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【ZERO】ZERO-Crystal Moon-  作者: 市尾弘那
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エピローグ

 映画『Moon Stone』挿入歌の採用決定通知が来たのは、十二月ももう終わろうと言う頃だった。

 オーディションでの審査員の評判は上々で、バンマスである和希のところにはいくつかレコード会社やプロダクションから話があったりもした。お客さんの受けも良くて、あの後、ホームページのアクセスカウントは一気に跳ね上がったらしい。

 あれからわずか数日の内にクロスとブレインは『一緒にやっていこう』というお互いの意志を確認し、専属アーティスト契約を取り交わした。一月に入ったら、早速レコーディングに取り掛かることになっている。

 とりあえずは映画挿入歌として、ソリティアから一枚。その売れ行きや動向如何で、恐らく俺たちに対するソリティアの姿勢が決まるんだろう。

 ともかくもレコード会社へのプロモーションがない分、俺たちはスムーズにタイトル作成に取り掛かることが出来る。反面、そのタイトルにかかる責任は重い。

 そして美保は、正式に抜けると言う話を、デビューシングルが発売される前に行うライブのどこかで挨拶することにした。その日を境に、Grand Crossは正式に四人メンバーになる。

「うーそ。まじで? あの人ホント、鬼じゃないの?」

 広田さんとの通話を切った携帯を放り出して、ぐったりと和希がスタジオの床に仰向けに転がった。

「俺、もうノイローゼになりそう」

 和希と広田さんの電話を横で聞いていた俺も、負けじと床に突っ伏して呻く。

「またアレンジするのかよおおおお?」

 一矢の言葉で、スタジオ内に『げんなり』と言う空気が蔓延した。

 もっとも、今回のアレンジは、サウンドプロデューサーとして広田さんもいろいろと意見を出してくれる心積もりがあるらしい。あるらしいけど、俺らの意見は、もうない。

 精神的にぐったりとしたままで、俺はのそのそと壁際に這って行った。そのまま自立式灰皿の隣に座り込み、うんざりした顔のままで煙草に火をつける。

 防音扉が開いたのは、その時だった。

「こんにちはー」

 由梨亜ちゃんと美冴ちゃんが、ちょこんと顔を覗かせる。学校帰りらしく、今日も制服姿のままだ。

「おう。らっしゃい」

 一矢の招きに応じて笑みを浮かべた二人が、中に入ってくる。目が合って、俺もひらひらと片手を振って見せた。それに会釈を返してくれて、由梨亜ちゃんはそのまま和希の方へ足を向ける。

 和希と由梨亜ちゃんは、俺がスタジオで彼女と遭遇したあの日をきっかけに、元の鞘に納まった。俺には和希からあの日の夜電話が来て、「もう泣かせることはしない」と言っていたのを覚えている。

