幽霊船
第2部は第1部よりも外道成分少なめとなっておりますm(_ _ )m
風が、潮の香りを楽しむ間もなく吹き去っていく。
人の手が届かぬ遥か空の先にまで。
気紛れに旅をする風は気付いているのだろうか?
熟練の船乗りが眺めている事に。
「ちっ、嵐が来るか」
乗っているのは、嵐にも負けぬ大きな船だ。
最新の魔導技術を用いており、海上の怪物とすら評せる性能すら持っている。
だが自然の猛威を前にすれば、油断をすることは出来ない。
これ程の船を持ってしても、肉食獣の群れを前にした子羊に過ぎないのだから。
嵐を制することが出来るとすれば──そう、伝説にある楽園の船か。
伝説の帆も無く進む船を前にすれば、城をも飲み込む波すら脅威とならなかったとされる。
なぜ、こんな作り話を思い出したのだろうか?
船乗りは、それが勘であるとも気付かず船員に指示を出し始めた。
やはり嵐が来た。
海から蒼さが消える。
代わりにあるのは、冥府へ続くトンネルのような黒。
海面は何処までも死の色に染まっている。
早めに準備をしたおかげで、嵐の直撃を免れることはできた。
しかし海の荒れはこの海域にも届いている。
仕入れた商品が壊れる前に故郷へと帰りたい。
だが相手は自然だ。
打つ手など無い。
大人しく船に揺られ、嵐が過ぎ去るのを待つことにした。
眠気を覚まそうと、少しきつめの酒を口に運ぶ。
マズイ酒だ。
それでも海上では、最上級の贅沢品。
口から喉へ、喉から胃へとアルコールの焼ける感じを楽しむ。
夜が過ぎていく。
嵐の直撃は避けたられたが油断は出来ない。
おかげで今夜は、いつもよりも長い時間を起きたまま過ごさなければならない。
その対価が先程飲んだマズイ酒なのだが、明らかに割に合っていない。
だが雇われの身で文句は言えない。
何よりも船が沈めが自分の命が無いのだ。
素直に起きているしかない。
それにしても椅子に座っているだけで眠くなってくるものだ。
眠気を覚ますためにも体を動かそうと、立ち上がったときであった。
「騒がしいな」
船に嵐とは違う音が響いている。
音が集まっているのは甲板のようだ。
なにかヤバイことがあったのか?
「起きろ! 武器を持って甲板に出るんだ!!」
部下に檄を飛ばし廊下へと出る。
踏み抜くような激しい足音が、木製の廊下に響いていた。
同僚が走っていく方へと自分も向かう。
──あれはなんだ。
甲板へと出ると、彼は呆然とした。
鈍重な雨雲に隠された星の一つも見えない空と、パラパラと降る雨。
これらは避けた嵐の影響だろう。
彼を呆然とさせたのは、そんな当たり前の物ではない。
ありえない物がコチラに向かってきている。
巨大な船だ。
しかし、あの船は生きていない。
全部で5本あったハズのマスト。
3本が折れて残ってはいるのは2本。
残ったマストの帆は、いずれもボロキレと化しており使い物にならない。
さらに船のあちこちに穴が空いているのだ。
あの船は生きていない。
船として動くために必要な部分が、全て朽ちてしまっている。
だが動いている。
死んでいるのに、生きているのだ。
これではまるで──。
「武器を構えろ!」
叫んだのは船長か、それとも別の人物か。
誰も理解が追い付か無いうちに、指示された通りに武器を取っていた。
本能が警告していたのだ。
船乗りの間には、帆も無く動く船についての噂話がある。
曰く、戦争で船ごと沈められた軍隊が冥府から彷徨い出た。
曰く、亡国の姫とその一行が海上で病により死に助けを求めている。
曰く、強欲王の命を受けた船が未だに人間の船を狩り続けている。
軍隊の船なら闘うしかない。
船のスピードが速く、逃げることは難しいとのことだ。
だが武器をとって闘えば、武勇を称賛し全滅する前に見逃されるとされている。
亡国の姫の船なら逃げるしかない。
姫の船に近づけば病をうつされ、船員は死に絶えるとされている。
だが船のスピードは遅く、判断が遅れなければ逃げられとされていた。
最悪なのが強欲王の船だ。
闘えば無数の強力な魔物に喰い殺される。
逃げようとしても、船の性能が違いすぎて確実に追いつかれて殺される。
出会いの先にあるのは絶望しかない。
「なんだありゃあ……」
槍を手にした男が震えている。
船の詳細が目視できる距離に来たとき、見えてしまったのだ。
「なんて数のモンスターだ……」
無数の影が幽霊船の甲板で蠢いている。
まるで一つの生物であるかのように。
「なんでこんなのが……」
それは物語から抜け出した悪夢。
月明かりを隠す暗雲が、船乗りの未来を象徴しているかのようであった。