温かい地区の魚達
今回は魚達が少しだけ出てます…………
二種類だけ。
もう少し魚達を出せたらな、と思っています。
ごく普通の女子高生、奈緒は困っていた。
楽しい高校生活の中で奈緒が一番嫌いな時間。それは定期テストの時間。定期テストは不定期で行われる小テストとは違い、ある程度定期的に行われ今まで習ったことが出る。。そのため対策を立て、 しっかりと復習をすれば取れるはずのテストなのだが……
奈緒はその対策をしてはいた。普通なら毎日全ての教科をするのが一番いい。だが奈緒は自分が楽な教科からやったため一番苦手な数学が残っていたのだ。しかもテスト前の二日間をバイトに使ってしまっていた。
そして今は数学のテストの時間だ。目の前に立ちはだかる巨大な数学の壁。奈緒はその壁を乗り越えるためのはしごも、その壁を打ち壊すための道具すら持ち合わせていなかった。
数学は散々な結果に終わり赤点を覚悟した。今回はその赤点覚悟のテスト二日前の話である。
奈緒はバイトに向かうため準備をする…………夢を見ていた。夢の中では奈緒はバスが来る十分前にはバス停にいる。そして送れずのバスに乗れている予定だった。
「………ちゃん!…きろって!姉ちゃん!起きろってば!姉ちゃん!!」
「ふわぁ!!」
「姉ちゃん、今日早く起きなきゃいけねえんじゃなかったけ」
心優しい弟に起こされ、寝ぼけたまま目覚まし時計を見る。
「………やっばい!バイトに遅れる!」なんで起こしてくれなかった、目覚まし時計!!」
いや、彼も一度は奈緒を起こそうとしただろう。金属同士がぶつかり鳴り響く音。常人なら一発で起きる騒音だ。彼は指定された時間にその騒音を部屋中に響き渡らせた。彼はちゃんと指定された仕事はしたが、それ以上はしない。そう、彼に罪はないのだ。
奈緒は弟を部屋から追い出し着替える。水族館でのバイトだ。動きやすく、汚れても良いものがいいだろう。カーゴパンツと呼ばれる短めの動きやすいズボンを履き、上はTシャツの上からパーカーを重ねた。動きやすさ重視の軽装備。これでドラゴン討伐に行ったら一瞬で燃やし尽くされるだろう。しかし、相手はバイトだ。軽装備の方が適している。
奈緒は急いで階段を駆け下り、ダイニングに用意されてい食パンを手にして走り出そうとするが、弟に止められる。
「姉ちゃん、食べ物持って走ったらママに怒られるよ」
「時間ないからしょうがないじゃん!」
「どっかでママみてるかもよ」
「っく!」
食パンをかじる弟に脅迫まがいのさとしを受け奈緒はしょうがなく椅子に座り食パンをかじる。
「姉ちゃん、どこでバイトなの?」
「水族館」
「え!いいなぁ。俺も水族館いきてえ」
「仕事だから。翔駒が行ったらすぐに遊び出すでしょ」
「そうだけどよ。でもここら辺水族館なんてなくね?」
「あんの。あんたが知らないだけ」
「ふーん」
「ごちそうさまでした!」
急いで食パンを詰め込み家を出る。長靴と母が作ってくれていたお弁当を装備し、水族館という『異世界』に向かうのだった。
走ってバス停に向かう。起きた時点でかなりの遅刻で。それプラス、座って食パンかじった時間でかなりのタイムロスを食らっていた。
あの張り紙のところに着くとやはりあの細い道はあった。昼間でも暗く、どこか不気味な細道。入るのをためらってしまいそうな雰囲気だが、そうは行っていられない。ここでためったらバスに遅れる。
「よしっ!」
奈緒は気合を入れると薄暗い道を走り抜ける。あのバス停に着いた時にはバスはもう来ていた。
奈緒は急いで乗り込む。バスは昨日と同じように奈緒が座ったのと同時に出発した。
ふと外をみる。バスはトンネルの中を走っているため、外を見ても何もない。だがトンネルのよりも手前、バスの窓ガラスにとんでもないものが写っていた。写っていたものは奈緒の顔。しかし、『やつ』は今日もいた。
「……寝癖直すの忘れてた」
奈緒の頭には昨日と同じくらい、いやそれ以上かもしれないほどの寝癖がついていた。まるであの戦闘民族の王子である。この状態でバス停まで走ってきたかと思うととてつもなく恥ずかしかった。なんとか手ぐしで直せるところまで直したが所詮は剣。相手が強大すぎた。
諦めるほかなかったのである。
バスはそのまま三つのバス停に留まり、誰を乗せることもなくまた出発する。
そして四つ目のバス停に近づく。
「次は〜浮島アクアワールド前〜浮島アクアワールド前〜お降りの方はお急ぎ下さいませ〜」
