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【ZERO】ZERO-Crystal Moon-  作者: 市尾弘那
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第2話(2)

 そこへ、和希の抑揚のない声が聞こえる。

 振り返ると、和希は手にしたCD-Rの曲リストに視線を落としたままだった。

「今学校出たとこだって。適当に迎えに行ってくるよ、俺」

「ああ、うん」

「なつみ、いつ頃来るって?」

「さあ。もう来るんじゃない。まあいいや。そんなことより曲決めようよ」

 自分から振ったくせに強引に話を終わらせて、和希が顔を上げた。不思議と感情の浮かばない表情で俺を見つめ、それからすぐに視線を逸らす。

 ……やっぱ、変なんだよ。

 胸の内で眉根を寄せながら、俺は携帯をポケットにねじ込んで、元の場所へと歩いて行った。

 やっぱり、和希の様子が何か妙だと思う。

 別に何がどうってほどじゃないが、どこかぎこちないと言うか、どこか違和感と言うか。

 そう考えて、俺は「しくったかな」と言う気持ちが胸に浮かんだ。

 由梨亜ちゃんと親しくなりたい。まだ本当に好きになるかは全然わからないけど、少なくとも俺は彼女に惹かれている。もっと彼女のことを知りたいと思っている。

 だけど、この流れで俺と親しくなると言うことは、必然的にクロスのメンバーとも親しくなると言うことだ。

 もしかするとこれって、危険? 地雷?

 由梨亜ちゃんは……。

「よーし。じゃあとりあえず曲を決めちゃいましょおかあー」

「今更やる気になってるよ」

 美保の茶々をしれっと受け流して元の場所に座りながら、先ほど心で呟いた言葉をもう一度繰り返した。

 由梨亜ちゃんって、和希に何か思うところがあるんだろうか。


         ◆ ◇ ◆


「おはようございまーす」

「あ、はい。おはようございます。えっと、Grand Crossさん?」

「はい、そーでーす」

 先日オムニバスアルバムを作ろうと言う話が出たインディーズレーベルのロードランナーは、恵比寿にある。

 ロータリーがあるのとは反対側、少し路地っぽくなっているその道を歩いていくと大通りにぶつかり、またそこから細い道へそれていったその通り沿いだった。

 古いけれど六階建てくらいのそのビルは、驚いたことにロードランナーの自社ビルらしい。レーベルとプロダクションを兼ねているので自社にレコーディングスタジオを備えていて、今日はそこで例のオムニバスのレコーディングをさせてくれるんだそうだ。

 オムニバスは結局、六バンド共同でやることになった。AQUA MUSE以外のバンドは俺らは知らない。オムニバス出すって言ったって、間にロードランナーが入るんだから別に会う必要があるわけでもないし、レコーディングだって当然日はバラバラだし。

 結局録る楽曲は作りかけだった奴を仕上げることにして、俺たちはあれから連日スタジオに入った。せっせせっせと曲作りに励み、二日間もらっているこのレコーディングの日を迎えた。自分らでやるんじゃなくて、ちゃんとエンジニアの人に録って貰うのは初めてのことだ。どきどきする。

 基本的にロードランナーとのやり取りはAQUA MUSEがやっていて、AQUA MUSEとのやりとりは和希がやっているので詳しいことは良く知らない。

 俺たちがロードランナーに来るのは初めてだ。

「じゃ、こちらどうぞー」

 一階の出入り口のところに電話が置いてあって、指定された通りにその電話で内線をかけて案内された部屋で待つ。やがて、何かつるっとした感じの笑顔を浮かべた男の人が入ってきて、にこやかに俺たちを促した。自販機とか置いてあるその小さなロビーを抜けると、その奥にレコーディングスタジオが見える。

「凄ぇ」

 レコスタだー。

 さっきのロビーにも、何かやたらマニアックっぽい音楽の専門雑誌みたいなのずらーっと並んでいた。自社のCDなのかわからないけどCDもずらーっと並んでいて、客と打ち合わせしたりする場所だろうにでかいコンポや意味不明にキーボードなんかもあって、『音楽の会社』って感じだった。

