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魔人の狂想(10)


 10


 そんなこんなで黄金の鍋亭で午前と午後をお姉ちゃんと交代でウェイトレスの仕事をしながら、一ヶ月が経った。


 その間で俺はいろんな人と触れ合い、話をしたりして、少しは人との会話に慣れることに成功したり、例の面白い《ウォーターボール》の使い方をしていた魔法使いの冒険者の人──カールさんというらしい──とも仲良くなって、いろいろ冒険者の仕事について聞くことができたのは収穫だったし、午後が休みの日はちょっとだけ仕事に同行して、簡単な討伐を手伝ったりできた。


 そのおかげもあり、今の俺のレベルはガラット・カヴィアロードを倒した時から上がって十まで成長することができた。


「ほら、見えてきたぜ、マーリン」


 幌馬車の御者台で馬の手綱を取る、緑色の羽付き帽を被ったくすんだ灰色の髪の男性──カールさんに声をかけられて、前方に目を凝らした。


「《サーチアイ》」


 ボソリと呟くと、遠くて見えなかった平原の奥に、何やらポツポツと建つ黒い影が、はっきりと像を結ぶ。

 弓術スキルレベル一で取得できる、強化系のアーツだ。

 視力を強化し、遠方の情景をはっきりと視界に映すアーツで、魔法スキルのアーツに組み込むと射程距離と命中率が上がるのだ。


(あれは……外郭がないけど、規模からして街……か?)


 普通、街というのは巨大な壁──外郭という──に囲われている。


 これは、街の中に魔物が入ってこないようにするためで、黄金の鍋亭があったハスティアの街にも、五十メートルくらいの壁で囲われていた。


 カールさんによれば、この街──テザリアは、周囲がアザミなどの棘のある植物が生えてる岩山で囲われていて、それが自然の要塞になっているから、この辺りのモンスターは街に入ることができないらしく、外郭が必要ないらしい。


 ゲーム時代、外郭がない場所で街みたいに規模が大きいものは見なかったが、こういうところにも変化が生まれていたわけだ。


 ちなみにテザリアはゲーム時代にはなかった街だ。

 ハスティアもそうだけど、この世界がリアルになった影響でマップの面積が広がって、ゲーム時代にはなかった街や都市が生まれているのだろう。


 黄金の鍋亭で働いてた時に、カールさんに地図を見せてもらったことがあったが、ゲームだった頃とは若干変わっていたことからもうかがえた現象だった。


 そうこうしているうちに、俺たちは街に到着した。


「それじゃあ、俺たちは別の仕事があるからここでお別れだな」


 テザリアの街の厩舎で馬車から降りると、カールからそんな言葉を受けた。


「そう、ですね。

 ここまで送っていただきありがとうございました、カールさん」

「おいおい、何悲しそうな顔してんだ?

 三年後にはまた冒険者として会えるんだぜ? ま、死んでなきゃだがな!」


 冒険者は便利屋と同一視されるが、その彼らの大半はモンスターと直に戦うことを旨としている。

 カールさんもそんな危険な職を務める一員であり、故にいつ死んでもおかしくない。


 彼は冗談めかして──ほんと笑って良いのか困るブラックジョークだ──そんな風に言っているが、実際平均寿命の短い職業だ、可能性もある。


「もう、マーリンちゃんの前でそんなこと言わないの! 冗談にならないわよ?」


 荷台から背の高い一人の金髪の女性が出てきて、カールさんの頭をバシンと引っ叩く。


「サーシャさん」


 彼女の名前はサーシャ。カールさんとコンビを組んでいる冒険者で、ディフェンダーを担当する重剣士だ。

 別のゲームの言い方だとパラディンに該当する。

 彼女からはこの世界での剣術の手解きを受けたが、正直ゲーム時代の頃のものとそんなに変わらなかったので、最終的には技術交流みたいになった。


 まぁ、ほとんど教えてもらう側だったんだけど。


 ちなみに俺が初めてウェイトレスを務めた日に食堂で喧嘩していたのも彼女だ。


「マーリンちゃん。さっきのは気にしなくていいからね? ホントこのバカったら、言葉を選ばないんだから……」

「あはは……」


 彼女の苦言に、苦笑いを浮かべる。

 この二人はいつもこんな感じで、漫才じみた掛け合いをする。


 この一ヶ月間、二人の下でパーティでの戦闘についてだとか、冒険者としての基礎知識だとかを教えてもらっていたが、カールさんがボケてサーシャさんがツッコミを入れるスタイルが変わったことはなかった。

 まぁ、酔っ払って暴れるのはいつも彼女の方だったけど。


 ホント、二人にはお世話になった。

 この一ヶ月のことを思い返しながら、俺は少しだけ笑みを口元に浮かべた。


「ま、三年なんて直ぐよ、直ぐ。

 卒業してハスティアに帰ってくるのを楽しみにしてるわ!」


 それから、俺は二人から応援の言葉を貰うと、ペコリと頭を下げて、その場を後にした。


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