奈緒は浮島アクアワールド前で降りる。ここから少し歩いたところにバイト先があるのだ。
しかしそのバイト先に行く前にはある道を通らなければいけない。その道は歩く者の気力を吸い取り、不気味な感情を植え付ける。
チョウチンアンコウの街灯が並ぶ道である。額から垂れ下がった不気味に光る提灯。下顎から生えた鋭い牙。そしてどこかスチームパンクな感じのする歯車やバネ。これらが一つになることで不気味な街灯を作っていた。
「……これどうにかなんないのかな?なんかもっとこう、可愛い金魚とかペンギンとか」
おそらくチョウチンアンコウが光を発するため使われているんだろうと思う。可愛い金魚やペンギンは光ったりなどはしないのだ。
奈緒は不気味なチョウチンアンコウの道を通り抜け水族館の入場ゲートの前の立つ。奈緒は昨日、帰る直前にロロからスタッフ用の入場パスをもらっていた。
そのため入場ゲートのスタッフにパスを見せるとあっさりと通してくれた。
入場ゲートを通り抜け、まっすぐ事務所へ向かう。
今日も昨日と同じく、頭に強敵がいるがそんなことは気にしない。奈緒は一度諦めたらあっさりと切り捨てる。そういうタイプだ。
事務所のインターホンを押す。奈緒はもうバイトのスタッフだからインターホンを押して入る必要などないのだが、なんとなく押しとこうと思ったからだ。
「はい。ああ、君か。さぁ、入ってくれ。美味しいお菓子を用意してあるよ」
そのワニ顔で「美味しいお菓子」とか言われるとどうしても頭の中をヌーやインパラなどの草食動物が走り抜ける。奈緒の頭の中はもっぱらサバンナ状態である。
中に入ると昨日と同じく応接室に通された。ロロは「お菓子を取ってくる」と言ってどこかへ言ってしまった。
しばらく待っているとワニ顔が平たい缶を持って応接室に戻ってきた。缶の中には生肉とか牛の頭とかが入っていることもなく、中身は色とりどりのマカロンだった。
ロロはマカロンを尖った爪のついた親指と人差し指でつまみ口に放り込む。その鋭い歯は肉を切り裂くのではなく、柔らかいマカロンの生地を噛むために使われていた。
「今日は昨日の続きから話そう。最低でもここにかかっている魔法ぐらいは知ってもらわないとね」
「はい!」
「私がリザードマンという種族というのは話したよね?」
奈緒はコクコクと頷く。
「普通リザードマンは魔法を使わない。というか、殆どの者が使えないんだ。だからこの種族は、敵と戦う時は槍や斧などの手製の武器を使う。だから魔法を使える私はその中では異質の存在として扱われていた。
だから私はある晩、村から逃げ出したんだ」
「逃げ出したんですか?」
「そう!私は考えたんだ。自分には魔法がある。その魔法を使えば一人でも生きていけるってね。でもそれは間違いだった。私よりも魔法が使える者なんてたくさんいたから。それに私の魔法は前も言ったように、生きていくために便利って程度のものだからね」
「…そうなんですか」
魔法に良い、悪いってあるのかなと思ったが、本人が言っているのだから間違いないのだろう。
「じゃあそろそろ別の話をしよう。この水族館の話だ」
奈緒のテンションがさっきよりもあからさまに高くなる。奈緒は小説やゲームなどで魔法という言葉は聞き慣れてはいるがそこまで関心はない。異世界は別だが。そのため魚の話の方がテンションは上がる。
「良いかい?この水族館は三つの大きな建物と四つの屋外水槽。そして五つのショーベースとその他もろもろで構成されている。この先はその場所に行ってから話そう」
奈緒とロロは今、大きな建物の前にいる。
「ここは太平洋、大西洋、インド洋を模した水槽がある館だ。その名も三大海洋館!ここがこの水族館で一番大きい建物さ。さあ中に入って」
奈緒は三大海洋館の入り口をくぐる。中には誰もいなかった。
「今日は定休日だからね。誰もいないよ」
逆に誰もいないため、その大きさが際立っていた。
「この館には横20メートル、縦6メートルの巨大水槽が三つ!すごいだろう!」
「……三つ」
人間の世界ではありえない大きさ。こんな巨大水槽は一つあるだけで十分メインとなる規模だ。
それぞれの巨大水槽にそれぞれの海の魚が泳いではいなかった。魚が一匹もいない水槽。巨大な水塊の中に海藻やサンゴが揺らめいでいるだけ。
「魚はどこかに移してあるんですか?」
「いや、さっき定休日って言っただろう」
「言いましたけど、でも………」
「言いたいことはわかるさ。HAHAHAHA! 君、面白い顔するね」