 ちょっとミーハー的なノリで、浮かれてしまう。

「えとね、俺は一応ロードランナーの代表で、室崎です。よろしくどうぞー」

 ノリが軽い。

 代表って言う割りに、若い人だった。実際の年齢は知らないけど、三十代半ば過ぎとかそのくらいに見える。

「Grand Crossのバンマスで、ギターの野沢です。そっちがヴォーカルの橋谷、で、こっちがベースの方宮。あと、ドラムの神田と、キーボードの嶋村です」

「機材は?」

「どこ入れて良いのかわからなかったんで、今まだ駐車場の車に乗せたままなんですけど」

「ウチの若いの使っていいから、運んじゃおうか。あ、こっちがね、スタジオ。奥がコントロールルームで」

 ちゃんとレコーディングなんかしてもらうのは初めてだから、どきどきする。何か気分はプロみたい。

「藤野くん」

 室崎さんが、レコスタの中でごそごそと何かやってた男の人に声をかけた。薄く開いた防音扉の隙間から「はぁーい?」と返事が返る。

「ちょっと搬入手伝って」

「あ、でもドラムセット持ってきてるわけじゃないから大丈夫……」

 制しかけた和希より先に、再び中から返事が返ってくる。

「はいはーい」

「中原くんは?」

「いますよ。中原ぁー。搬入手伝ってー」

「ready立て終わるまで待って……」

「こっちだってまだ繋ぎ終わってないよ。バンドさんもう入ってるよ」

「うわまじ?」

 ……。

 筒抜けの会話に思わず沈黙していると、室崎さんが困ったような笑顔をこっちに向けた。

「すみませんね、ばたばたしてて」

「いえ」

 ややしてスタジオの中から、俺より更に背の低そうな男の人と、同じくらいの身長の女の子が出てきた。二人とも若い。俺らとあまり変わらなさそう。

「おはようございますー」

「あ、おはようございます。宜しくお願いします」

「えとね、こっちメインエンジニアやってもらう藤野くん。こっちがアシストの中原さん」

「宜しくお願いしますー」

 へえええ。若いのにエンジニアやってるんだ。凄いな。

「じゃ、運びましょうか。えっと、外? 車?」

「あ、はい。でもキーボードくらいで後は自分らで持ってこられるんで……」

「そうですか? じゃあ中原、スタンバイ戻っていーよ。俺行って来るから。ついでに時間あったらDI関係だけ繋いどいて。あと終わってるから」

 すたすたと小柄な体を弾ませるように歩いて行く藤野さんと和希が並ぶように歩き出す。俺たちもそれに続いて今来た道を戻っていった。前で二人の話す声が聞こえる。

「昨日はAQUA MUSE録ったんですか?」

「ええ。昨日はAQUA MUSEさん。上手いですよね、彼ら」

「そうですね」

「ギター、上手いですよね。指運びが安定してて危なげなくて。もうちょっとリズム隊がしっかりしてるともっと良い感じになりますよね」

「ああ。淳奈ちゃん、時々よれるから」

「Grand Crossさんも音、聴かせてもらいましたよ」

「そ、そうですか?」

 録音してもらうにあたって、自主制作の音源を提出してある。

「結構良い音ですね。自分らで録ってるんですか?」

「一応、僕がパソコン使ってやってて。キーボードの嶋村が、家にスタジオ持ってるんですよ」

「ええっ? それって普通じゃないですよ」

「普通じゃないですよねぇ」

 和希と藤野さんは妙にノリが合ったらしい。会話が弾んでいる。その背中に従って、駐車場に停車してあるクロスのバンに近づきながら、俺はちらっと和希の横顔を伺った。

 由梨亜ちゃんたちが初めて嶋村家のスタジオに来た日、別に何があったわけじゃない。

 俺が迎えに行って、由梨亜ちゃんと美冴ちゃんと一緒に彼女たちが差し入れてくれると言うお菓子を買いに行って、スタジオについたらなつみがいた。

 楽器を鳴らしたり、CDをかけたりしながら、雑談がてら食ったり飲んだりしていた。

 それだけだ。

 それだけ、なんだけど。

(何なんだろうなあ?)

