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【ZERO】ZERO-Crystal Moon-  作者: 市尾弘那
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第6話(4)

 和希からは、特に何の返事もなかった。まだきっと考えているんだろう。いや、考えてくれていれば良いんだけど。

 加えて、このところ美保の様子がちょっと変なのが気になったりする。別にバンドに支障が出ているわけじゃないからいーんだけど、元気がなかったり、変にハイテンションになったり、何か不安定な感じだ。と言って、聞いても何も答えないんだけど。

(ふわ〜ぁ……やっべー……眠いなあ……)

 美冴ちゃんと映画に行く約束のその日、渋谷をてれてれと歩きながら、俺は盛大なあくびをぶちかましていた。

 渋谷までは単車で来たものの、路駐は危険だし、時間貸しは金がかかるしで、一度実家に帰った。そこに単車を停めるだけ停めて、実家から駅へ戻っているわけだ。

 待ち合わせたのは、渋谷駅交番前。朝の十時。何つー早朝。

 映画の途中で寝ちゃったら悪いだろうと思って、早く寝るつもりだったんだ。だったんだけど、一矢に借りた漫画を読み出したら止まらなくなっちゃったんだ。で、寝たの三時。正真正銘の馬鹿だと思う、俺。

 東急本店のそばを通り過ぎ、スクランブル交差点の信号に引っかかる。その時点で時刻は、ほぼジャスト十時だった。

 信号が変わるのを待って、交差点を渡る。駅前は特に混雑がひどい。交番前も人が多く、その隙間から美冴ちゃんの姿を見つけた俺は、足を速めて近付いた。

「はよ。ごめんね、待たせて」

「あ、いいいえ。全然」

 ふるふると顔を振って俺を見上げる。襟ぐりの広く開いたオフホワイトのVネックのワッフルカットソーにシンプルな黒のミニタイト、編み上げのダークブラウンのブーツに白のニットジャケットが可愛い。アップにした髪をてっぺんでランダムに散らし、不揃いな大きさのカールをかけている。とても高校生に思えない色っぽさ。

「美冴ちゃんって大人っぽいよね」

「そ、そうですか?」

「うん。俺の方が子供っぽいかもしんない」

 Tシャツの上にシンプルな黒のシャツを引っ掛け、ホワイトジーンズにショーンジョンのレザージャケットを羽織っただけのシンプルな服装。

「わたしってフケてます?」

 眉根を寄せて、困ったように首を傾げる。俺は苦笑した。

「そういう意味じゃないよ。……どうしようか。とりあえず行こうか」

「は、はい」

 スクランブル交差点を渡り、109を右手に逸れる。文化村の方へ向かう道も、細いし人は多いしで歩きにくい。

「美冴ちゃん平気? はぐれないでね」

「はい」

「実は俺、さっき覗いてみたんだけどね、アミューズで結構良い感じの時間でやってるみたいで。最初のが十一時半で、次が十三時五十五分とかだったよ。一応心配だったら、もう一度一緒に見に行っても良いけど」

「あ、そんな。平気です。見てきてくれたんだ。ありがとう」

「どうせ通り道だしね」

「通り道?」

「うん。俺、実家が松濤でね。単車で来たから、置きに行ってて」

「渋谷に実家があるんですか? 何で家出てるんですか」

 渋谷に実家があると、家を出てちゃ変なのだろうか。前も誰かに聞かれた気がする。

「ま、何となく。んで、どうする? 十三時五十五分とかにして、のんびりメシ食ってもいーし。十一時半の方でも食ってから行けるかもしんないけど、ちと慌しくなりそうだから、そっちだったら見てから食いに行った方がいーよね」

「そうですね。うーん。結構来る人とか多そうだし、先に見ちゃいましょうか」

「了解。んじゃ、映画館の方に向かいますか。とりあえずは」

 了承して、そのまま映画館へ向かって歩き出す。

 そうして並んで歩きながら、時折すれ違う男が美冴ちゃんに視線を投げかけて行くことに気がついた。

 そうだよな。今まで由梨亜ちゃんにばかり目が行っていたから気がつかなかったけど、美冴ちゃんだって十分綺麗なんだよ。隣を歩いていて、ちょっと気分が良いくらい。

 それ言ったら、まああゆなだってかなり綺麗なんだけどさ。

 なのに、どうして俺は、由梨亜ちゃんじゃなきゃ嫌なんだろうな。

 ……会いてぇなあ。今頃、何をしてるんだろう。どうしたら忘れられるんだろう。今はまだ、忘れられる日が来るとはとても思えず、申し訳ないとわかっていても、隣を歩いているのが由梨亜ちゃんだったらと思わずにいられなかった。

