水族館にバイト希望!
魚は大好きです。食べるのも、見るのも。
そんな可愛いお魚ちゃんたちと会える場所。それは水族館。動物園や遊園地もあるけど水族館ってなんか他とは違う雰囲気がありませんか!?
水族館でバイトをする。この作品は実際にはあまり体験できないお仕事とみんなが大好きな異世界を組み合わせたものです。
ここは我々が住む世界とは別の世界。魔法使いや亜人族がいるのなんて当たり前。そしてラノベ大好きっ子の大好物。そう、異世界である。
その異世界のある国の首都。ここにはいろんな魔法道具を売っている通りがある。その名も『コルカタ魔法道具通り』。その通りの中のある店には、黒魔術だなんだかに使うであろうイモリを乾燥させたものや毒グモをうっていたり、またある店には空を飛ぶホウキなんかをうっていたりする。そのような店が大体六百メートルぐらい並んでいるのだ。
その通りにあるレンガ造りが特徴の店『クラバーの魔道具店」にある男性が入ってきた。その男性は長身でロングコートをきて、フードを被っている。そのため、あまり顔は分からなかった。
「いらっしゃいませ。ここはいろんな国から取り寄せた魔法道具を取り揃えております。で、お客様今日は何をご所望で?」
小柄なこの店の店主と思われる男が質問する。
「いやまだ決めてないんだ。すこしみてからでもいいかい?」
「それはもう、存分のご覧になってくださいませ」
男性は店内を商品を眺めながら歩いている。商品を舐めるかのように見ている。というか舐めている。そして味を確かめ納得したのか、店主に声をかけた。
「すまないが店主、これを貰えるか?」
「ただ今。おぉ、これはお客さんお目が高い。これはですね転移装置の一種でしてね、私自身が隣国までたずね歩き入手したものなんですよ」
「なるほど、さらに欲しくなった。いくらだ?」
「三万五千クルフで、」
「少しまけてくれないか?」
「そうだねぇ、三万三千クルフでどうだい」
「もうひとこえ頼む」
「じゃあ、三万クルフだ。これ以上は無理だよ」
「いや、ありがとう」
男性は代金を払うと買った商品を手にし、店を出て行こうとドアを開けて言った。
「いい買い物をした。また来るよ」
そう言い残し男性は店を後にした。
ここはまた別の世界。ビルが立ち並び、人々がせわしなく歩く町、東京だ。
その東京の街を楽しくおしゃべりしながら歩く、二人の女子高生がいた。
「ねぇ、奈緒。新しくできたパンケーキのお店しってる?」
「知ってるけど、食べに行こうとか、そういうこと?」
最初に質問したのが美咲。この物語の主人公の親友だ。
そして、顔をしかめながら質問返しをしたのがこの物語の主人公の奈緒である。
美咲がグイグイいくタイプなのに対し、奈緒はそこまで積極的では無い。でも、たまに暴走することもある。いわゆる、普通の女子高生だ。
「そゆこと!」
「私もう今月のお小遣い無いよ」
「いい、いい。先月おごってもらったから今月は私がおごる」
「いいの!?」
「任しとき!あんたの親友、美咲ちゃんが一肌脱いでやるよ!」
「ありがと〜!って、美咲が行こうって言い出したんだけどね…」
奈緒は美咲の買い物に付き合わされたあと、美咲とは駅で別れた。美咲は電車通学なのだが、奈緒は歩いても学校に行ける距離に住んでいる。
「どうしよ、今月まだ二週間もあるのにお小遣いもう無い。ほんとに、どうしよ」
奈緒は薄くなった財布を見ながら呟いた。奈緒は今月あるものを買ったため、財布の中が野口英世一人しかいなかった。
夕暮れの中、奈緒は商店街の中を歩いていた。所々にシャッターが降りたさびれた商店街。奈緒はそんな商店街が好きだった。朝通ると元気に挨拶してくれるおっちゃん。通りかかるとパンをくれるパン屋のおばちゃん。奈緒は彼らが大好きだ。
商店街の半分くらいまできた時だ、シャッターに見たことのない違和感出まくりの張り紙がしてあった。近くで見てみるとそれはバイト募集の張り紙だった。