 和希と由梨亜ちゃんって、一言も話さないんだよ。

 由梨亜ちゃんは人見知りしそうな雰囲気があるからともかくとして、和希は普段そういうタイプじゃない。そりゃあ一矢みたいに一歩間違えれば馴れ馴れしいほどフレンドリーではないけれど、余り馴染みのないような人には率先して気を使ってあげるようなタイプだ。

 実際美冴ちゃんには気遣いをしてあげるし、それを考えれば由梨亜ちゃんと全く口を利かないのは、いかにも不自然だった。

 そりゃあ俺からしてみれば、そこがすっかり仲良くなってしまうより良いと言えばそうなんだけど。

 ……ま、いっか。

「Grand Crossさん、まとまりあって耳当たり良くて、曲も良かったです」

「ホントですか。ありがとうございます」

「ええ。社長も気に入ってたみたいですよ。メジャー受けしそうですよね、どっちかって言うと」

 外に出て、和希が車のキーを開ける。トランクを開けながら、藤野さんを振り返った。

「若いんですね、スタッフさん」

「そうですか? インディーズのレーベルなんてそんなもんですよ。俺も中原も二十四ですけど、他の制作スタッフも大体そんなもんだし。一番上が……いくつだったかな、三十三かな?」

「へえ? そんなもんですか?」

「そんなもんですね。室崎さんだってまだ四十三とかだったと思いますよ。……えっと、キーボード、これですか? 二つとも?」

「はい」

「じゃあ俺こっち持つんで……」

 藤野さんに手伝ってもらって楽器の搬入を済ませ、スタジオに入る。中原さんがガラス越しのコントロールルームの方で、椅子に座ってパソコンと睨めっこしているのが見えた。

「じゃあ、楽器のセッティングに入っちゃって下さい。そっちにギターブースがあります。ヴォーカルは、オケ録ってからここのスタジオ使って録ろうと思ってるんですが、大丈夫ですか」

「はい。お願いします」

 藤野さんは、さすがプロという感じでテキパキと言った。言われた通りにスタジオに入り、セッティングに入ることにする。

「仮歌録るのはここで歌も一緒に入れちゃおうと思ってますけど、大丈夫そうですかね」

「だいじょぶでーす」

「じゃ、宜しくお願いします。こっちもまだいくつか準備があるんで、焦らなくて大丈夫ですよ」

 そう言って藤野さんがスタジオを出て行くと、俺は和希と顔を見合わせた。今は、時々感じる違和感のようなものは全くない、普段の和希だ。

「面白いね。レコーディング、どういうソフト使ったりしてるのかな」

 機材関係に興味アリアリの、俺から言わせれば機材オタクの気がある和希が、興味津々の表情で二重窓越しのコントロールルームに顔を向ける。

 窓の向こうでは先ほどの中原さんと言う女性がマッキントッシュに向かっているのが見えた。藤野さんは、ここからも見える巨大な機械――ミキシングコンソールの前で両手を動かしている。

 それを見ていると、何だかどんどんわくわくしてきた。

 俺たちは全然アマチュアだけど、スタッフの人たちはプロで、こういう仕事で食ってるんだ。

「せっかく金かけてとるんだから、良い音が録れるように頑張ろう」

 ぽん、と和希の大きな掌が俺の肩を叩き、振り仰ぎながら頷いた。

「うん」

 納得のいくものになるように。

 

         ◆ ◇ ◆


「ちわー」

「いらっしゃーい」

 『コースト』に来ると、モニターから流れている音の出てない洋画のビデオに目を向けていたまるちゃんが顔を上げた。

「一人?」

「あゆなと待ち合わせ」

 ロードランナーでのレコーディングも無事終わり、後は音が仕上がってくるのを待つだけだ。俺はどのくらいかかるのか良くわからないけど、和希曰く半月もすれば一度聴けるだろうとのことだ。楽しみ。

