叙任式
ブレヒド公爵家。
現王の兄テオドールが当主を務めている。
建国に関わった、ブレヒドの名を蘇らせる形で公爵となった。
この国では貴族とて、長子が家名を継ぐのが一般的だ。
当然、王家もこれに当てはまる。
では、なぜテオドールが王にならなかったのか?
理由は単純だ。
この国は腐敗しきっており、王家も人形と化している。
その役目があるとすれば、儀式の摂り行いや敗戦時に首を捧げる程度。
王など惨めな傀儡に過ぎない。
故にテオドールは弟に王の役目を押し付け、己の益をとることにした。
またブレヒドの名を蘇らせたのにも理由がある。
実権は失われているが、未だに王家には敗戦時に首を捧げるという役目が残っている。
敗戦時に王家との縁が失っているとし、己の首を守ろうという目論んだのだ。
このような事を考える人物なのだ。
傀儡とはいえ、王にしたがる貴族などいるはずもない。
故に彼が公爵となることに、異議を唱えられる事もなかった。
だが条件が一つだけ出される。
それはある女性と結婚すること。
相手の名は、ローレリア・ルセ。
ルセ侯爵家の令嬢であり、またブレヒドの血を僅かに継いでいた。
2人の間に愛情は無い。
貴族の役割として子を成したが、テオドールは愛人のもとに入り浸る毎日を送っていた。
そのような生活が10年近く続いたある日。
ローレリア・ブレヒドと娘の葬儀が行われると発表される。
テオドールは王族。
今や人形でしかないとはいえ王とは国の頂点。
その血縁者なのだ。
妻や娘もまた王家に連なる物として扱われ、葬儀は王都で行われる事となる。
大がかりな葬儀の最中。
テオドールを見て眉をひそめる者も多かった。
愛人と笑いながら話していたのだ。
その様子を見て、情報収集に余念のない者は理解した。
妻と娘は殺されたのだと。
不自然なほど早く遺体は埋められたことで、彼らの予測を確信へと変えた。
やがて葬儀が終わると、妻の持っていたペンダントが王城へと運ばれた。
王族の習わしだ。
成人した王族には、身分を証明するペンダントを贈られる。
結婚して王族となった者も同様だ。
これは楽園よりもたらされた、現在では再現不可能の魔導具を使って作られるペンダント。
持ち主が死を迎えると、その情報が刻み込まれる。
このペンダントを贈る目的は、王族の死を確実に確認するためだ。
薄暗い王城の地下。
神官風の男が、メダルの形をしたペンダントを装置に嵌める。
すると宙空に不可思議な文字が浮かび上がった。
「ローレリア・ブレヒト様のペンダントであると確認が取れました」
文字を確認すると、ペンダントを装置からはずしてテオドールへと返す。
葬儀の最中に、愛人と共に笑っているような男だ。
彼が口元の笑みを隠す事は無かった。
*
ブレヒド公爵家の葬儀が終わり3ヶ月後。
一人の少年が王城を訪れていた。
彼は8歳で継母とその息子を殺害。
後に2人の死を気狂いと発表した。
少年の名はアーシュ・リクレイン。
彼が8歳で継母を殺害したのには理由がある。
法によって定められているからだ。
特例ではあるが、9歳を迎えれば親の爵位と領土を継げると。
この法があるため、あの愚かな継母は自分を殺害する可能性があった。
故に殺害を決定した。
*
荘厳な城。
ヴァールナ王国の中心とも言える場所。
長い歴史こそあるが、今や形だけの存在。
腐敗が続き、王の権力は失われた。
国王は形骸化された権力の象徴。
貴族達の傀儡に過ぎない。
王を人形とするのなら、この光景は人形劇と言ったところか。
白を基調に黄金の装飾が施された壁。
赤い絨毯がどこまでも伸び、天井から吊らされたシャンデリアと窓から指し込む光が照らす。
傀儡の王を前に跪くのは、名ばかりの伯爵家を継ぐ少年。
銀色の髪と紫色の瞳という神秘的な色合いと完璧とすら評せる容姿。
彼の美しさが、この場をいっそう現実から離れた人形劇のようだと錯覚させている。
「アーシュ・リクレインよ」
響く威厳の籠った声のなんとも虚しい事か。
敬意無き貴族に囲まれた受勲式など、滑稽な人形同士のごっこ遊びに過ぎない。
「はっ」
声変わりを迎えていない幼い声が響く。
人形劇の中で、彼は特別な光を持っていた。
それは未来を信じて疑わぬ純粋さか、正式な貴族となる誇りか。
もしくは誰もが目を見張る、彼の美しさによる錯覚か。
「我ルーゼット・ラグレリス・ヴァールナの名において、お前に伯爵の名乗りを許しリクレイン領の統治を命ずる」
止められたはずだ。
彼に見たのが、凶星の光であると気付けたのなら。
地位を与えてはいけなかった。
彼がこれまで以上の影響力を持ってしまう。
凶星の輝きがこれまでよりも広く、かつ色濃く世界を照らしてしまう。
しかしそれは誰も知らない未来。
だからこそ彼らは、次に述べたアーシュの宣誓に失笑を向ける事ができた。
「我が身は盾、我が命は剣。我が運命はヴァールナにあり。身命を賭して尽くすことを誓います」
領主の役目を拝命したときに述べる言葉には、いくつものパターンがある。
平穏を約束する宣誓、国を富ませることを約束する宣誓、王家に尽くすことを約束する宣誓。
そしてアーシュが口にしたのは──戦争の多い土地を平定する宣誓。
この宣誓をするのは、小競り合いの多い辺境に関わる者か騎士程度だ。
少なくとも一般的な伯爵位の者が口にする言葉ではない。
だが、この場にいる誰もが気付けなかった。
彼の宣誓が誰に向けた物なのかを。
気付けたとしても、この幼い少年が相手では歯牙にもかけなかっただろうが。
それでも彼らは気付くべきだった。
彼の紫色の瞳が何を見ているのかを。
「うむ。汝の行いを持って覚悟を示すが良い」
「はっ」
彼は宣誓したのだ。
この場にいる敵を葬り去ることを。