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7:「始動」



 少女の案内に従って、俺は還らずの森を進んでいた。

 ティア曰く、彼女にとって還らずの森は庭のようなものらしい。

 だから出口までの案内は任せてください、と。



『私にとってここは、故郷みたいなものなんです』



 歩いている最中、ティアは色々な事を語った。


 

 数十年前。

 人間から迫害を受け、絶滅寸前になっていた吸血鬼の一部は、人里を離れこの森に移り住むことをきめたと、昔両親が語っていたこと。


 還らずの森は滅多に人が立ち入ることがなく、おまけに日光に弱い彼らにとっては天恵とも言える常夜だったので、引っ越し先としてはこれ以上ないくらいだった。


 吸血鬼たちは森の中で村を作り、ひっそりとそこで暮らしていた。


 争いもなく平和だった。



『しかし、ほんの数日前突然村は襲われました……あの男です』



 銀の弾丸の前に、吸血鬼たちは成す術なく殺戮された。

 まだ幼かったティアを、家族は身を挺して守った。

 命からがら、何とか自分一人生き残った。

 俺と出会ったのは、丁度そんな時だった。


 ティアが語った内容は、概ねそんなところだった。



「……ひどい話だな」

「あの時のことを思うと、今でも涙が溢れそうになります。けれど、不幸ばかりではありません。ジーク様と……お兄様と、出会えたので」


 はじけるよう笑顔で笑うティア。


 お兄様……か。

 好きにしろとは言ったものの。

 なんとなく、慣れない。

 というか、照れくさい。

 俺は苦笑いを返す。


「そう言えば、ジーク様はどうして還らずの森にいたのですか?ジーク様は、ゼロの大賢者様なんですよね……国賊と、あの男は言っていましたが」


 純粋な疑問。

 という表情だ。

 そう言えば、ティアにはまだ言っていなかったっけ。

 王宮で一体何があったのか。




「……ひどい!ひどすぎます!」



 俺は、包み隠さず全てを語った。


 リシアが賊に襲撃を受けたこと。

 その傷を俺が治したこと。

 濡れ衣を着せられ、犯人に仕立て上げられたこと。

 真犯人は、右腕だったギルバルドだということ。

 汚名を着せられ、力を奪われた挙句<還らずの森>へ放逐されたということ。

 それは、エメリアでは死刑を意味するということ。


 内容を語るにつれ、ティアの表情はどんどんと曇っていった。

 曇るどころか、雷が降ってきそうなほど、ティアの心はごろごろと鳴り響く。


 俺に降りかかった理不尽に、本気で怒っているんだ。


「ジーク様がそんなこと、するはずないじゃないですか……。私、そのギルバルドという男、許せません!」


 ぷんぷんと……いや、そんな言葉じゃ生易し過ぎるくらい。

 ティアは猛烈に激怒していた。

 振り上げた拳のやり場がないのか「うー!」と叫びながら、地団駄を踏む。


 その姿を見た俺は、なんだか暖かい気持ちになった。


「俺のためにそこまで怒ってくれて、ありがとうティア」

「私、決めました。そのギルバルドという男に、絶対にガツンと言ってやります!」


 両手にグーを握り、自分を鼓舞するティア。

 豊かな胸が、ゆさりと揺れた。


「俺も、奴を許すつもりはない。必ず悪事を暴き、名誉を回復してみせるよ」

「そのお手伝いが出来るように、頑張ります……!」

「期待してる」



☆★☆



「そろそろです。そろそろ森を抜けます」


 休憩を挟みながら。

 3時間ほど歩いたところで、ティアはそう言った。

 変わらない風景。

 本当に出口に近付いているのか心配だったが、確かにさっきから少しずつ、森の表情は変わっている。

 木の傘はだんだんとその密度を減らしており、ぼんやりとだが、光が見える。

 出口が近いのだろう。


「そう言えばティア、俺もお前も吸血鬼だが、日光とか平気なのか?」


 還らずの森は、日の光が通らない。

 太陽の光は、これでもかというくらい密生した樹木に、遮られてしまうからだ。


 だが、森を抜ければ別だ。

 俺もティアも吸血鬼。

 太陽の光は、天敵のはず。


 大丈夫なのだろうか。


 俺がそう問うと、ティアは「言い忘れていました」と前置きをした。


「……実は私は、完全な吸血鬼ではないのです。なので、太陽はあまり好ましくはないものの、純血の吸血鬼のように体が燃えてしまう、なんてことはありません。ちょっと、日に焼けやすい程度です」

「完全な吸血鬼ではない?」

「はい。吸血鬼には二つの種類があります。純血と呼ばれる生まれながらの吸血鬼。そして、私やジーク様のような混血。混血……つまりは、元々人間だった者が、途中で吸血鬼になったというケースです」

「お前、人間だったのか」


 俺が驚くと、ティアはこくりと頷いた。


「はい、実は。……とは言っても、人間だった頃の記憶は残っていません。気が付くと私は吸血鬼になっていて、吸血鬼としての両親に保護されていましたから」

「なるほど、な」

「そう言う訳で、私もジーク様も種族的には吸血鬼ですが、普通の人間とそんなに変わりはありません。ハーフの私は十字架に弱かったり、招かれないと家に入れなかったりといった制約がありますが、クォーターのジーク様はたまに血を飲むくらいで大丈夫なはずです」


 純血のヴァンパイアに吸血されたから、ティアはハーフ。

 俺はそのハーフ(ティア)に吸血されたから、クォーター、ということだろう。


「血か」

「……はい。あの、その……欲しくなったら言ってください……私も半分人間なので、私の血でも……大丈夫なはずです」


 ティアはもじもじと赤くなった。

 やはり吸血行為は、何か特別な意味合いがあるらしい。


「わかった。その時は遠慮なくもらうよ」

「……はい」


 満足そうに、ティアは微笑んだ。


「そう言えばジーク様、名前、どうされますか?ジークフリード……と名乗るのは、少しまずいのでは?」

「そうだな、確かにむやみやたらにその名を語るのは、面倒くさいことになりそうだ」


 うーん。

 そうだな。


「……ゼロ……というのはどうですか?」

「ゼロ?」

「はい。かつて【ゼロの大賢者】と呼ばれたジーク様が【ゼロ】として、再び【ゼロ】から這い上がる。……そんな、願を掛けました」


 ギルバルドに裏切られ、俺が放逐されて1週間。

 若返ったり、吸血鬼になったり。

 色々あったが、なんとか俺は生き延びた。


 かつて【ゼロの大賢者】と呼ばれた男が【ゼロ】として、再び【ゼロ】から這い上がる。


 ……出来すぎたサクセスストーリーだな。



「……始まりの数字。ゼロから再スタートする俺には、ぴったりの名前だ。ありがたく、使わせてもらうよ」

「はい、喜んで!」



 出来すぎだとしても。

 俺は必ず、成し遂げる。

 成し遂げなければならない。

 ギルバルドの思い通りには、させない。


 かつて母親に捨てられ、奴隷にまで堕ちた。

 泥水で喉を潤し、残飯で飢えをしのいだ。

 

 そんな人間が魔法使いの頂点。

 大賢者にまでなったんだ。


 地位も名誉も失った。

 だが、力は取り戻した。

 今度だって、成し遂げでみせるさ。



「わぁ……明るい……」


 並んで歩きながら、俺たちは遂に還らずの森を抜けた。

 久しぶりの太陽。

 光に照らされたティアの長い黒の髪は、幻想的なまでにきらきらと美しかった。



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