 レコーディングが間に挟まっていたこともあって、しばらくはライブも予定をしていない。

 昨夜は友達のバンドのライブがあって、その後、明け方を通り越して今日の昼まで飲んでしまった。以降、十九時頃までひたすらあほみたいに眠りこけていたのだが、あゆなからの電話で叩き起こされ、こうして『コースト』に拉致されている。

 いつも通りまるちゃんに挨拶をして金を払う。中に入ってあゆなの姿を探すと、あゆなはカウンターの一番奥でぼーっと一人飲んでいた。全身に伝わる音楽の振動を感じながら、そちらを目指して歩く。

「うす」

「よ」

 隣のストゥールに腰を下ろし、バーテンダーにジントニックをオーダーする。グラスをもらって、あゆなの目の前に置かれているグラスに勝手に合わせた。

「おつー」

「眠そう」

「だから寝てたんだって」

「そんなに寝てると目がなくなっちゃうよ」

 指先でリズムをとる。ちょうど俺の好きな曲がかかっていた。八十年代の半ば頃に流行ったやつだ。

「踊らないの」

「後で踊るよ」

「ナンパとかされなかった?」

「されたよ」

 簡潔に答えて、あゆなはグラスに口をつけた。

「後で陸も呼んでみようか」

「いいね。俺も久しぶりに会いたいし」

 しばらくは、だらだらとただ雑談をする。先日行った友達のライブのことや、最近買ったCD、ロードランナーでのレコーディングや、あゆなの仕事のこと。

 あゆなとは気が合うらしく、不思議なほど話が尽きない。

「そう言えば」

 グラスが一杯空になったところで、あゆながふと思い出したように言った。

「良い出会いはあった?」

「何それ」

「彼女欲しいとか言ってたじゃん」

「ああ、それね」

 煙草を取り出す。

 指先で煙草の箱を玩びながら、俺はにやっと笑った。あゆなが不気味そうな視線を俺に向ける。

「やらしい笑み」

「……だからやらしいって言うなよ」

「何? あったんだ、良いこと」

「別に良いことでもないけど。こないだのライブん時、麻里絵ちゃんの妹の美冴ちゃんと、友達の由梨亜ちゃん、来てくれたよ」

「へえ」

 あゆなが一瞬表情を止める。それから、テーブルに頬杖をついて横目で俺を見た。

「良かったじゃない」

「うん」

「どういう意味で良かったのか、わからないけどね」

「あれから何度か、スタジオの方にも遊びに来てくれてるよ」

 惚れかけているとは、何となく言いにくい。

 意図して何気なく言うと、あゆなは少しの間無言で俺を見ていた。それから「ふうーん?」とため息をつく。

「あのコ、可愛かったわね」

「二人とも可愛かったよ」

「そうだけど。由梨亜ちゃんなんて、お人形さんみたいじゃないの」

「……まあね」

「好きなんだ」

 ぶほっ。

 話の流れの一環のようにさらっと言われ、そんな攻撃を予想していなかった俺は見事に酒を噴き出した。

「わっかりやすいったら……」

 そんな俺を見て、あゆなが呆れたように評してくれる。失礼な。

「何も言ってねぇだろっ?」

「好きなんでしょ? 違うの?」

「うっ……」

 そう真正面から聞かれると、ほとんど惚れて来ている俺に咄嗟に嘘は用意できない。

 言葉に詰まったまま視線を逸らすと、あゆなはストゥールに座ったままくるんと体を回転させた。カウンターに向いていた体をホールの方へ向ける。

「啓一郎のタイプってああいう感じなんだ」

「どういう感じ?」

「女の子ーって感じ。砂糖菓子みたい。食べたらふわって溶けちゃいそう」

 食べてみたい。……じゃない。

「いーだろ、別に」

「いーけど、別に。ちょっと意外だっただけで」

 ふうん?

