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【ZERO】ZERO-Crystal Moon-  作者: 市尾弘那
14/29

第4話(2)

 まあいいや。何にしてもやってみたいと思ってもらえるのはありがたい。それは畢竟、俺らの音楽に何らかの可能性を感じてくれたと言うことに他ならないわけで。

「したら俺、今から和希ん家行くわ」

「ああ、出来るんならそうしてもらおうかな。その方が話が早い。他、どうする? 美保と武人は、さすがにこの時間じゃ無理かな」

 その言葉に時計を見ると、間もなく二十二時半になろうとしていた。

 武人は出て来いって言や出て来ちゃうだろうが、それは高校生という年齢柄、却下することにした方が良いだろう。

「スタジオにすれば美保も参加出来んじゃねえの? じゃ、一矢にスタジオ集合って伝えてさ。選曲するなり何なり、決めようよ」

 俺はこのまま家にいたって、どうせナメクジ状態のままろくでもないことばかり考えているに決まっている。非常に不健全だ。それを脱する為にも、是非何か進展性のあることをしていたい。

「りょーかい。じゃあ三人に連絡して、すぐスタジオに向かうわ」

「おっけ。俺、もう出る」

 それだけ言うと、携帯をオフにして立ち上がる。

 灰皿の上でただただ燃えていった煙草の火を消して、床に放りっ放しだった財布とキーケースをポケットに突っ込んだ。

 急に、頭が活性化してきた。

 オムニバス、テレビ、そしてワンショット。

 それで何が変わるわけでもないのかもしれない。何も変わらないのかもしれない。

 でも……。

「よっしゃああー」

 少しずつ、ライブに自発的に来てくれるお客さんが増えていく。

 少しずつ、新しい何かをやることが出来ている。

 頑張ろう。

 たった一枚きりの契約でも、それでもレーベルが出してくれれば自費製作するより世界が広がる。僅かであっても流通に乗ることになるわけだから。

「頑張るぞー」

 認めてくれる人が僅かでもいれば、頑張れる。


          ◆ ◇ ◆


 由梨亜ちゃんから再び電話があったのは、八月も終わろうと言う頃だった。

 いや、正確に言おう。言いたくないけど、言おう。

 つまりは、和希の誕生日の翌日だった。

 ――啓一郎さんっ、聞いてっ……

「はーーーあああ」

 和希へのプレゼント選びの日から、彼女には会っていない。

 美保の家の前で単車を降りて、メットを外すとため息が出た。出たなんてもんじゃない。溢れ出たため息に溺れそう。

 ――あのっ、あのねっ、和希さんにプレゼントを渡しに行ったのっ、昨日。

 さすがに今日は、和希に会いたくない。

(何て言ってるバアイか……)

 バアイじゃない。

 美保の家の敷地内に単車を停めて、思い足取りでスタジオに向かって歩き出す。顔なじみの守衛さんが笑顔で頭を下げてくれた。返した笑顔は、多分引きつった元気のないものだったと思う。

(はぁぁぁ)

 家を出る前に聞いた由梨亜ちゃんの弾んだ声が、まだ耳に残る。

 昨日二十七日に、和希の誕生日があった。

 二十二歳になるその日、和希はプレゼントと共に由梨亜ちゃんから気持ちを告げられた、はずだ。

 ――それでそのっ、あのっ、つ、つ、つ、付き合ってく、くれるって、あのっ……。

「はーああああーあーあーああああ」

 俺の見解は全くもって、間違っていなかったらしい。

 ――啓一郎さんのおかげ。啓一郎さん、ありがとう。

 俺はもう涙の海を渡ってここまで来た気分だよ。

 カレシ、カノジョ、かあ。コイビトドウシ、かあ。あーあ、あーーーーあぁぁぁ……。

 ……泣きてえ。

(あの和希がねえ……)