 もう、あの二人が別れることはないだろう。

 和希はきっと由梨亜ちゃんのことを大切にする。由梨亜ちゃんは、誰より和希を想ってる。

 ……俺は、由梨亜ちゃんを忘れることが出来るんだろうか。

 もしも今後もこうして俺の前に姿を現すんであれば、相当時間がかかりそうだ。

 笑い合う和希と由梨亜ちゃんをぼんやりと眺めていた俺は、二人から目を背けてため息混じりに煙草を捨てた。そのまま立ち上がる。

 防音扉のところに佇んで一矢と話していた美冴ちゃんが、近付く俺に顔を上げた。

「どこか行くんですか?」

「ちょいと外の空気を吸いに」

「また同じ曲のアレンジで、みんな病んでるのれすよ……」

 ちょっとあざとかったかなと思ったけれど、一矢のフォローに似た言葉で助けられた。それに苦笑して頷いて見せると、スタジオを出る。

 冬晴れの空が、高く澄んでいた。風は少し冷たいけれど、抜けるように高い空がどこか爽快だ。空を仰いで目を細める俺の前髪を、風が撫でる。

 やっぱ、ああして目にすると、ちと堪えるな。覚悟してたけど。

「啓一郎さん」

 気の抜けたような気分でぼけっと空を仰いでいると、扉が開く音に続いて美冴ちゃんに名前を呼ばれた。精一杯の笑顔を作って振り返る。

「うん?」

「大丈夫、ですか?」

 心配してくれているらしい。多分この『大丈夫』は、由梨亜ちゃんのことなんだろうと言う気がする。

 だけど、俺は敢えて違う方向で答えを返した。

「うん。ありがとう。でも、これでプロになれるんだったら頑張ってやんなきゃね」

 美冴ちゃんも、俺がわざと由梨亜ちゃんのことに触れなかったことに気がついたんだろう。少しだけぎこちない笑みで、小さく頷いた。

「大丈夫です。わたしが保証します。Grand Crossは、プロでやっていけます」

「はは。勇気出るな」

「ホントですよっ。これでも、伊達にいろんなバンド見てるわけじゃないんですからね」

 むきになったように両手を腰に当てて主張する美冴ちゃんに、俺は自然と笑顔が零れた。

 うん。そうだといいな。こうして応援してくれる人に恥じることのないように。

 そのまま、俺と美冴ちゃんは少しの間、黙ってそこに立っていた。言わなければいけないことがあるような気はするけれど、どう口火を気って良いのかわからない。

「啓一郎さん」

 隣で美冴ちゃんが、ポツンと口を開く。顔を向けると、美冴ちゃんは空を仰いだままで、続けた。

「わたしがあの日言ったこと……」

「……うん」

「気に、しないで下さいね」

 え……。

 俺の視線は感じているだろうに、美冴ちゃんは思い切り空を仰いだままで笑顔を作った。

「わたし、言いたかっただけなんです」

「美冴ちゃん……」

「だから、それで解決なんです。答えが欲しいわけじゃないから、何も答えなくて良いです」

「……」

「啓一郎さんの気持ち、知ってますから」

 言いたくないだろうに、言わせてしまったことが胸を塞いだ。美冴ちゃんに申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

「……ごめんね。俺、何も答えなくて」

「ううん。本当にいいんです。わたしは、大丈夫ですから」

 そこでようやく俺の顔を見た美冴ちゃんは、微かに目を潤ませていた。零れないように空を仰いでいたのかもしれないと、そこでようやく気がつく。

「それにっ」

 かける言葉を見つけられない俺に、美冴ちゃんはわざと明るい声で元気良く口を開いた。俺を覗き込むように、微かに体を前に屈める。

「恋愛ドコロじゃないですよっ、啓一郎さんっ」

「あ、うん」

「忙しくなっちゃうんだからっ。体だけ、大事にして下さいねっ」

「……うん」

 いいコだよ、ホント。

 ごめんね。俺からは、何もしてあげられなくて。

 美冴ちゃんの顔を見ていられずに、俺は頷きながら俯いた。下げた視界の中、美冴ちゃんの足が軽やかなステップを取るように、後ずさる。

「それじゃあわたし、帰ります」

「えっ?」

 驚いて再び顔を上げると、美冴ちゃんが優しく笑ってブイサインをしてみせた。

「由梨亜には、言ってあるから。……啓一郎さんも、落ち込んでちゃ駄目ですよっ」

 ……。

「は、はは……」

 そうだよな。俺が傷つけたはずの美冴ちゃんが、こんなに明るく振舞って俺を励まそうとしてくれている。

 未来の全てが躓いているわけじゃない。

 少なくとも、俺にとって最大の夢への道しるべは、今そこに見えている。

「うん」

 優しい気持ちが嬉しくて、心に染みた。

 応えてはあげられないけれど、でも。

「それじゃあ、また」

「美冴ちゃん」

 歩き出した背中に呼びかける。美冴ちゃんが足を止めて、顔だけで俺を振り返った。

「気持ちは、凄く嬉しかった。ありがとう」

 それが、彼女に言ってあげられる精一杯。

 頷いて小さく手を振ると、美冴ちゃんの小さな背中が遠ざかっていく。裏門から出て行くのを見送って、俺もようやく踵を返した。

 恋愛ドコロじゃない、か。

 その通りだよ。

 今、ようやく立ったスタート地点。

 俺たちがどこまで通用するのかわからないけど、ともかくもチケットだけは手に入れた。

(やんなきゃだよなあー)

 天に向かって、思い切り伸びをする。




 スタート地点はZERO。

 ――――この場所から、歩き始めよう。

 今はまだ輝いて見える、憧れのその場所に向かって。












>>to be continued










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