不機嫌なザギル
変なガキだと思った。
よく見りゃ整ってるくせに、第一印象がやたら薄い顔。
切れ長の一重にガラス玉みたいな目がはまってて、視線一つ彷徨わせずにじっと見つめてきやがる。
ふてぶてしそうな素振りで鎖を外すよう要求してるが、好戦的でもなけりゃ怯えてもいない。―――諦めてもいやがらねぇ。
肝の太いガキはいくらでもいる。死にたくねぇと修羅場くぐってりゃ自然とそうなってくもんだ。そんなガキもやっぱり表情の見えない獣の目をしてるもんだが、こいつはそれとも少し違う。
俺なら指二本でへし折れそうな細っせぇ首が、力が入っているわけでもないのにすらりと真っすぐ伸びている。
攫う対象が勇者だと聞いたのは、古代遺跡に入り込んだ後だった。しかもガキで勇者付の騎士団には氷壁までいやがる。わかってりゃ逃げてた。
仕事を選ぶなんてできやしねぇ。呼び出されて会っちまったらもうそれは確定だ。やりたくなきゃ呼び出される前に逃げて、他のやつが呼び出されるのを隠れて待つしかない。そのためにいつだって情報網ははっていたのに、今回は全く予兆が見えなかったのが運の尽きだった。
◆◆◆
「あ、ザギルさん、カズハさんがカップケーキ差し入れてくれたんです。いかがですか?」
研究所の獣人、クラルが言う。
「お。ザギル、チョコあんぞチョコ。食うか?」
ドワーフ系の騎士、リトが言う。
「ザギル、まだ昼できてねぇからそこの果物くっとけ」
何が混ざってんのかよくわかんねぇ料理長が言う。
……なんでこの城のやつらは人の顔見れば何か食わせようとしやがるんだ?
しかも俺ァ、この城で大事に大事にされている勇者をかっさらった奴らの仲間だったんだぞ。当の本人はなんでかちょろちょろと使用人みてぇにメシつくったりしてるが。
護衛されてる自覚があるのかないのか、あの女ちっともじっとしている瞬間がねぇ。ただの護衛かと思いきや、少し目を離せば魔力切れでもケロっと動き回ってぶっ倒れるから、魔力管理まで仕事に加わった。
でかいことはでかいが、この城の範囲くらいならあいつの気配と居場所はわかる。隙をみて日課の巡回をする。気配を消したり、常にあいつの魔力量を見張ってればこっちの魔力も削れまくるから腹も減る。から、まあ、くいもんはもらうけどもよ。
城の壁伝いに周辺巡回してから、そろそろあいつんとこいくかと廊下に戻って歩いてたら、ピアノの音が聞こえてきた。音楽なんてお貴族様たちの道楽だと思ってたが、小僧が弾いてんのは嫌いじゃねぇ。今も弾むような明るい音色が流れてきて……坊主の声も聞こえるな。歌ってるのか? 兄ちゃんが歌ってんのはたまに聞くが坊主も歌うのか。
はらぺこザギルがやってくるーおなかをすかせてやってくるー
ざーぎるはーぐーるめじゃないーなーんでーもぺろりー
「なんっじゃそりゃああああ! うるぁああ!」
「「うあああああああ!」」
両開きの扉を勢いよく叩き開けると、坊主と小僧が飛び上がってじわじわ後ずさりをはじめる。
「しょ、翔太君が教えてくれた」
「きったな! 礼君がザギルさんに替え歌したんじゃん!」
おうおう。しってんぞこの坊主、迂闊にもこの俺が罪悪感覚えるほど純真なツラして結構したたかなんだよなぁ。
「ほお? で?」
「ほら、えっと、あ、幸宏さんもすごいうけてて、みんな」
「あの笑い上戸の兄ちゃんならなんでもうけるだろうなぁ? で?」
みんなっつったか? あれか。どいつもこいつも人に餌付けしやがるのはこの歌か?
小僧、お前もうちょっとおとなしいやつかと思ったがな?
「えっと、ザギルもうたう?」
「うたうかあああ!」
「礼君!」
「はいっ!」
後ろ手に坊主が窓を大きく開け、小僧の手からするすると鉄鎖が伸び、それを坊主が掴んで小僧ごと窓の外へ放り投げる。同時に飛び出す坊主。お互い障壁を張り合い、グリーンボウみてぇに跳び渡って訓練場へと逃げていった。なんだあの連携! ふざけやが
「はらぺこザギルにたべられたーてあたりしーだいたべられたー、礼くん翔太君ーおやつの」
「……」
「……」
妙なステップ踏みながら部屋にはいってきたあいつは、一瞬硬直したあと、にっこりと口角をあげた。こいつ顔うっすいから最初は表情わかりにくかったが、慣れてみれば案外わかりやすい。そしてたまにこんな見事な作り笑いを繰り出しやがる。作り笑いだとわかってるのに虚を突かれるのがむっかつく。―――その笑顔のまま、ポケットにすっと手を入れて、
「よし! とってこい!」
「んあ!? おっ!?」
大暴投された何かをつい横っ飛びまでして受け取った瞬間、あいつは一息で俺の脇をすり抜け窓から飛びだしていった。は? と握った手の中をみると、緑のリボンがついたチョコの包みがあった。と、とってこいっつって投げたか? あいつ? 俺に?