 由梨亜ちゃんのこと、好きだったんだな。

 あれだけもてまくって、そのくせ誰とも付き合わなかった和希が付き合うってことは。

 彼女に対してだけ、妙に不自然にそっけなくなってたのは多分そのせいだったんだろう。俺の見識眼の鋭さに喜ぶ気にもなれない。

 今日一日で、既に一体どれだけ落としまくったかわからないため息を改めて盛大に落としながら、俺はスタジオのドアに手をかけた。これで和希がでれーっとしてたら首絞める。

「はよー」

 ゾンビのようにどろーんっとスタジオ内に足を踏み入れると、既に中に居た和希が爽やかな笑顔を俺に向けた。

「あ、おはよ」

 全くいつもと何の変化もない。

「啓一郎さぁ、えっとこないだ言ってた四曲目……『KICK BACK!』入れようとか言ってたじゃん。あれ、二曲目に持ってきた方が良いんじゃないかな。で、五曲目の『夜明け前』を四曲目に持ってきて、代わりに……」

「……」

 少しは浮かれろよ。

(俺って勝手な奴……)

「おたんぞーびおべでどう」

 ほぼ濁音で占められた俺の呪い、じゃない、祝いの言葉に、和希が目を丸くして俺を見上げた。

「覚えてたの? ありがと」

 俺が覚えてたからあんたに由梨亜ちゃんがプレゼントあげられたでしょっ?

「いいえー。今度おたんぞーび飲みでもしませうねぇー」

「そうだね。さんきゅ。んでさ」

 そのまま俺は、でろーんとスタジオの地に果てた。

「でさ、聞いてよ。『FIRE』抜いて、『SUMMER SCENE』入れたらどうかなあって考えたんだけど」

「はあ」

「『FIRE』ってどうしてもリアレンジ必要になるでしょ? 五日にレコーディングやろうって言うんだからさ、ちょっと時間ないんじゃないかな」

「はあ」

「『SUMMER SCENE』だったら、リアレンジしても構わないけど、これはこのままでもイケるような気がするし。しない?」

「はあ」

 体の向きをごろんと変えて、床に頬杖をつく。半ば呆れたような俺の視線に気がつかず、和希は一生懸命しゃべってくれる。

 随分と夢中になっちゃってるご様子だ。そう思うと、何だか腐っていた気分が少し和んだ。可笑しい。

 昨日彼女が出来たばかりのくせしてな。完全に頭の中身は、ロードランナーのワンショットかよ。子供みたいなところ、あるんだよな。

「本音言うと、もう少し時間に余裕をもらえたら、繋ぎの短いインストとかも作ってみたいとこなんだけ……おいっ」

「のわおっ」

 譜面を散らばして一生懸命俺に説明をしてくれる和希をついつい微笑ましく黙って見ていると、突然蹴りが飛んできた。間一髪、奇怪な生き物のような動きでそれを避け、そのままごろごろと転がって体を起こす。和希の視線が、恨めしげに俺に絡みついた。

「聞いてんの」

「三分の一くらい」

 あとの三分の二はドコへ?とぼやく和希のそばに腰を下ろす。仕方がない。真面目に話を聞いてあげよう。

「んで? 『FIRE』、却下?」

「じゃないかなあ。どう思う?」

「武人イチオシなのに」

「そうだけどさ、これ、このままは記録出来ないでしょ」

「そう?」

「俺は嫌。荒過ぎる」

 真剣大マジぶっこいて譜面に目線を落としている和希の整った横顔を見ながら、ふと、なつみの顔が脳裏を過ぎった。

 そう言えば和希……なつみのこと、どうするんだろう。

 そりゃあなつみは別に和希の彼女なわけじゃないし、どうするもこうするも筋合いじゃないんだろうが、気持ちの問題としては『彼女ヅラ』をしてたのは確かなんだ。

 このまま放置プレイってのは、部外者の俺でさえどうかと思いもするものの、告るとかそういうタイミングでもなきゃ言いにくいだろうのも確か。

 加えて言えば、和希は到底余計なことをべらべら言うようなタイプじゃない。更に、由梨亜ちゃんから直接聞いて知っている俺だって「本当に付き合い始めたのか?」と疑問を抱きたくなるような態度。そりゃまあ由梨亜ちゃんがいる場ではまたどういう態度になるもんなのかわからないけど……想像がつくような気もする。自然の成り行きでは気がつかない可能性も大。

