幽霊船3
月光が降り注ぐ暗黒の海。
一隻の船が波をかき分けて進んでいた。
船の主は少し大き目の商談を済ませたばかりだ。
懐が温かいぶん、海賊に襲われるのがいつもよりも恐ろしい。
だから通常よりも警戒を強めていた。
それが功を奏した。
部下が海上の異変を早期に発見したのだ。
発見が早かったせいか、船長に報告する部下の声は落ち着いている。
「進路方向で火の手が上がっています」
「距離はどの程度だ」
駆け込んできた船乗りに状況を確認すると、それほどの問題ではないと判断した。
彼の仕事は、船の進路方向を僅かに変えるように命じるだけで充分であった。
だが、海上で火の手が上がっているのであれば、それは海賊による襲撃である事がほとんどだ。
事実、報告では船が接舷されており、真夜中に海賊船によって襲われたのが原因だと判断できた。
基本として、自分達のような商船が出来ることはないのだから見捨てるしかない。
それでも、確認をする必要がある。
この周辺を治める海軍に報告して、治安維持に貢献しなければならない。
放っておいた結果、明日の獲物が自分になるとも限らないのだから。
甲板へと出る。
船長は一本の筒──魔法を使った望遠鏡のような魔導具を手にして、話にあった船の方を見た。
報告通りだ。
暗がりでよくは見えないが、片方の船は派手に火が昇っている。
もうダメだろう。
あそこまでやる連中を相手にしたら、生き残りなどいるハズが無い。
徐々に船を離していく。
狩り終わったばかりなのだ。
あの海賊がすぐさまこちらを襲うなんていうことはないだろう。
それでも、船を派手に炎上させる海賊が相手なのだ。
あんな頭のおかしな連中に、目をつけられるわけにはいかない。
船長は少しでも早くこの海域を出るように指示を出した。
徐々に離れていく。
合わせて見える風景の角度が少しずつ変わっていき、ようやく気付いた。
おかしい。
いくらなんでも海賊船の損傷が酷過ぎる。
不自然な点に気付くと、さらに注意深く海賊船を確認することにした。
次の違和感。
それは人影が無い事であった。
炎上する船から誰も帰らないのはおかしい。
もしも全員が戻っているのなら、あれ程の炎上なら巻きこまれないように船ごと離れているハズだ。
嫌な予感が的中する。
地べたを這いずる無数の魔物が、炎上する船の上で動いていた。
炎がいっそう勢いを増す。
そして海賊船だと思っていた船が紅く照らされた。
全容がハッキリと見えた。
見えてしまった。
船の上に浮かんでいる事が不思議なほどに壊れている。
そして船の上。
蠢く影が存在する。
あれは────モンスターの群れだ。
「……強欲王の幽霊船」
お伽噺の類。
少し気の弱い新入りに聞かせて反応を楽しむ話の種。
そのハズだった。
今でも信じられない。
信じたくはない。
あれが強欲王の船だとすれば、狙われたら逃げることなど不可能。
お伽噺だ。
そうであって欲しい。
だが神に祈って何もせずに審判を待つほど信心深くはない。
「すぐに伝えろ! 全速前進! すぐにこの海域を離れるぞ!!」
間違いであればいい。
そうであって欲しい。
もしも間違いでなかったのなら、神よ。
どうか、ここから離れるまで気付かれませんように。
この日の夜は緊張のあまり眠れず、ようやく彼が睡魔に身を任せたのは港街に辿り着いてからであった。
それから数日後、港街である噂を聞いた。
ユーベル聖王国籍の船が連絡を絶った──と。