訓練場の方から、けたたましい笑い声が三人分、いや増えてやがる何人いる!
はらぺこザギルがやってくるー
大きなお口をあけたままーこっちにおーいでー!
「くそがああ! てめぇらまとめて食い散らかすぞ! ぐるぁ!」
◆◆◆
気がついたら貧民窟でゴミ漁ってた。名前のないガキはいっぱいいて、俺もそんなガキだった。グループにはいりゃ不便だから名前をつけあうが、名前のないガキは大体すぐ死んでた。一人でふらついてりゃ誰も俺を呼ばねぇし、必要もない。
自分が見ている景色が人と違うらしいと気付くまではかなりかかった。他人はいつでもゆらりと色んな色のくすんだ煙のようなものをまとっていて、顔立ちの違いなんざわかりゃしない。どいつがどいつだかさっぱりわからなかったから誰かを呼んだりもしなかった。
そのうち魔力の制御を覚えて、それが他人の魔力で、制御すれば見えないようにもできることに気づいた。他人の区別がつくようになったから、かっぱらいじゃなく「仕事」もとれるようになった。ろくな仕事じゃないのは変わんねぇが、ゴミよりゃマシなもん食える。仕事するのに不便だから名前は自分でつけた。
そこそこ名が売れて、別に美味くはねぇけどすきっ腹で倒れそうになることもなくなった。三日くらい食わねぇでも平気っちゃあ平気だが。
この城に来てから、こんな美味いもん毎日食えるのかと思った。どこをうろついても美味いもんが食える。一番美味いもんは目の前でいつでもふらふら無防備に歩いてる。
―――生きてて今が一番食い物に困らない生活なのに、なぜか妙に腹が減ってイラつく。
◆◆◆
あんま厨房で突っ立ってっと、他の奴らの邪魔になるってんで、料理中は気配消して見張ってる。
蓋した大鍋を五つ竈にかけて、うん、と頷くと次々火をいれていく。前は火つけるのが苦手だったらしいが、今はそこそこ扱えている。というか、よくあの不安定な魔力でやってるとすら思う。
勇者たちの魔力はみんなそれぞれ色こそ違うが、煙のように顔を隠すことはない。色のついたガラスのように透明にやつらを覆っている。あいつの魔力は特に黒いはずなのに姿は誰よりもはっきりと見えて、ゆらゆらゆらゆら色合いを変えながら炎か水のように形や大きさを変えていく。
……随分と鍋に魔力突っ込んでるな。あいつは鼻歌混じりに芋の皮をむいているが、五つの鍋には同時に、均等にどんどん魔力が注がれている。何やってんだ……鍋には何の様子の変化もないのに魔力だけがつぎ込まれて行ってる。なんであんな大量の魔力を完璧に制御してんだ。味付け、か? いや魔力喰えるのは俺だけだ。そもそもなんで料理に魔力いる?
鼻歌に合わせてるのか、足でリズムをとりながら、今度は使い終わった別の鍋やら皿を洗い出してる。あの鍋と並行して水魔法を使うだ、と……?
それからもクリーム混ぜる風魔法やら、包丁に浄化魔法やら、こまねずみのようにちょろちょろ動き回って、いや―――身体能力あげる魔法までつかってやがる。なんでだよ! 重いもんならだれか使えや! この厨房の広さでそこまで速度あげて動く必要あんのかよ!
なのに鍋にかかる魔法は依然として安定している、と、リズムをとる足がとまった。鍋にかかっている魔力の強さは固定されたまま、次々と更に竈から別方向へ魔力をかけて降ろしていく。……なんで鍋にかかる魔力の扱いだけあんなに精密なんだ。意味わかんねぇ。
結局晩飯の支度だけで下限ギリギリまで使ってた。どんだけの料理なんだよあの鍋。
大したことなきゃ使用禁止にしてやる。見張ってるこっちが疲れるわ。
「和葉ちゃーん! 今日何作ったのー!」
「とろっとろのグレイバーソンシチュー! 圧力鍋したからね! ばっちり!」
……あつりょくなべ。赤茶色のスープに入っている肉はスプーンでほろりとほぐれた。
くそが! 美味いわ! なんだこれ! ほんっとむっかつくな!
