幽霊船2
リクレイン領。
それは、大昔に魔導事故が発生した土地。
この事故により、領の大半は荒野と化している。
故に作物を育てるのに適していない土地が大半。
だが問題は他にもある。
魔導事故の影響により、モンスターの発生率が高いのも問題だ。
しかし最大の問題は、アーシュの継母が作った借金だろう。
莫大な借金の大半は”呪いの金”によって返済された。
大きな商会を作り、今後の足場を作るというオマケ付きで。
それでも寂びれた領であることに変わりはない。
だが、この一年で飢える者は皆無となった。
あの、栄養価だけは高い青臭い寒天のおかげだ。
どのような環境であろうとも、土と太陽の光さえあれば育つ異常な生命力を有する草。
たった3日で枯れてしまうが、その草がつける赤い実は高い栄養価をほこる。
かなり青臭いが。
それでも栄養価だけは確かだ。
おかげで飢えによって命を落とす者は、アーシュが領主となってからは皆無となった。
リクレイン領に住む者達は、時代の移り変わりを感じている。
彼らは理解した。
幼い領主ではあるが、彼が与えてくれる物はあまりにも大きいと。
自分達に救いをもたらしてくれると。
リクレイン家に仕える騎士や兵も同様だ。
特に、この地に家族のいる者は変化を喜び忠誠心が高まっている。
だからこそ許せなかった。
主の正当なる決定に、否という彼らを。
リクレイン領にある港街ナルカト。
カモメが歌うこの街の一画が、普段とは違う喧噪に包まれていた。
「これはリクレイン領主、アーシュ様の指示だ」
「従う義務はありません」
港にて、2つの集団がぶつかりあっていた。
一方はリクレイン領の騎士や兵の集まり。
もう一方は豪華な服を着た司祭たち。
「港を使うのであれば、領主が指示に従うのが国の法で決められている」
「こちらをご覧ください」
差し出されたのは、丸められた羊皮紙の書状。
開いてみると、信じられない内容が書かれていた。
「こんな事があるハズないだろ!」
「いいえ。この港の貿易権を持つルレンツ子爵からの書状です。法に照らし合わせても問題はないとお墨付きを頂いておりますよ」
書かれている内容は、あり得ないものだった。
ここはリクレイン領であるにもかかわらず、貿易の許可を出しているのはルレンツ子爵。
更に船内の捜索は一切が禁止される旨も書かれている。
ありえない。
だが羊皮紙に書かれた内容を見て、なぜこのような事がまかり通っているのか理解できた。
リクレイン領主アーシュの継母。
あの女が売り払った権利の一つだ。
不当が歪められた法により保護される。
やがて領内において、望む者は権利を買い合法的に犯罪を行えるようにする。
そう。
これはアーシュ達が危惧した、犯罪領となる兆候だ。
「だが貿易権は一隻につき一つのはず。貿易権を買ったとはいえ「黙りなさい!」」
「言ったはずですよ。法に照らし合わせても問題はないと。これ以上は王国法で定められた正当な権利の侵害に他なりません」
ここまで声を張り上げていたが、ようやく気分が落ち着いたのだろうか。
勝ち誇った顔で言葉を繋いだ。
「さすがに子どもが領主をするだけあって、リクレイン領の兵士は法律も理解できないようですねえ」
「貴様!」
「そこまで」
騎士が司祭に食ってかかろうとしたとき、少年の声がそれを止めた。
「アーシュ様」
「お疲れ様……さて」
頭を下げようとする騎士を止めると、貴族然とした挨拶を司祭に行った。
「お初にお目にかかります。私はこの領を暫定的に収めておりますアーシュ・リクレインと申します。猊下におかれましては……」
「口上など結構です。時間の無駄ですから、その者らをどけなさい」
領主に対する物ではない。
明らかに見下されている。
だがアーシュは顔色一つ変えることはない。
その事が気にいらなかったのか、司祭はさらに無礼を重ねた。
「どのような理由であれ、神の徒である私どもを手間取らせたのです。謝罪をするのが礼儀というものですよ」
リクレインの兵たちが剣に手を掛けようとする。
だが、アーシュと共に来た大柄な白髪の男がそれを止めた。
堪えるしかない。
主が耐えているのに、自分が怒るわけにはいかないのだ。
理解はした。
これが忠義に繋がるという事を理解できる知恵もある。
それでも剣の横に除けた彼の手を、強く握り込まざる得なかった。
「帰るよ」
「待ちなさい! 無礼を働けばユーベル聖王国との取り引きは出来なくなりますよ」
脅しに振り返ることはない。
兵たちもまた、不安げにしながらも彼と共に戻っていく。
その様子を見る司祭は、怒りで強く拳を握り込んでいる。
こんなこと、行っていいことではない。
自分は大国たるユーベル聖王国の司祭であり、リクレイン領との貿易について一切を取り仕切っているのだ。
リクレイン領にやってくるユーベル聖王国の船は、大量の食料を得るのに必要となる。
それが無くなれば、食糧難にならざるえない。
他の領から買うにしても、値段を吹っ掛けられるのは目に見えているのだ。
あれは、それすら知らない子ども。
怒りの帰結点を見つけると、司祭の怒りは僅かながら落ち着いた。
「フン。やはりリクレイン領、礼儀の一つもまともに出来ていないとは」
司祭の心は決まっていた。
リクレイン領におろす食料の値段を調整すると。
あの少女? いや少年だったか。
泣いて許しを乞わせた後で、相応の代償を支払わせればいい。
そのように歪んだ欲望を胸に、本国への報告書の内容を考えていた。
だが彼の用意した報告書は無駄となる。
故国にソレが届けられる事は永遠にないのだから。