「あ、そうだ」

 少し沈みそうになった気持ちを切り替えようと、俺は片手に持った中古CDショップの袋を美冴ちゃんに差し出した。一応、美冴ちゃんにあげようと思って持ってきたものだ。

「いつも応援してくれる美冴ちゃんに、プレゼント」

「え? 何ですか?」

「オムニバス」

「えっ?」

 夏に録ったやつが、ようやくマスタリングまで完了して和希の家に届いた。由梨亜ちゃんの手には、そのうち和希から渡るだろう。

「日頃のお礼を兼ねて」

「あ、ありがとうございますッ」

「安いもので悪いんだけどね。いつか俺らにネームバリューが出来たら高額で売れるようになるかもしれないし」

「売りませんよっ」

 あんまり嬉しそうな顔をしてくれるので、却って申し訳ない。

 アミューズについて時間を確認し、公開する劇場へ向かった。受付で整理番号を発行してもらって、カフェで時間を潰す。

 テーブルについた途端に欠伸を零すと、美冴ちゃんに睨まれた。

「啓一郎さん、寝ちゃ駄目ですよ?」

「はは。鋭意努力します……。あー、でも俺、映画って来るの、ホント久しぶりだなあー」

 ホットコーヒーのカップを取り上げながら言う。美冴ちゃんが、ちょこんっと首を傾げた。

「最後に見たのって、いつ頃ですか?」

「いつだっけなー」

 確か去年、あゆなと陸と三人で新宿へ見に行ったのが最後だったんじゃないかなー。

 俺がその時見た映画の名前を告げると、美冴ちゃんも記憶を呼び起こすような顔付きをした。

「一年ちょっとくらい前でしたっけ、その映画」

「かな? 去年の夏の頭とかそんくらいだったと思うけど」

 しばらく映画の話をしていると、上映時間まで間もなくと言う時間になった。席を立ち、劇場へ移動する。昔と違って、列を作って待たなくて良くなった分、楽になったもんだよな。

 指定された座席に腰を落ち着けると、間もなく予告編が始まった。続いて、映画の本編が始まる。

 あまり本とか読まない俺は、小難しいストーリーとかだと展開がわからずに飽きてしまう。今日の状態だと、確実に寝てしまう。けど、幸いにして俺の頭でも理解出来るストーリー構成だったので、一応眠りこけることなく映画を見ていることが出来た。ヒロインが、危機の中から無事帰還したヒーローに駆け寄って行くところで、壮大なテーマソングが流れ出す。

 映画でもドラマでも、音楽の果たす役割ってのは大きいよな。

 ストーリーがどれほど盛り上がったところで、かかる音楽がしみったれたものだったら、映画そのものの価値が落ちる。

 逆に、映画そのものが駄作だったとしたって、音楽だけが一人歩きすることだってあるわけだけど。

 いずれにしても、音楽と言うものが人の感受性に訴えるものの強さと言うものを考えさせられるよな……。

 映画音楽かー。

 やってみてーなー……。




 映画が終わってアミューズを出ると、俺たちは少し遅い昼食をとることにした。

 美冴ちゃんオススメだと言う、公園通り沿いのカフェに向かって歩き出す。日が高くなったせいか、人込みは増していた。

「映画はどうだった?」

 東急ハンズ前の短い坂道を上りながら尋ねる。美冴ちゃんは興奮を残したような顔つきで、元気良く答えた。

「面白かったっ。ヒロインのお父さんが倒れるとことか、涙止まらなくなっちゃって」

「結構涙もろかったりするの?」

「どうかなあ。そんなでもないですけど。家族モノ弱くて」

 俺は、一時期、テレビでもドラマでも人が死ぬシーンがあるものが完全に駄目だった。

 未だ俺の部屋にテレビがないのは、その影響もある。

 普通のドラマや映画くらいだったら見ることが出来るようになったのは、高校を卒業するくらいからだったっけかな。と言っても、お涙ちょうだいものは今でも絶対駄目だし、アクションものでも戦友が倒れたりするようなそういうシーンがあったりするとアウト。思い出さなくて良いことを思い出すから。