◆◆◆
ヘスカは気色悪ぃ野郎だった。仕事で鉢合わせなきゃ会いやしねぇけど、もし会ったらぶち殺すくらい気にくわなかった。俺ァむかつくやつは殺すけど、あんないたぶり方しねぇしそれが楽しいとは思わねぇ。あいつはその『趣味』が買われてるやつだから、運悪く鉢合わせちまったら反吐が出そうなモノを見せつけられる。
仕事だから手は出さない。死ぬやつはいつでも死ぬ。そこら中で死んでんだから一つ死体が増えるだけだ。壊されていくヤツを憐れんだりもしねぇ。そんなんいつ俺がそっちに行くかわかったもんじぇねぇし。
なのに、表情の見えなかったあいつの目が、魔力は乱れて苦しさしかないだろう状態なのに、黒と瑠璃に煌々と輝いて、大粒の涙が何故か紫や碧の淡い光を瞳にかぶせていくのを見て。
妙な気分になった。
ヘスカは興がのっても削がれても、勢いあまって殺しちまうことがある。こいつは殺しちゃいけないはずなのに、多分その魔力にヘスカはすっかり煽られてた。
ヘスカに壊されちまえば死んだも同じだ。死んだほうが楽かもしんねぇ。むしろ今壊される前に殺してやれとも、壊されるくらいなら俺が喰ってもいいんじゃねぇかとも思った。
そんな妙な気分になったから防御が出遅れた。
たすけてと、母親を呼んで俺が抱えてる先に壊れた女へと手を伸ばしていたあいつの魔力が猛々しく燃え盛ったとき、やばいと思ったときにはもう遅かった。
◆◆◆
なんだって俺は魔力食いのことやら、魔乳石のことやらべらべらとしゃべってんだかわかんねぇ。もうずっとやることもなかった魔力喰わせてやるのまでやってやろうと思ったのかもわかんねぇ。
ああ、氷壁がすっげぇ面白くなさそうな顔をしてんのが面白かったってのはある。魔力喰わせてやったらまたあのツラすんだろうなと思った。
でもそれよりも、こいつはあれからずっとあの瞳の色を見せていなかった。普通魔力使えば瞳の色は変わるのに、こいつは何故か変わらない。あの時確かに変わっていたのに。あの時と同じに猛々しく魔力が荒れてる今ならもう一度見られるかもしれないと思った気もする。
魔乳石をかみ砕いて、俺が飲み込む直前に注いでやる。されるがままに、俺の舌を受け入れるだけだったのが、二度、三度、繰り返すたびに、少しずつ応えてきた。
朦朧としていってるはずだ。それはわかる。
けれど、唇はこじ開けるまでもなく開かれて、ぎこちないながらも舌を絡ませてくる。
ガキの顔して、吐息を甘くさせて、意識が一段遠ざかるごとに、瞳が揺れて、あの色になった。
こいつの魔乳石と同じ色と同じ光だ。黒と瑠璃に、ゆらゆらと紫や碧がのっては消えていく。
思わず飲ませる前に飲み込んじまったら、舌先を探ってから魔力がないと、潤んだあの目の色が訴えてくる。切なげにもっとよこせと強請っている。
もう一度石をかみ砕いてやれば、わずかに顎を持ち上げて迎えようとした。
兄ちゃんは、顔真っ赤にさせた小僧と姉ちゃんの頭掴んで、慌てて一緒に背中を向けている。
無表情を装ってる氷壁のツラは実に面白いし期待通りで痛快だ。そのはずだった。
痛快だったはずなのに面白くねぇ。なんでこいつらがこの目を、この顔をみてやがる。
◆◆◆
あいつと坊主が手を繋いで妙な踊りを踊りながら廊下ではしゃいでる。
ポケット叩くとビスケットが増えるとか歌いながら、ポケット叩いて割れたクッキーを坊主に見せては二人でげらげら笑ってる。
俺がいるのに気づいて、顔赤くさせたのがちょっと面白かったけど、なんか腹減った。
◆◆◆
あー、こりゃ死んだな、本当に運の尽きだった。
なんだってあんな化け物相手に逃げなかったのか。
俺一人なら多分逃げられたはずなのに。
魔獣の魔力は毒と同じだ。喰っても俺のもんにはならねぇどころか、くっそ不味くて魔力とは関係ない胃の中まで吐かずにいられなくなる。ついでに俺の魔力回復までおいつかなくさせる。
ザギル、ザギルと、繰り返し俺の名を呼ぶこいつの目が、あの色じゃないのにむかついた。
こいつの残りの魔力全部喰ってやったら助かるかもしんねぇけど、あの色じゃないのが気に入らなかった。
こいつは自分の魔力の残りがわかんねぇから、喰えと、何度も喰えと、人の気もしらねぇで誘いやがる。
一度喰ったら喰いつくしちまうほど腹減ってんだっつぅのに。
あげくに人を坊主みたいなガキ扱いだ。
何から何までむかつく。なんだって坊主ならともかく俺にまでなんでもかんでも与えようとしやがってんだ。
―――くそが。どんだけ喰っても腹が減る。
本編ブクマ100超えありがとうございます!
おかげさまで滾りまくりました。
ザギルの替え歌の元ネタは勿論カズハの入れ知恵です。
※追記
今気づきましたが、本編と歌の翻訳の設定違いますね!思いつきとノリで書いちゃいました。
後から歌の部分は直すかもですが、別編のお遊びってことで。
ガラガラヘビがやってくる byとんねるず