『 水族館でのバイト募集!魚が大好きな子大募集!時給920円 面接場所:この先の路地をちょっといったところのバス停』
水族館でのバイトというのは女子高生にとっては魅力的だ。暗い部屋の中に浮かび上がる魚たちの幻想的な光景。もし、そんなところで告白されればOKしちゃうな、と思ったぐらいだ。だが奈緒は疑問だった。
「水族館の仕事って、なんかの資格が必要なんじゃないの?」
水族館の飼育員は命を扱う仕事だ。そのため何かしらの資格が必要になった来るのではないかと思ったのだ。もしかしたら事務の仕事かな。奈緒はバイト先についての疑問をたくさん持ったがそれ以上に。
「この先の路地入っていってもバス停なんかないけど…」
この先の路地に入っていってもバス停どころか、そんなものが置けるような空間すらない。そもそもバス停とは大きな道路に面してなくては意味のないものだ。
とにかく水族館の仕事は魅力的だったため、書かれていた電話番号にかけてみる。
「プルルルル…… ガチャ はい、浮島アクアワールドです。ご予約のおきゃくさまですか?」
「…あの、張り紙見たんですけど…」
「あっ!バイト希望の方ですね!」
「…はい」
「では、明日の午後四時。記載された場所でお待ちください」
「わかりました」
そこで電話は切れた。履歴書はいるなんて書いてなかったし、持っていくものは長靴しか書いてないから結構簡単な仕事なんじゃないのか。やっぱり事務関係の仕事なのかな。私、計算苦手だし、整理整頓できないからな〜。やっぱり断ろうかと考えるたびに、時給920円と魚たちの顔が頭の中をよぎる。魚は嫌いじゃない。いや、むしろ好きだ。あの何を考えているかわからない顔が可愛い。前にこのことを美咲に話したら純粋に引かれたため他の友達には話していない。
そんな苦い思い出を噛み締めながら奈緒は家への道を歩いていった。
次の日。奈緒は放課後になると美咲に用事があるからといって先に帰り、大急ぎで長靴を探す。長靴を最後にはいたのは去年。校外学習で田植えをした時以来だ。あの後、「多分、もう履かないと思う」と言って物置に置いたはず。しばらく探した結果、長靴は見つからず、しょうがなく親の長靴を持っていくことにした。
奈緒は知らない。自分の長靴が物置の奥深くで眠っていることを。この長靴がこの先かなり重要になって来る………ようなことはない。
張り紙のところに着いた時には奈緒の髪はボサボサだった。奈緒は普段からいつボサボサになってもすぐに直せるようにと髪を短く切っている。しかし、物置の中に長時間頭を突っ込んでいてせいで髪はまるで半日寝て起きたかのようになっていた。要するに寝癖がたくさん立っている状態だ。
頑張って手ぐしでなおそうと試みるも無駄だったので諦めた。今までこれほどの強敵には合間見えたことはなかったのである。
寝癖退治を諦めた後、路地を進んでいくとそこにはあるはずのない道があった。昨日まで行き止まりだったところが道になっているのだ。奈緒は恐る恐る進む。その道は日光が当たってないのか昼間でも薄暗く、所々に街灯が立っていた。
二百メートルほど進むと少し明るくなっている場所があった。その場所は開けていて、真ん中には細い道路が走っている。また、その道路の両端にはトンネルがあり、中は真っ暗だった。
奈緒の横にはバス停が立っている。そのバス停は河北町と書かれており、商店街のある街と同じ名前だった。本当にこんなところで面接するのかなぁと考えていたら、バス停に貼られた小さなメモを見つけた。メモには『このバスに乗って当水族館まで来てください』と書かれている。なるほど、ここからバスに乗って水族館まで行くんだ、それから面接だ。納得した。
そうこうしているうちにバスがきた。中に乗ると乗客は三人ほどで、バスの中も薄暗いため顔はよくわからない。奈緒が適当な場所に座ったのと同時にバスは出発する。
