1 辺境の中で
僕は仕事が嫌いだ。
仕事なんてものはただ僕にストレスという名の疲労感を与えてくるだけで、そこに達成感など感じない。
だから、僕の目の前にうず高く積まれた決裁書なんて、どこぞのドラゴンにでも燃やされてしまえばいいのに。そう、例えば僕の目の前でどんどん決裁書を積んでいく、頭の後ろで黒髪をキュッと結んで、いかにも仕事ができるようなパンツスーツと、見る人の聡明さを感じさせるクールな眼鏡をかけたこの悪魔さんとか。
「これ燃やしても……ダメ? ……ダメ…………」
こちらをきっと睨藻い付けることを答えとして、また僕の隣にたたずんでいる。
さっきからずっとそうだ。僕がやっと仕事が片付いたと、大きく体を伸ばして目をつぶって、それを開いたときには既に目の前には大量の認可待ちの書類。
「ねえ、これやってもやってもきりがないんだけど。どんだけあるのこれ?」
「昨日GMが仕事をさぼって街に遊びに行った間に積まれていったものと、それ以前にGMがさぼってやり切れていないものが、あとこの山五つ分ほどかと」
眼鏡クイッ。
今の仕草なんかちょっとイラっときた。
「シオン、そういえば君はさっきから書類を運んでくるばかりで仕事してないじゃないか。それならほ
ら目の前にこんなにたくさんの書類があるんだから手伝ってくれたっていいんじゃない?」
僕だってこれぐらいなら反撃は許されるはずだ。
「私は仕事はためずに計画的に終わらせるべきだと考えますので、やり残している分はないです。それに今はGMの仕事を監視するという大切な仕事がありますし。あとその決裁書は私では判断ができないものなので、一度GMに目を通してもらう必要があります」
…………うん! 何も言い返せないねっ!
僕は逃げ道を探すことをあきらめて、山頂から一枚の紙を手に取り、それに目を通していく。
「それにしてもさ、なんか最近仕事多くない? 僕そろそろ死んじゃうよ? 過労死って知ってる?」
「過労死? はて、何のことやら。機会があれば調べておきますね」
「この悪魔」
「(キッ)」
「(グギッ)」
あれ、どうしたんだろう、なんだか冷や汗が止まらないおかしいぞぉー。
「しかし、まあ仕事が最近多いというのは同感です。でも、来月に控えた収穫祭のことを考えると、それも致し方ないことかと」
「あれ? もうそんな時期だっけ?」
僕はふと、窓から見える雲よりも高く、だんだん橙色に色づいてきた、連綿と連なる大山脈に視線を
向けた。
ここ城塞都市カタリアはセントステラ王国の際東端に位置する、中規模都市だ。この街のさらに東側には震崖山脈と呼ばれる険しい山脈があり、これは神称大陸アメリアの際東端でもある。この山脈を越えた先には楽園があるとかそういう伝説があったりもするが、その真相はいまだ闇の中である。震崖山脈自体が強力なモンスターたちの巣窟となっており、さらには伝説の生物である神龍種の存在もうわさされている。実際、この山脈を越えようとして帰ってきた者は一人もいないのが現実だ。果たしてそれが伝説の楽園にたどり着いたからなのか、それとも強力な魔物によって道を閉ざされたからなのかは、旅に出た本人ぞ知る事実だ。
そのため、ここカタリアには震崖山脈から迷い出てきた高難易度モンスターがちょいちょい現れる。それに合わせるかのように、この地域周辺のモンスターも他の地域と比べて比較的強いため、他の都市よりも高レベル冒険者が、一攫千金で自分の人生を彩ろうと集まってきたりする。すると、必然的に町は栄えるし、いろんな人は集まるし、中にはあまり素行がよくない冒険者たちも集まってくる。
だからこそ、冒険者たちを束ねる冒険者ギルドと呼ばれる、世界中の冒険者たちを束ねる組織の支部がカタリアにあっても全くおかしなことはない。おかしなことはないのだ!
ここに僕が配属されたこと以外は。
「ああー、何で僕がここに配属されたのかなあ? もっとさ、ほら王都付近の年なんかだったらこんなに仕事で右往左往しなくてもさ、問題なんて起きないのに。ねえ何で⁉」
「それはギルド長に聞いてください」
「あのクソジジイ、自分の手に余るからってこんな場所押し付けやがって」
「ほら、ぐちぐち言ってないで手を、手を動かしてください。じゃないと今日は帰れませんよ」
「いーやーだー、帰って酒飲みに行きたい―」
そんなことを言って両手を振り回したところで大量の書類が消えてなくなることはない。
冒険者ギルドカタリア支部GMエネア・ブラッキー、二年目の秋のことだった。
***
どれくらいのペースで書くかわからないので、まったりよろしくお願いします。