試練
引越し先のアパートに、荷物を運び込み一息ついた。石田君にLINEで住所を送る。これで大丈夫。
小さなキッチンと6帖の和室。狭いアパートは荷物を置くと余計に狭くなり、ダンボール箱で身動きが取れない。
これからここで一人なんだ。改めて実感した。寂しさが込み上げる。
程なくして石田君がやって来た。
「どうぞ、まだ片付けてなくて座る所もないけどね」
石田君は入って、ダンボール箱で散らかっている部屋を見渡していた。
「佐々原さんに報告してね。ちゃんと引越ししたし、涼風君にも言ってないから」
「涼風君にはなんて言ったんですか?」
「好きな人が出来たって。きっとお昼ご飯二人で食べてたら、石田君の事だと思うんじゃないかな」
「柑菜月さん……、ごめんなさい」
「いいよ、私も同居してたの黙ってたしね」
「佐々原さんに誘われて付いて行っただけなんです。詳細は知らされてなくて、何か共謀したみたいでイヤなんです」
「大丈夫だよ。佐々原さんの性格は分かってるもん。石田君の事は悪く思ってないからね」
「ありがとうございます」
「もうすぐバイトの時間なんだ」
「これじゃ、帰ってから寝れませんね」
「そうだ、押入れにダンボール箱だけ入れておくわ」
「手伝います」
「ありがとう!」
二人でせっせと運んだら、スペースが出来た。石田君は必ず佐々原さんに報告すると約束をして帰って行った。
石田君が帰るとなぜかホッとした。その事で寂しいんじゃない事に気付かされた。曜が恋しかったんだ。
♡ ♡ ♡
バイトとアパートの往復。出かける事もなく、食事はバイト先の残り物で間に合わせた。
時々曜が心配してLINEをくれた。でも心の内は語れない。うわべだけの差し障りのない会話だけ。
それが悲しくて引越した日から、曜にあてた手紙みたいな日記を付け始めた。少しだけど癒された。コレは届かぬ想い。曜が目にする事はないだろう。
冬休みが終わり学校が始まった。曜に話しかける事は出来ないけど、元気な姿が見れるだけでも嬉しかった。
「ねぇ、あたしを避けてる?」
祐ちゃんはお昼ご飯を一緒に食べないのでそう尋ねた。
「まさか……」
「せっかく涼風君も呼んで一緒に食べれるようにしたのに、なんで石田君なの?」
「ごめんなさい」
祐ちゃんには本当の事を言いたかった。でも友達想いの祐ちゃんの事だ。佐々原さんに文句を言いに行くだろう。そうなったら前田君に知れ曜の耳に入るかも知れない。
大切な恋を諦め、大切な親友まで失くしてしまうんだ。改めて佐々原さんを恨んだ。
「石田君に本当の事言えなかったの?」
「なんだか石田君の事をもっと知りたくなったんだ。おかしいでしょ?」
「涼風君はもう好きじゃないって事?」
「そうなんだよね〜、ごめんね」
「私はいいよ、謝らなくても。じゃ、石田君と付き合うの?」
「うん、まだわかんないけど……、そうかな」
「ふ〜ん、なんか煮え切らないけど、ま、いいや!華ちゃんが望むようになれば、あたしはそれでいいんだもん!」
望み、もう今となっては私の望みなんてどうでもよかった。曜の夢さえ叶えればそれでいい。
また佐々原さんがお弁当を持って、割り込んで来たらしい。皆仕方なく一緒に食べていると、祐ちゃんは愚痴っていた。
お昼ご飯の時間、いつものように石田君とテーブルを囲んだ。
「あら、二人で仲良く昼食?やっぱり好きな人同士は二人っきりになりたいわよね〜!」
佐々原さんは近くにやって来て、皆に聞こえるように大声でそう行った。ただ見守るしかなかった。たぶん曜にも聞こえているだろう。
「こんなの間違ってます……」
佐々原さんがいなくなってから、石田君が呟いた。
「柑菜月さん、涼風君に本当の事を言いましょう!今している事は全部涼風君のためじゃないですか!」
いつになく石田君は声を荒らげた。
「石田君、声が大きいよ」
「柑菜月さん……、よく耐えてますね」
「もういいの。どっちみち別居はしただろうしね。ちょっと早かっただけ」
「好きな気持ちはどうなるんですか?こんな事していたら告白も出来ないんですよ」
「告白なんて、そんなのとっくに諦めてますから。大丈夫だよ」
「そんな……」
告白、したかったな。ダメでもいいから、ちゃんと想いを伝えたかった。多分この先もそんな機会は訪れないだろう。
これが運命なら与えられたこの命を、どうすればいいのかな。曜は天がくれた贈り物って言うけど、私には試練にしか思えない。
もしかして石田君が運命の人なのかも知れない。そんな考えさえ思い浮かぶようになっていた。
♡ ♡ ♡
月日は瞬く間に過ぎていった。高校三年になったが、クラスは相変わらず同じだった。進学クラスは大学受験の勉強を始めているようだった。今では曜からの連絡も途絶え、他人のようになってしまった。
それも仕方のない事。毎日毎日一緒にいる石田君と仲良くなり、付き合っていると周りからは思われていた。曜もその一人だろう。
それに真実を知っているのは石田君と佐々原さんだけ。佐々原さんとは仲良くなるはずもなく、私のした事に満足しているようだった。今では曜と楽しく話す事さえあった。




