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心配と。不安と。

「んー」

 意識が眠りの狭間で揺蕩って、手近にあったもこもこの布団を手繰り寄せる。

 もうしばらくこの眠気に身を任せていたくて、私は枕の位置を戻して再び眠りの世界へと旅立とうとする。

 最近はずっと追われてたから、ほとんどゆっくりと眠れたことがない。ここまで気持ちよく休めるのはいつぶりだろうか。

「んー、えっ」

 私は布団を思いっきり蹴り上げて、上半身を起こす。

「いっ」

 その時、左足に鋭い痛みが走った。

 でも、私はここから早く逃げないと。あいつらに捕まったままでいるわけにはいかない。

 私は痛む左足をかばうようにしてベッドから立ち上がろうとする。

 すると、この部屋にある扉の向こう側から何やら足音が聞こえてきて、それはこちらに向かってだん

だんと近づいてくる。

 やばい、逃げなきゃ!

 でも、そんな私の葛藤むなしく、足音は私の部屋の前でぴたりと鳴りやんで、そのままゆっくりと扉が開けられていった。


***


 ガチャっと部屋へと続く扉を開けると、そこにはベッドから降り立っていずこへ行こうとしている少女の姿があった。

 昨日の暗闇の中ではわからなかったけれど、僕にぶつかっていった黒い影はどうやら女の子だったらしく、左足のふくらはぎのあたりを怪我していた。

 だからだろう。ベッドから立ち上がろうとした少女の表情が痛みによってゆがめられる。

 そんな少女に僕は慌てて声をかける。

「ちょ、こら。怪我してるんだから安静に、じっとしていないと」

 僕は持っていたお盆をベッドのわきのテーブルの上にのせて、そっと彼女をベッドにもう一度寝かしつける。

 そんな様子の僕に少女はぽかんとした表情を向ける

「おなかはすいてない? あったかい食べ物を持ってきたんだけど」

 そう言って僕はポタージュスープをテーブルから取り上げる。

 僕の問いにはどう答えようかと迷っている様子の少女だったけど、そんな様子は長くは続かなかった。

 ぐうぅぅ

「おなか減ったみたいだね」

 僕は少し微笑ましく思えてしまう。それが表情にも出てたみたいで、そんな様子に気付いた少女はボンっと音が鳴る勢いで顔を真っ赤に染めてしまう。

 しばらくは恥ずかしそうにしていた少女だったけれど、自身の空腹と、このスープのいい香りには抗いきれなかったみたいで、消え去ってしまいそうな小さな声ながらも、

「……いただきます」

 と返事をしてくれた。


 少女はなんだかんだで結構お腹がすいていたみたいで、スープのお代わりもしっかりと食べきった。

 僕は、空になった食器を片付けながら、少女に話を振ってみた。

「足の具合はどう?」

「……まだ痛みますけど、昨日よりはましになったと思います」

「そうか、それはよかった。昨日は家に帰ろうとしたら家の前でけがをした君が倒れていたからびっくりしたよ」

「助けていただいてありがとうございます。ということはあなたは、私が倒れていたところの前の家の人ということですか?」

「うん、そうだよ。あの道の先には僕の家くらいしかないし、何か僕に用事があったのかな?」

 僕はちらりと少女の様子をうかがってみる。

 少女は俯いて何事か考えている様子だったから、しばらく返事を待ってはみたけれど、少女はそのまま黙り込んでしまった。

 僕はお盆を以て部屋のドアを開ける。

「まあ、怪我してるんだし、治るまでは家にいるといいよ。他にどこか行き先があるのなら、そこまで僕送るけど」

「……ありがとうございます」

 少女は弱々しく僕に返答する。

 それを聞いた僕は、これは昼食も準備しないといけないなと思いをはせるのだった。



***


 結局この家の主人という彼に何も聞けなかったし、話せなかった。

 あの時私の前に立った人がこの人かどうか判断することができないし、無関係な人に自分のことをむやみやたらと話すわけにもいかない。もしも話してしまえば、この人にまで危害が及ぶ可能性があるから。