バスは延々と続くトンネルの中を進む。途中で3回ほどバス停に留まったが、どこもトンネルの中で暗く、乗って来る人はいない。
奈緒がバスに揺られていると車内放送がなった。
『次は〜浮島アクアワールド前〜浮島アクアワールド前〜お降りの方はお急ぎ下さいませ〜』
「…あっ ここじゃん」
奈緒は長靴を手にし、バスを降りる。やはりこのバス停も薄暗く、時間的にも昼間なのに街灯が点いていた。だがここの街灯は少し形が変わっている。ランタンがぶら下がっている魚の形をしているのだ。
「……これって、チョウチンアンコウだよね……」
やはりここは水族館行きのバス停で間違いなかった。どこかスチームパンクな感じのチョウチンアンコウの街灯。怪しくひかるチョウチンアンコウは、その道を進むたびに不気味さを増していく。こんなものがあるのはお化け屋敷か路地裏からバスに乗って着く水族館ぐらいしかないだろう。
その街灯が並んだ道を奈緒は歩いて行く。五分ぐらい歩き続けるとだんだん明るくなってきた。そして光が奈緒を包む。
道を抜けた先には目を疑うような光景が広がっていた。
そこには水族館と思われる建物はあった。あったのだが、奈緒が知っているものとは規模が違いすぎた。その広さは水族館というより一種のテーマパークほどもあったのだ。
「………でかっ!」
奈緒も思わず言葉が漏れるほど大きかった。
「そうだ、面接に行かなきゃ」
あまりの大きさにここにきた趣旨を忘れるとこだった。水族館のパンフレットを手に取り広げる。面接をするのはおそらく事務所だろうと見当をつけ、その方角に進む。今いる場所から事務所までは入場門を通らずに行けるためすぐに着いた。
奈緒は緊張しながらインターホンを押す。インターホンを押した直後に奈緒は大事なことに気づいた。
頭の上の強敵を退治していなかったのだ。今なら言える。「あいつ」は「くし」という剣を使っても、「スプレー」という斧を使ったとしても倒せないだろうと。もし倒すのであれば「ヘアーアイロン」という大砲を使用しないと倒せないだろう。もうだめだ、間に合わない。奈緒には「やつ」と共存する道しか残ってはいなかった。
奈緒が「やつ」と共存する方法を考えていると、ドアが開き女性が出てきた。
「はーい、おや?君は…」
「えぇーと、バイト希望できました!」
「あぁ〜バイト希望の。さっ、入って!」
「すみません、おじゃまします」
中に入ると奈緒は応接室に通され、少し待つように言われた。
「あの人電話の人かな……?」
少し待っていると応接室にに誰かが入って来る気配がした。
「待たせたね。君がバイト希望の子かい?」
「はい………って、ワニ!!」
入ってきた男性は身長が二メートルあり、顔が爬虫類のような顔だった。まるで人の体の上にワニの首をそのまま乗っけたような感じだ。
「驚かせてしまってすまないね。やはり君には効かないか…」
「…………ワニ」
「トカゲさ!ただトカゲより少し顔が長くて、牙が鋭いだけだよ」
「館長、それをワニって言います」
「違うだろ。いいかいワニっていうのはね……………」
奈緒は目の前で起こっていることが信じられなかった。喋るワニ男が横の女性にワニとトカゲの違いを語っている。ワニ男は喋り方は礼儀正しいのに顔はとてつもなく恐ろしい。その鋭い眼で睨まれたらカエルどころかヘビまで固まってしまいそうだ。
一通りワニとトカゲの違いを語り終えた後、ワニ男は奈緒に向かって話し始めた。
「すまない。つい、話に熱が入ってしまった。自己紹介がまだだったね。私の名前はロロ ノルトルク。ここの館長をしているものだ。よろしく」
「…よ、よろしくお願いします」
「いい返事だ。君、採用!返事のいい子は大好きだ」
く、食われる!大好きってどういう意味!?美味しくいただきますってこと!?