 だとしても、高校時代に既に一度和希に振られているなつみが改めて告るとは思えないし、となればわざわざ口にする状況ってのは用意されないわけで。

 どーすんだろ、ホント。

「今日、由梨亜ちゃんと美冴ちゃんって来るのかな」

 小さな小屋の中にあるスタジオには、廊下に面して二重構造の窓がある。そちらへ目を向けながら、俺は何気なく呟いた。

 夏休みももう残り僅かだもんな。

 顔を伏せたまま和希が「さあ」と答えるのが聞こえる。そのあっさりした返事にふと顔を上げると、耳まで赤……ある意味わかりやすい奴。

「ふうん」

 思わずカッチーンと来て、そのムカツキに忠実に蹴りを飛ばす。油断していたらしく思い切り正面から受けて、和希は素直に床にごろんと転がった。

「何すんだよッ」

 赤くなったまま体を半分起こして怒鳴る。

「……べっつにぃ」

「あのなあ」

 ……本当はさ。

 本当は、俺がそばにいてあげたかったよ。

 誰よりも大切にするのに。だけど、君の気持ちが俺にないんじゃ、最初から話にならないもんな。

 和希だったら、良い奴だから……。

「ほらほら野沢センパイ、選曲しなおすんでしょ? 何がどうだって?」

 切なさに詰まりそうな胸を押し殺し、俺は無理矢理笑顔を作り上げた。感情を飲み込むのは苦手だけど、この件に関しては俺、凄く頑張れてると思う。

 俺の気持ちが誰かに気づかれたって、良いことなんて何一つありやしないんだから。

「あ、だからね……」

「おはよー」

 さらさら揺れる和希の頭を眺めてため息をついたとこで、一矢と武人がお揃いで入ってきた。この敷地に住む美保が一番遅いのはいつものことだ。

「はよー……おおおお?」

 顔を上げて挨拶を返した瞬間、二人の後ろから疾風のように現れて俺にタックルをかけてきた人物に、思わず後半が悲鳴に変わる。

「なんだー来てたら言ってくれたら良いのにー」

 美姫だ。

「お姫様……俺、いつも来てます……」

 タックルくらったそのまま美姫ごと、ゴンと床に押し倒されて伸びたままぼやく。頭の上で和希が笑った。

「溺愛」

「こんな痛い愛はいらん」

 早く彼氏作りなさい。

「重いからどいて」

「二人の間に距離はいらないと思うのッ」

 常識範囲で必要だと思います。

 張り付いている美姫を半ば蹴りはがして体を起こす。

「良くもまあアナタもいつもいつも飽きないねえ」

 俺、テンション低いの、今日。

 立てた片膝に肘をついて髪に手を突っ込みながらぼやくと、美姫が機嫌良さそうに笑った。

「飽きないよー。彼氏出来ても啓一郎さんを一番にしてあげるからね」

 いらない。

「俺に彼女が出来たら?」

「うー……一番下にする」

 どんなよ? それ。

 動くオモチャみたいな美姫の頭をぽんぽんと撫でていると、その姉御である美保がようやく顔を出した。

「じゃあ始めましょーかー」

 俺のそばに一矢がしゃがみこむ。

 選曲はこないだ話してほぼ決めているので、和希があれ以降考えた先ほどの改変案を話し、必要があればアレンジ作業をする。それが今日の予定。

 ……集中するのは、それほど困難なことじゃ、なかった。

 集中出来ることがあれば、恋愛の痛みなんかきっとすぐ忘れる。

 ちゃんとCDを作るのなんか、初めてなんだから……。


          ◆ ◇ ◆


「ばあーっかねー。つっくづくとお馬鹿さんぶりに涙が出るわ。お人良しも大概にしないと、惨めよ」

 と言う実も葢も鍋さえもない評価をびしりと下して下さったのは、某あゆな嬢である、もちろん。

 他に誰がこんな神も仏もない無情なこと言うもんか……。

「だからどうしてアナタと言う人は、容赦のカケラもないの?」

「容赦して欲しかったら言う相手間違えてんじゃないの」

 わざわざ人の家まで押し掛けて来て無理矢理聞いたのはあーたでしょーが。俺が積極的に打ち明け話をしたかのよーに言わんでいただきたいんだが。

「しょーがないじゃん。別に最初から望みがあると思ったわけじゃ、ないし」

「まあねえ。やらせオーディションだもんねえ」

 そーいう表現されると傷ついたりもするんですけどねえ……。

 ため息をついて、黙殺。

 何を思ったかあゆなが作ってくれたカレーにスプーンを差し込んで、一掬い口に運ぶ。

