいたが、おおよそ受験生たちのスキルレベルは一未満だろうと見受けられた。
「これが、受験生のレベルですか。
もっと高いと思ってました……」
せめて、相当の威力があって的に当てられるところまではできると思っていたが、どれも魔力が足りなかったり、あるいは練り込みの甘い人ばかり。
「いやいや、これが普通やから。
同時に二つも魔法使えるマーリンがおかしいんやで?」
「それは否定しませんけど」
あのアーツは本来、ステータスレベルが四十以降になって初めて取得できるようになるものだ。
まだレベル十しか無い俺が、本来使えるはずのものでは無いし。
「いや否定せんのかい。
──っと、呼ばれたわ。んじゃ、まぁうちのも見ててぇや。
他の受験生とは一味違うモン見せたるから!」
言いながら、自信満々に胸を張って的の前へと歩いていくロゼッタ。
その手には何やらカードのようなものが握られている。
ゲーム時代では見たことのないアイテムだ。彼女はエンジニアだと言っていたし、おそらくあれは自作のアイテムなのだろう。
「んじゃ、受験番号三十二番ロゼッタ、いくでぇ!」
言って、カードを持った手を空に掲げた。
するとそれは強い光を発しながら形を変えて、近未来的な造形のアサルトライフル的なレールガンとでも形容すべきな兵器を、その場に現界させた。
「「……は?」」
その場にいた全員が、呆けた様な声を出した。
しかし彼女だけは何食わぬ顔でそれの照準を的に向けると、その引き金を引き始めた。
「ファイア!」
──ズドン!
銃口に出現した赤い魔法陣から、《ファイア・アロー》の魔法が発動し、的に蜘蛛の巣状の亀裂を走らせた。
「ファイア!」
続いて緑色の魔法陣が現れ、同じく魔法スキルレベル一のアーツ《風属性魔術の心得》と《アロー》の合わせ技である《ウィンド・アロー》が発射され、これまた同じく的に亀裂を生んだ。
そんな具合で一瞬にして四つの的を全て粉砕したロゼッタは、かいてもいない朝を袖で拭うような仕草を見せながら、その謎の兵器をカードの姿へと戻し、くるりとこちらへと向き直った。
「どや、一味違うやろ?」
こちらを向いてVサインを送ってくる彼女。
それまでの受験生らの実力と比べれば、その魔法の精度も威力も段違いであることが窺えるだろう。
しかし、問題点はそこではなかった。
「ロゼッタ、流石に武器を使うのは反則じゃないですか?」
この試験はあくまで素の実力を測るためのものだろうと俺は推測していた。だからこの場にいた受験生の誰もが魔道具──武器そのものに固有スキルを有する装備アイテム──に頼らなかったし、試験官もその使用を許可するなんて一言も言わなかった。
しかし、そんな俺の疑問は、彼女の次の一言で完璧に打ち砕かれることになった。
「え、でも武器使ったらあかんなんて一言も言うとらへんかったで?」
「……まぁ、言われてみれば確かにそうですけど」
納得いかないが、確かに彼女の言うことは正しい。
武器の使用に関しても、それこそ魔法の威力を底上げするドーピングアイテムの使用にしても、試験官は規定しなかった。
使っていいとは言わなかったし、そして同時に使ってはいけないとも言わなかった。
まぁまさか、こんな反則みたいなモノを持ってくる学生がいるなんて到底予想していなかっただろうが……。
そう思いながら試験官の方へと視線を向けると、彼はしばらく考えた末に渋々といった顔で不問とすることにしたのだった。