情報処理と生存本能が入り混じり、ますます頭が混乱した。今すぐにでも逃げ出したい。だが、逃げ出して家まで帰れるのか。ますます頭の中がぐっちゃぐちゃになっていく。もはや奈緒の中は「考え」という線が絡まりまくったわたあめ状態だった。
「少し落ち着きたまえ。君の気持ちはわかる。一気にいろんな情報が入ってきて混乱しているのだろう?そういう時こそ落ち着いて一つ一つ処理していこう。さぁ、座って。混乱している彼女にハーブティーをお出しして」
「かしこまりました」
ワニ男、もといロロは奈緒をソファに座らせゆっくりと喋り出した。
「まずはバイトの話からしよう。まず採用理由なんだけどね、さっき返事がいいから採用って言っただろ?これは冗談さ。本当の理由はさ、あの張り紙なんだ」
「…張り紙ですか…」
「あぁ。あの張り紙には仕掛けがあってね。私の本当の姿が見えるものにしか、あの張り紙は見えないんだよ。突然だけど君、魔法って信じるかい?」
「魔法ってあれですか?あの空飛ぶホウキとか、チチンプイプイとかそういうことですか?」
「まあそんな感じかな。あの張り紙には『擬態魔法』がかけてあるんだ。そして条件を満たした者にしか見えないようにね」
魔法ってあったんだ。喋るワニ男を見てからだと魔法という言葉のインパクトは薄い。逆に薄すぎて「あぁ〜魔法。魔法ね」というぐらいの反応しかできなかった。
「君が魔法をどう思っているかは知らないけどこの世界の魔法はいろんな属性がある。私が得意なのは『適応魔法』。リザードマンっていう種族の中では魔法が使えるのは珍しい方だったよ。それで『適応魔法』というのはね簡単に言うと、どんな場所でもその環境に適応するってことかな。暑いところなら暑さに耐えられるように。種族が違うところならその種族と同じ姿になる。便利な魔法だよ」
「じゃあ私たちの中にいたら、私たちと同じ人の姿になるってことですか?」
「そう言うこと。実際、私はそれで人間の世界に暮らしてたから」
「本当ですか!?じゃあほかにもそういう方がいるんですか?」
「君、質問多いな。良いことだよ、探究心は。それで質問に対する答えだが、私にはわからない。私だって偶然迷い込んだ世界が君たちの世界だったからね。あっちの世界は見るもの全てが新鮮だった。食べ物も美味しかったしね」
「そうなんですか…」
奈緒はロロの言葉に引っかかった。
「あっちの世界ってどういうことですか?」
「どういうことってそのまんまだよ。あっちが君たちの世界。それで、こっちが私たちの世界。今、君は君が住んでいる世界とは別の世界にいるんだ。……わかった?」
奈緒は震えていた。感動の震えに。『異世界』その響きは、奈緒に本日最大のインパクトを与えた。喋るワニ男よりも魔法のことよりもだ。『異世界』その言葉はラノベ女子を魅了する魅惑の言葉だ。しかもその異世界に自分が入っていると思うと嬉しくてしょうがなかった。このことを思い出すたびにその日を生きる力が湧いてくる気がした。
「大丈夫かい?おっと、もうこんな時間だ。そうだね、続きは明日話そう。また明日おいで。明日は土曜日だろう?明日からバイトしてもらうから長靴とお弁当を絶対に持ってきてね」
こんな顔で可愛く「おべんとう」とか言うんだ。時計を見てみると短針は六のところを指していた。別にうちは門限とかないから良いけどな、と考えながら応接室を後にする。
奈緒はロロに見送られながら水族館を後にした。外から見てもやっぱりこの水族館は大きかった。
今日見た出来事はどれも楽しく、奈緒の心をくすぐるような物ばかりだった。
あの不気味なチョウチンアンコウの道を歩かなくてはいけないこと以外は。
今のところ、お魚要素は出てきてません。すみません。
次回から、次回からはお魚要素を出します。絶対に。
誤字、脱字がありましたらメッセージなどで知らせていただけると幸いです。