 スタジオに八時過ぎ頃までいて、俺が帰宅したのを見計らったかのようにあゆなが電話をかけてきたのが、九時頃。

 俺が電話で何気なく、最近酒の飲み過ぎなことと、あまり食欲がない旨を告げると「夏はカレーよ」といやにはっきり言い切って、怒涛のごとく来襲し、そして今に至る。……いや、ありがたいんだけども。これがまた美味かったりするし。

「いーじゃない。失恋もひとつの糧として良い音楽作りなさいよ」

 実にさらりとおっしゃって、あゆなは自作のカレーを満足そうに口に運んだ。ちなみにサラダなどと言う豪華なオプションはない。

「簡単に言いますけどね……」

「そりゃそうよ。わたしがやるんじゃないもの」

 この、どこまでも女王様な女は何とかなんないものだろうか。

「この人の彼氏になる人ってどんだけ寛容なんだろ……」

 思わずぼそりと呟くと、あゆなはじろりと俺を睨んだ。

「わざわざ夕食作ってあげたありがたい人に言うセリフなの? それは」

「ありがたくいただいてます」

 しかしこういうことは本来、彼氏とかそういう人にやってあげるべきことではなかろーか。いないんだろうから、しようもないだろうが。

 テンションが奈落の底なので黙々と食べ始めた俺に、あゆながため息をついた。

「辛気臭いわね」

 反論の余地がない。そして、それを払拭してみせようという気力もない。

 ノーコメントで黙々とスプーンを口に運んでいる俺にじっと視線を注いでいたあゆなは、やがて諦めたように吐息をついた。自分もスプーンを取り上げたところで、家電の呼び出し音が鳴り響く。

 珍しいな。最近は専ら携帯電話ばかりだから、家の電話が鳴ることは滅多にない。

「はい」

 カレーを飲み下してから受話器を外すと、一瞬の沈黙の後、遠慮がちな声が流れた。

「あ、成瀬ですけど」

「ああ……ひさしぶり」

 軽く目を瞬く。それから半ば無意識に「いつぶりだっけ」と考えた。

 二年前まで付き合っていた彼女だ。成瀬南斗とは高校三年間同じクラスで、一矢が中退した後――夏休み頃から、卒業した夏まで付き合っていた。遠距離になって自然と関係は消滅してしまったけれど、時折思い出したように電話がかかってくる。別に何を話すわけじゃないんだが。近況報告くらいで。

「今、大丈夫?」

「うん。元気?」

「元気。何してた?」

 前の電話は、半年くらい前だったかな。多分。

 別れてからは俺から電話するようなことはなかったから、南斗からかかってきたのが最後だ。失恋直後のせいか、妙にその声が心にしみて感じる。

「メシ食ってた」

「あ、ごめんね。食べたら? また今度電話するから」

 ……何ヵ月後の話ですか?

「いいよ。少しくらい平気。南斗、仕事順調?」

「うん。後輩が入って来たよ。でも後輩って言ってもわたしより年上だったりするから、どうして良いのか時々わかんなくなっちゃうけど」

 高校の時は男勝りで強気な彼女だったけど、社会人生活に少しずつ慣れ始めているのか、どこかしら大人びたため息に聞こえた。美人と言って差し支えのなかった彼女の顔を思い浮かべながら、小さく笑う。

「そか。頑張れよ、先輩」

「橋谷くんは、元気? バンドは頑張ってるの?」

「うん。なんとか」

「神田一矢なんかも元気?」

「うん。あいつは相変わらず」

 俺とクラスメートだったと言うことは、もちろん一矢ともクラスメートだった。なぜか南斗は、一矢をフルネームで呼び捨てにしている。

「相変わらず? ナンパばっかしてんだ」

 そうなんです。いえ、あの頃よりひどいんです。

 あゆなは黙々とカレーを食べ終え、マガジンラックから勝手に雑誌を抜き出してページを繰っている。

「まあ、あいつも今は彼女いないし、好きにすればいーんだけどさ。そう言えば南斗、彼氏は?」

 俺と別れて二年。

 南斗は美人の多い城西高の準ミスになったくらいだから、そろそろいたっておかしくない。

 そう思って聞いてみると、南斗は、ん……と小さく頷いた。

「最近、付き合い始めたよ」

 なぬ。

 微かに胸の奥に湧いた嫉妬に似た感情は、要するにただの独占欲だ。自分の元カノに新しい彼氏が出来るのは快適なものではない。と言って、別にをどうしたいわけじゃないわけで。