 首を傾げながら、煙草を咥える。

「意外?」

「って言うか、今まであんまりそういう話を聞いたことがなかったから、『ふうん、こういうコがタイプなんだ』って感じ」

「それ言ったらあゆなだってそうだけど」

 好みのタイプなんて話、普段の生活の中で別段熱く語る機会もない。

 話を振り返すと、あゆなは完全にカウンターに背中を預けて考えるような目つきを見せた。

「わたし? わたしは年収五千万でー、背が190あってー、顔がブラッド・ピットでー」

「あほ」

「泉が心配してるわ」

「は?」

 泉?

 話が読めずにあゆなの顔を凝視すると、あゆなは苦笑を浮かべて俺を見返した。

「あんたの心配じゃないわよ。和希が取られちゃうーって」

「……何、それ」

「めちゃめちゃ可愛いコがクロスの物販のトコでメンバーと話し込んでたって聞いたみたい。由梨亜ちゃんのことかなあって思って」

 あの日、泉は来ていなかった。

 一体どこからどう漏れるやら、ネットワークとは恐ろしい。

「誰に?」

「ファンのネットワークってのがあるのよ。気をつけなさいね。馬鹿なことしてると、気がついたらみんなに広がってるから」

「すげーやだ、それ。で、あゆなもファンだったの?」

「クロスの音楽のファンではあるけどね。あんたたちの個人のファンになったつもりもなければなる予定もないから、わたしはそういうの、どうでも良いんだけど」

「かっわいくないなー」

「わたしが啓一郎のファンだって言ったらどうするのよ」

「……怖い」

 とりあえず一発殴られる。

 それから俺は、深く頬杖をついて考え込むように目線を上げた。カウンターの内側で暇そうにしているバーテンダーを、ぼんやりと眺める。

 『和希が取られちゃう』か……。

「別に、和希と由梨亜ちゃんは仲良くないよ」

 口に出して言ってみる。

 言ってみると、なぜかそれが却って不安感を煽った。

 和希の気持ちとしてではなく……由梨亜ちゃんの方の気持ちとして。

「ふうん? そう?」

「……。今のところはまだ、ね」

 どうしたって和希にはいつもなつみが張り付いているし、和希本人も一矢みたいにふらふらと女の子に声かけるタイプでは到底ない。

 通常だったら和希がいろいろと気を使ってあげたりもするだろうけど、和希がそれをしない以上、二人が話すことさえまずない。

 だけど、由梨亜ちゃんの視線が時々、和希を探すようにふっと彷徨う瞬間がある。……ような気がする。

「お前って何で彼氏作らないの?」

「その質問を返してあげるわよ」

「彼氏?」

「……彼氏が欲しいならそれはそれで構わないけど、以降そういう目で見るわよ」

 どういう目だ。

「別に俺は作らなかったわけじゃねーよ。作りたいつって出来てたらみんないるんじゃん」

「そうでしょーが」

 同じよ、と言いながらあゆなは、またくるんと回ってカウンターに向き直った。

 まあいなきゃいけないもんでもないし、死ぬわけでもないんだけどさ。

 それから少しの間、自分の考えに沈み込む。なぜだかあゆなも沈黙を守っていた。

 ややして、ぽつりと尋ねる。

「ねえ」

「ん」

「本気?」

「何が」

 聞かれていることはわかってはいたけど、敢えて俺は尋ね返した。答えを用意する時間が欲しかったのかもしれない。

「由梨亜ちゃんよ。本気で好きなの?」

「……知らないよ、そんなの」

 まだわからない。

 まだ知らない。

 好きだと言えるほど、彼女のことを知っているわけじゃない。

 だけど……。

「まだ、わからない」

 だけど、思い出すだけで心が疼く。

 そばにいるだけで、元気になれる。

 俺の言葉にいつも見せてくれる柔らかい笑顔が、常に控えめな頼りなさが、もう一度見たくて、手を貸したくて。

「うまくいけばいーね」

 そんなことを考えていると、あゆなが不意に優しい声を出した。

 目を上げると、思いがけず優しい目をして俺を見ている。

「何だよ、急に優しくなっちゃって」

「……わたしが優しいと変だって言うの?」







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