「アメコミみたいな笑い方しないでください。質問に答えてくださいよ」
「答えは移していないだ。正確には彼らが勝手にどっかいった、かな」
いっている意味がわからなかった。このワニ男は純粋な乙女を馬鹿にして遊んでいるのか。
「まあまあ、怒らないでくれ。私はいたって真剣だ。そして私は嘘をつかない」
ますますいっている意味がわからない。このワニ男のいっていることが本当ならば、この水槽の中の魚達は逃げ出したか、誰かに連れ去られたということになる。もし後者だったら大変だ。この水槽の中は沢山の魚で鮮やかに彩られていたはず。その魚がすっからかんになるまでどれくらいの時間がかかるだろう。このワニ男の口ぶりから確か昨日はこの水族館はやっていたはず。つまり昨日まではこの中に魚達はいたということになる。ということは………
奈緒が勝手に推理をしているとロロが話しかける
「君、大丈夫かい?さっきからブツブツ言ってるけど」
「すみません!もれてました?」
「もれてたっていうか、がっつり聞こえてたけどね。まあ良いか。よし次はバックヤードだ。おいで」
奈緒はロロに連れられ「スタッフオンリー」と書かれた扉まで連れて来られる。
バックヤードとはスタッフしか入れない禁断の場所。普段は見れない魚達の裏側が観れる魚好きにとっては絶好の機会だ。奈緒が思い浮かべるバックヤードとは灰色のコンクリートの壁で囲まれた部屋の中に所狭しと走るパイプ。そして巨大水槽の上にかかった金属の足場。その上に乗ることで魚達を真上から観れるのだ。しかし奈緒の頭の中からはそれ以上、バックヤードについては出てこない。それほどバックヤードとは普通の人間では入れない場所なのだ。
奈緒がドキドキしながら待っていると、やっと合う鍵が見つかったのかロロが鍵を開ける。
「これが『スタッフオンリー』のその先、バックヤードだ!」
そこには奈緒が思い浮かべていたようなコンクリートの壁やパイプは無かった。
「………いや、バックヤードっていうか、町じゃん!!」
代わりの広がっていたのは大きな町だった。
「ようこそ!ここがバックヤードこと、魚達が暮らす町、海都さ!」
色とりどりの建物が立ち並び、カラフルな格好の者達が歩いている。建物は横に伸びるのではなく、縦に三段ほど積み重なる建て方。そしていたるところにある色とりどりの枯れた木のようなもの。
「ここは珊瑚区。海都の中でも温かいところの海の魚達が住む地区だよ。どうした、まるで信じられないという顔じゃないか」
「嫌だって、バックヤードって言ったからもっとこうパイプ系かと思ってたから、こんなの……」
バックヤードと聞き、パイプ系の実験室的な部屋を思い浮かべていた奈緒からしては、そもそも部屋でもなく町というのは不意打ちからのボディーブローである。
「まずは区長に挨拶しに行こう。何事も挨拶から始まる。サービス業とはそういうことだ覚えておきなさい」
ロロに連れられて来たのは町の物よりも一層色とりどりに飾り付けられた建物。区長がいるのだからおそらくここが区役所なのだろう。
中に入るとハワイアンな音楽が流れ、 アロハシャツを着た人たちが沢山いる。そこで奈緒達に話しかけてくるものがいた。
「こんにちは、館長。おや、そちらの方は?」
その女性は一見普通の人間なのだが、髪が黄色で所々青い斑点のあるタコだった。タコの足を後ろでポニーテールのように束ねている。
「あぁ、彼女はね新しくバイトで来てもらうことになった奈緒君だ。ほら挨拶」
「新しくバイトで入りました。宮内 奈緒です。よろしくお願いします!」
奈緒はブンッ!と勢いよく頭を下げる。それを見ていたロロは苦笑しながら紹介を続ける。
「で、こっちが『ヒョウモンダコ』のアオイさんだ。ここの区長の秘書さんだよ」
「よろしくね、奈緒ちゃん」
「よろしくお願いします!」
「そういえばここへは何をしに?」
「ナブラさんに挨拶にね」
「それでしたら、ご案内しますね」
一同は階段を登り、色とりどりに飾り付けられた廊下を進む。
『区長室』そう書かれた部屋の前で立ち止まる。
「そんなに緊張しなくても良いよ。ここの区長はとても優しいから」
「…はい」
緊張するなと言われても奈緒には無理な話だ。奈緒はあがり症なため中学校の卒業証書授与の時でも緊張のあまり自分の番を忘れるほどだった。しかも今、会おうとしているのは一つの町の長だ。小学校の校長とは訳が違う。
「トントン 区長、失礼します」
そんな急に行くの!?まだ心の準備が!