「啓一郎さん、どうでした?」

「俺? 面白かったよ。音楽良かったし」

 カフェに入ると、ランチタイムを微妙に外しているせいか、待ち時間はなさそうだった。喧騒に包まれた店内で、空席に案内される。

 それぞれパスタをオーダーするや否や、映画鑑賞中の禁煙を解消すべく煙草に火をつけると、美冴ちゃんが笑った。

「啓一郎さんって、いつから煙草吸ってるんですか?」

「俺? 高校ん時かなあ。中学の時は吸ってなかったから。確か、今の美冴ちゃんくらいの時か」

「悪いのー。男の子って何でみんなで煙草吸ってみたりするんだろ」

「ま、いろいろと好奇心旺盛なお年頃なわけですよ。何でもやってみたいわけで」

 運ばれて来たパスタを食べながら、この後の計画を練る。つか、良く考えてみれば、俺、女の子と二人で会うとか結構久しぶりだ。

 そりゃあ夏に由梨亜ちゃんと会ってるけど、あれは目的が買い物だったわけだし。あゆなは勘定に入らないし。

 つまらんとか思われたら男の沽券に関わるとか思うものの、最近の高校生が何をして遊ぶもんなのか良くわからない。

 食事を終えて少しゆっくり休憩をすると、俺と美冴ちゃんはしばらく街をぶらぶらと歩いた。中古CDショップに寄ったり、洋服屋や靴屋などを覗いたり、ゲーセンで遊んだりしているうちに、意外と簡単に時間が経過する。

「美冴ちゃん、すげぇ。めちゃめちゃシューティング強いんだもんなああ」

「まっかせて下さい。弟がいるから、子供の頃から一緒にやったりしてたんだもんね」

 ゲーセンを出ると、ぬいぐるみを抱えた美冴ちゃんが機嫌良さそうに笑った。俺がUFOキャッチャーで取ってあげた、変な顔の犬だ。

 既に辺りは薄暗く、通り沿いに並ぶ無数の店舗に灯りが煌々と灯っている。

「んでも啓一郎さん、UFOキャッチャーめちゃめちゃうまいんですね」

 他にもいろいろ、小さなぬいぐるみだとかマグカップだとか、ねだられるままに取ってあげたりした。そんなに持って帰っても邪魔じゃないか、と思ったりする。ま、欲しいと言うんだから、いーんだろうけど。

「まかせて。……あー、俺も結構得意なはずなんだけどなー」

「ふふふ。鍛えて再挑戦して下さい」

 誇らしげに言われ、俺はがっくりと肩を落とした。

「さてと。そろそろ帰ろうか。明日学校だろうし」

「あー……そう……ですね」

 腕時計に目を落としながら言うと、途端に美冴ちゃんがしゅんとしたように答えた。まだ十八時を過ぎたばかりだから、俺としては全然平気なんだけど。でも、美冴ちゃんは高校生だしな。女の子だし。前に酒飲ませて遅くに帰した前科もあるし。