 どうやら、この家の人は私を追ってきていたあの連中とは違うみたいだけど。

 もしもあいつら側の人間だったら今頃は傷の手当てもされず、今頃独房の中で手足を縛られ、猿轡でも噛まされていただろうから。

 それにしても、さっきのスープはとてもおいしかった。

 まともな食事自体、ほとんど摂ることができていなかったし。逃げている間は、かっぴかぴに乾燥したパンとこちらもカチカチな干し肉だけだったから。

 それに、最近はずっと土の上とか、木の上とかで寝たりしていたから、体の調子がずっと悪かったけれど、久しぶりにふかふかのベッドでゆっくりできたからか、体の調子はいい。左足も昨日は必死で気づかなかったけど、思ったよりも傷が深かったようで、本当に手当てをしてもらっていなければ、危なかったかもしれない。

 でも、私がずっとこの家にいるわけにはいかない。きっとすぐに私を追って、敵がまたやってくるだろうから。

 私はベッドの中で、もこもこの布団にくるまりながら、そう決意を固めるのだった……ああ、やっぱ

りお布団気持ちいい……


***


「僕は少し出るから。怪我してるんだし、ここで大人しく、安静にね」

 そう僕は少女に告げると、僕は外に出た。

 図らずも今日は少女のおかげでやることが増えた。

 まずは、今日は仕事を休むことを、あの小うるさい秘書さんに伝えに行かなければならない。

 ん? というか僕は彼女に「怪我した少女を拾ったから今日仕事や済むわ」が通用するのだろうか。

 日頃僕はいろんな口実で仕事をさぼったりしているから、シオンにはそんなこと通用しないのではないか。冒険者ギルドがある大通りに出る直前に、僕はそのことに思い至った。

 いや、きょうのは本当に本当の事なのだから、決してシオンに嘘をつくわけじゃないし。それに「少女の世話をしないといけなくて、昨日は休んだ」って明日にでも伝えればよくないか。

 そう思い至った僕は、しかし、脳裏によぎるシオンの鬼のような形相に一気に全身が凍り付いて、諦めて冒険者ギルドへと向かった。

 それにいくつか不安なこともあるし。


「……ってなことがあったんだよ。だから、今もその少女を預かってるんだけど、ちょっと心配なこと

もあって、今日は僕は休もうかなと」

「……」

 シオンは僕の方をじっと見つめたまま、黙り込んでいる。僕の背中に冷や汗が一筋光る。

「いや、仕事をさぼるためじゃなくて。ほんとだから! 信じて!」

 シオンの目を見て、僕は両手を添えて瞳をウルウルさせてみる。

「……はぁ。まあそういうことなら仕方ないですね」

 僕は内心でガッツポーズ。

「ですが、今日しなかった仕事はまた後日まとめて行ってもらいますから覚悟していてくださいね」

 僕は内心で崩れ落ちた。

 さらっと死刑宣告を告げられた僕は打ちひしがれた内心をごまかすように話を続ける。

「それで、君にちょっと頼みたいことがあるんだ」

 その言葉を受けて、シオンが居住まいを少しただす。

「ちょっと調べ物をしてほしい。いや、調べ者とでもいった方がいいかな。帝国でちょっと前に聖女がいなくなったって話があったと思うんだけど、それについて当時の状況と経過、現在の状況について調べてほしい」

 シオンの視線が鋭くなる。

「それはその少女と?」

 僕は首を振る。

「まだはっきりしたことは言えない。ただはっきりしてるのは、少女が何者かに追われていて、そいつらは手段を選ばないということだけだ」

 僕は視線を窓の外に向ける。今日もいつもと同じように活気に満ちた通りの様子がこちらにまで伝わってくる。

 だけど、その活気の中にはちらちらと異質な雰囲気を交えて通りを流れていく人間も見受けられる。

 今だって、このギルドの入り口部分では、深く土気色のローブをかぶり、面を伏せている見覚えのない人間が一人いるようだ。

「昨日の奴らは捕らえることは出来たけど、奥歯に毒を仕込んでいたようで、少し目を離したすきにやられた。これは完全に僕のミスだ。うかつだった。僕が見たところ、彼らの体からは特筆してわかることはなかったけれど、ただ一つ、神聖教会の紋章が胸のあたりに彫られていた。そいつらの亡骸はギルドの裏監房にっまとめて放り込んである。もしかしたら僕が見落としている点があるかもしれないから、そちらも確認しておいてくれ」

 僕の優秀な秘書は一つうなずきを返してくる。

「了解しました」

「僕は少女の保護に戻るから、後は頼んだ。何かあったら報告を」

 そう言って僕は執務室を出た。


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