しかしアオイさんはそんな奈緒の心情などつゆ知らず、区長室の扉を開ける。
「失礼します、区長。お客様が来ております」
お偉いさんが座るような椅子に座っていたのは奈緒の身長の二倍はあるだろう人物。
「こちらが珊瑚区の区長。ジンベエザメのナブラさんだ。」
「…よろしくお願いします」
「よろしく」
そう答えたナブラ区長はジンベエザメだ。その姿はまるでスーツを着たジンベエザメだ。アオイさんが人に近い姿だったのに対し、ナブラはずんぐりとした体に短い手足、スーツから飛び出した尾びれと背びれ、そしてジンベエザメの頭をそのまま乗っけたような姿だった。
そのナブラ区長が話し出す。
「少し彼女と話をしても良いかい?」
「どうぞ。彼女にここのこと色々教えてあげてください」
ロロはそう言い区長室を出て行った。
「奈緒くんと行ったね」
「……はい」
「そんな緊張しないでくれたまえ」
「すみません… 区長さんとお話しするっていうのはすごく緊張しちゃって」
それを聞いたナブラ区長は、うーん、と悩み出す。その悩んでいる姿はゆるキャラそっくりだ。
「君にとっておきの方法を教えてあげよう。相手を敬うのも大事だが、それをすると自分自身が緊張してしまう。だから相手のことをよく知る知人だと思って話すと良い。そうすれば緊張しないで済むとおもうよ」
「相手を知人だと思って……」
「試しに私を友と思って話してみたまえ。私は構わないよ」
「えーとじゃあ、好きな食べ物って何?」
「好きな食べ物かい?そうだねぇ、パコンの実かなぁ。やっぱりあの味は忘れられないね」
「パコンの実って植物ですよね?ジンベエザメの区長さんでも植物を食べるんですか?」
「食べるよ。ここにいるもの達は肉食だろうが雑食だろうがみんなベジタリアンだよ」
「え!そうなんですか!?」
「うん。サメだって、イワシだってみんな野菜を食べているよ」
不思議だ。自然界の生き物はそれぞれに合ったものを食べている。それは消化能力や捕食能力がそれぞれ違うためだ。その自然の摂理を壊す。普通ではあり得ないことだった。
「なんで野菜を食べているんですか?」
「僕は海にいた頃、オキアミを食べていたんだけど、こっちに来てからは食べたいと思ったことはないね。野菜の方が美味しいし。多分みんなもそう言うと思うよ」
「やっぱり、ロロさんの魔法ですか?」
「多分根本はそうなんだろうと思う。でも、オキアミを食べたいと思わないのは僕の本心だからね。正直わかんないよ。僕はこの生活に満足してるからいいけど」
やっぱりロロの魔法の力だ。でも奈緒自身は魔法のことはよくわからない。やっぱり本人に聞くしかないのだろう。
「そろそろロロ君が痺れを切らしている頃だと思うよ。それに君はまだほかの区長達にも挨拶をしなくてはいけないはず。さあ、そろそろ行きたまえ」
「ありがとうございました」
奈緒はナブラ区長に挨拶をすると区長室を出る。外にはロロが待っていた。
「いい話は聞けたかい?」
「………はい」
「そうか、それは良かった」
奈緒の心には少し引っかかりができた。自分でもよくわからない小さな引っかかり。
その引っかかりを持ち続けたままここでバイトをするのは奈緒には耐えられなかった。
「ロロさん、彼らにかけた魔法ってなんですか?」
「ナブラさんから聞いたのか。その魔法については後で話そう。この後その魔法に関係した場所に行くから」
「………わかりました」
奈緒達は路面電車に乗り込む。路面電車は各区をつなぐ住民の足だ。
奈緒は路面電車から外を眺めていた。外を歩く彼らは楽しそうに暮らしている。もちろん彼らが楽しいのであればそれでいい。それでいいはずなのだ。
とりあえずロロから説明を受けるまで忘れることにした。
「ついたよ。ここは寒いからこれを着るといい」
ロロは厚手のコートを奈緒に渡す。たしかにここは寒かった。しかも奈緒はカーゴパンツという丈の短いズボンを履いているためなおさらだ。
「ここは寒水区。寒い地方の魚達が住む地区さ」
先ほどの珊瑚区とは打って変わってこの町は全体的に青や白と言った色が多い。そして噴水などの水が凍っていた。
「カイロ、いるかい?私はどうもここが苦手だ。ここに来ると動きが鈍る」
The 変温動物みたいな顔してるもんな、この人。そう思ったが口には出さなかった。おそらく口に出していたらワニとリザードマンの違いを長々と話し出すだろうと思ったからだ。それにここは恒温動物である奈緒でも凍えるくらい寒かった。
魚の説明で間違っているものがありましたらコメントなどで注意していただけると嬉しいです。
マカロンって柔らかかったでしたっけ?その辺も自分はよくわからないですね。