「んじゃ送るよ……って、それじゃあ単車は無理か」

 ミニスカートで単車。やって欲しいような気もするが、口にすると変質者の烙印を押されそうだ。

「あっ。ジーンズ履いて来れば良かったな。また啓一郎さんの後ろに乗せて欲しかったのに」

「お望みとあればいつでも。じゃあ、今日は電車で送ろーか。また遅くなっても何だし、行こう」

「あ、でも悪いですよ」

「いーよ別に。どうせ暇だし」

 美冴ちゃんの家は、丸の内線の茗荷谷駅にある。俺と同じ丸の内沿線でも、端と端に近い。

 渋谷駅から山手線に乗り、池袋で丸の内線に乗り換えると、割とすぐだ。

「今日は本当に楽しかったです。ありがとう」

 駅で降りて住宅街の中を歩きながら、美冴ちゃんがはにかんだように笑って俺を見上げた。それに俺も笑い返す。

「いいえー、こちらこそ。タダで映画見させてもらっちゃって」

「でも、わたしこそゴハンとかみんな出してもらっちゃったし」

「これでも一応は年上ですから」

 促されるまま、路地に入って細い道を曲がって行く。周囲は結構暗かった。

「啓一郎さん」

「はいはい?」

「わたしね、ずっと気になってるんですけどー」

 どこか冗談めいた口調で、人差し指をくるくると回しながら、美冴ちゃんが首を傾げる。

「啓一郎さんって、ホントにあゆなさんと付き合ったりしてないんですか?」

「それ、ずっと気になるほどのことなの?」

「はは。何となく」

「ないよ。そんなに怪しい?」

 俺のやや後ろを歩く美冴ちゃんを振り返って首を傾げると、作ったような笑顔で美冴ちゃんが俺を振り仰いだ。

「んん……。じゃあ、好きな人とかいるわけじゃないんですか?」

 耳が痛い。

 と言うか、答えに困る。

「いないわけじゃ、ないけど」

 曖昧に答えると、美冴ちゃんが沈黙した。その沈黙の意味がわからず、俺も何となく黙った。

 少しの間、沈黙のまま並んで歩く。やがて美冴ちゃんがポツンと口を開いた。

「由梨亜と」

 どき。

 この話の流れでその名前を出されると、大変俺の心臓によろしくない。

「由梨亜と和希さん、まだ戻ったりしてないですよ」

「……。知ってるよ。でも別に俺は関係……」

「嘘」

 きっぱりと言われて、俺は思わず美冴ちゃんを見つめた。美冴ちゃんの方も、俺を見つめ返す。その表情は、どこか上ずったような、無理をしているような、そんなぎこちないものだった。

「気になってるでしょ?」

「そんなこと」

「見てたらわかります」

 美冴ちゃんが足を止めた。

 置いて行き掛けて、慌てて俺も足を止める。

 振り返ると、いつの間にか美冴ちゃんは、泣き出しそうな顔をしていた。

「どうし……」

「わたしも、啓一郎さんが由梨亜を見てるのと同じくらい啓一郎さんのこと、見てるから……だから、わかります」

 ……え?

 一瞬意味を図りかねて、頭の中が白くなる。ぽかんと見つめる美冴ちゃんの遥か後方で、過ぎろうとした車のヘッドライトがその姿を照らした。通り過ぎると、再び道に暗闇が戻る。

「わたし、啓一郎さんが好きです」

「何……」

「みんなで遊んだりしてもらう前から、ずっと好きでした」

 意表を突かれて言葉のない俺に、美冴ちゃんは赤い顔で潤んだ目で一生懸命続けた。引きつったような、ぎこちない無理矢理の笑顔を浮かべている。

「方宮くんがバンドやってて、最初はほんの興味で見に行っただけだったんです。だけど、気がついたら大好きだった。そばに行きたいってずっと思ってた。それは、その時はまだ、ただの憧れだったのかもしれません。……でもね」

 街灯の頼りない灯りが微かに照らす美冴ちゃんの目に、きらきらと光が浮かぶ。……涙?

「でも、それだけじゃなくなっちゃった。一矢さんの家で、恵理さんに、啓一郎さん、怒鳴ったでしょ?」

 ああ。無関係の美冴ちゃんを傷つけようとしたから。

 言葉を見つけられなくて黙ったままの俺に、美冴ちゃんは一人で続ける。

「あの時、本当に嬉しくて。わたしの為に怒鳴ってくれる啓一郎さん、かっこよかった」

「は、あ、そ、それはどうも……」

 何だその返事。

 真正面からそんなふうに言われることはまずないので、答えに詰まる。しどろもどろとはこれのことだ。

 美冴ちゃんが、涙を浮かべながら笑った。

「嬉しかった」

「……」

「でもね、啓一郎さんの気持ち、見ててわかっちゃったから。だからわたし、こうして伝えられたら、それだけでもう、十分です」

 俺、何て言ったら良いんだろう?

 黙ったままの俺に、美冴ちゃんが泣き出しそうな笑顔を懸命に作って続ける。

「今日、本当にありがとう。一度だけでも、こうやって二人で会えて、幸せでした。……もう、ここから帰れます」

「あ……」

「それじゃあ、また」

 ぺこり、と頭を下げる。ふわふわに結った美冴ちゃんの髪が揺れた。そして、立ち尽くしたままの俺の横をすり抜けるようにして走り出す。

「みさっ……」

 呼び止めようとしたけど、俺は結局その背中を見送って言葉を飲み込んだ。

 嘘だろ? まじで? 美冴ちゃんが俺を?

 実感が湧かなくてどこか呆然としたまま、俺は、由梨亜ちゃんと美冴ちゃんが友達同士である事実を息苦しく思い出していた。

 ……ごめん。全然気がつかなかった。

 俺の視線は、完全に由梨亜ちゃんにしか向いていなかった。いや、今でもだ。

 それを、どんな気持ちで眺めていたんだろう。

 そう思えば居た堪れない思いでいっぱいになる。

 嬉しいとも、思う。

 でもさ。

(――ごめん)

 俺も、由梨亜ちゃんの忘れ方が、まだわかんないんだ……。











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