心は伝わるという話
嬉しかった記憶です。
中学校2年生の時、 書道の時間があった。
僕は書道が得意ではなく、むしろ苦手だった。
家で宿題を書いていると母親が言った。
「書道で字を書くときは 、心を込めてゆっくりと書きなさい。
昔の武士のような気持ちで書くんですよ。」と。
母親は婦人自衛官であった。
僕が21の時に他界した時は佐官だったと記憶している。
母方の家は伊達藩に仕える学者の武士だったそうで、
樺太の家に住んでいた時には、鎧と刀があり、
終戦で鎧は手放し家族は刀で薪割りをしていたと聞いた。
話が脱線してしまった。
硯で時間をかけて墨をすり、 たっぷりと筆に墨をつけて、
心を鎮めてゆっくりと線を引いていくと、半紙の上に墨は横に滲みの広がりを見せていく。
書き上がったものをのりの代わりにご飯粒で貼り付けて持って行った。
学校へ持って行った時にはみんなにそれを笑われたが、
なんと書道担当の先生は 、
「〇〇の作品は素晴らしい。心がある。」
と大変褒めてくれた。
そしてそれを黒板に掲げて、
「どうしてこういう字を書くようになったのか?」
と尋ねた。
僕は母親に言われたその話を先生に説明した。
先生は感心したように頷きそれを続けるようにと勧めた。
この書道担当の先生は、書道の時間だけ教えに来ていて、
その道では有名な大家の人だと他の生徒たちが僕に話してくれた。
独特の雰囲気のある先生で、ゆっくりと悠然とした喋り方をして、
もしゃもしゃの長髪に痩せていて、まるでアニメに出てくるような人だった。
それからしばらくの間、 いつも書道の時間には僕の作品が教室の前に掲げられた。
ちょっとしたブームのようにその書き方を真似するのが流行した。
それも長くは続かなかった。
ある日、先生は転勤してしまった。後から書道の時間を担当したのは、
担任の国語の先生で、彼は僕の作品を一目見るなり、
「なんだこのヘタクソな字は。」と言った。
以来、近年まで字を書くことには自信がなかった。
それでも昔と比べて近年は丁寧に字を書くことを心がけていた。
するとある日、書類に記入する時に、 担当の人に褒められたのだ。
気持ちは伝わったのかもしれないと思う。
字は未だに下手なままだ。
それでも急ぐ必要のない時ならばなるべく丁寧に書こうと考えている。