 ふうん。でもそーか。新しく彼氏、出来たんだ。

 反面湧き上がる安堵は、やっぱり幸せでいて欲しいと言う気持ちもあるからだろう。

「良かったじゃん。会社の人?」

「うん。橋谷くんは」

 ……痛い問い返しだ。

「俺は相変わらず寂しく一人身やってます」

「そう? 好きなコくらいはいるんでしょ」

「……失恋直下って言って良い?」

「えー? ホントに」

「うん。和希の彼女になっちゃいました」

 ちらりと視界の隅であゆなが目を上げた。南斗は俺と仲が良かった和希のことも知っている。

「そうなの? じゃあ野沢先輩って、秋名先輩と付き合わなかったんだ、結局」

「うん」

「何か残念。お似合いだったのに」

「なつみが聞いたら喜ぶよ」

 いや、今の状況だと傷口に塩かもしれない。

「そっかー。でも、元気出してね。橋谷くんならきっと、すぐに可愛い彼女見付かるよ」

「だと良いですけどねえ……。彼氏持ちに言われても説得力ないですねー……」

 あははっと南斗は快活に笑った。元気そうで何よりだよ。

「あんまりゴハン中断させても悪いしね。そろそろ切るね」

「あ、うん」

「元気そうで良かった。……また、そのうち」

「うん。またな」

 受話器を置く。再びカレーに向き直ると、既に大分冷めていた。

「啓一郎の彼女になる人も気苦労が耐えないわね」

 雑誌に視線を落としたまま、あゆながぼそりと言う。思わずむせそうになりながら、さっきの俺のセリフに対する復讐か?と思った。

「……何で」

「自覚がないから尚更困っちゃうわねー」

「だから何」

「例の元カノでしょ。今の」

 ぱらりとページを捲る。冷めたカレーをせこせこと口に運びながら頷いた。

「例のって何」

「一年の頭くらいに付き合ってたでしょ」

「ああ。そうそう」

「元カノと連絡取り合ってる男なんか最悪だもんね」

 そんなこと言ったって……。

「かかってくるんだもん」

「彼女の立場からしたら知ったこっちゃないわよそんなの」

「……お前が彼女じゃないんだからいいじゃん」

「そうなんだけどね」

 ずばりと言い切った割に、俺の細々とした反論をさらりと受け入れてあゆなは雑誌をマガジンラックに戻した。テーブルに両肘をつく。

 それから、少し意味深な目付きで、俺を真っ直ぐ見つめた。

「一応、励ましに来たんだけど。わたし」

「……どのあたりが?」

 ようやく食べ終えて俺はあゆなを拝むように「ごちそーさまでした」と頭を下げ、カレー皿を片手に立ち上がる。あゆなの前に置かれたままの空の皿も一緒に流し台へと運ぶと、そんな俺にあゆなが苦笑をした。

「ああ、やるわよ」

「後片付けくらいやりますが」

「いいわよ。勝手に押しかけてきて作ったんだから。煙草でも吸ってていいわよ。許可するわ」

 だから俺の部屋なんですけど。どうしてあゆなに支配権を握られているんだろう。

「んじゃあお願いします。アリガトウ」

 ぺこりと頭を下げて、ありがたく言葉に甘えることにする。元の場所に腰を下ろすと、俺はテーブルに頬杖をついてあゆなの方を眺めた。

 俺の部屋はワンルームだけど、一応小さなキッチンスペースと言うものがある。あゆなは鼻歌を歌いながら洗い物をすると、残ったカレーをタッパーに入れて冷蔵庫にしまった。そこまで見届けてから、ようやく煙草を口にくわえる。







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