63:「友人との再会」
「……じゃあ、さよなら。お兄ちゃん……頑張ってね!」
「ありがとう、アリス」
少し陰り始めた太陽の下。名残惜しそうな表情を覗かせながらも、アリスは屈託なく笑う。
俺は腰を屈め、そんな少女の金に光り輝く髪を優しく押し撫でた。アリスは目を細め、気持ちよさそうな顔でこちらを見上げる。
「お姉ちゃんも……元気でね!」
「はい! お兄様のお邪魔にならないよう……私も頑張ります!!」
ティアは気合を入れるよう、胸の前で小さく握りこぶしを二つ作る。反動で、服の内側にある大きな膨らみが揺れた。
孤児院を出発した俺達はアリスや子供たちを預けるため、教会を目指した。
元聖女のイリスは教会関係者に顔が利くため、お願いをすればしばらくの間子供たちの世話をしてくれるだろう、とのことだ。
とは言っても、全く見ず知らずの教会に預けるのは少し憚られるので、昔イリスと親交のあった女性が営んでいる教会に、俺達はやってきた。場所はラザロ山の麓であり、万が一自分に何かあった時、子供たちが頼れるようにと、あえてその教会の近くに孤児院を建てたらしい。
「……けど、大丈夫なのでしょうか。……あの方に、本当に子供たちを預かってもらえるのでしょうか……?」
「そ、そうだよね。今頑張ってってアリス言ったけど、もしかしたら全部振り出しに戻るかもしれないよね」
ティアとアリスは教会前の芝生でイリスと対峙するように腕を組むシスターを横目に見る。
どうやらかなり怒っているらしく、表情からは彼女の怒りがまじまじと伝わってくる。
無言で向かい合う、二人の少女。
かれこれ、出会ってから五分ほど経とうとしている。
先ほど教会に到着し、扉を叩いた時、中から現れたシスターはイリスの顔を見た瞬間、時が止まったかのように硬直。そして、バツが悪そうに半笑いで頬を掻くイリスとは対照的に、口をへの字に曲げ――それから今の調子なのだ。
そうこうしていると、シスターは怒りに肩を震わせながらイリスの方を見上げ、そのまま徐に口を開いた。
俺達三人と子供たちは聞き耳を立てる。
「……イリス様……一体今までどこに行っていたのですか!?」
「あー、ごめん。……ちょっと色々あって」
「……色々とは? 私が……サラがどれだけ心配したとお思いですか!!」
「……ごめん」
イリスよりも少しだけ歳下のシスターに責められ、普段は強気な元聖女も、防戦一方という様子。
後から聞いた話では、サラという少女は、イリスがまだ聖女になる前、修道女として修行をしている時に同じ部屋だった女の子で、姉妹のように仲が良かったのだという。しかし、そんな彼女にも聖女を辞めることは伝えられなかったらしく。
サラはイリスに詰め寄る。
眼前に迫るサラ。その瞳は、涙で潤んでいた。
イリスは驚いたのか、少し肩を持ち上げた。
「ごめんじゃないです……イリス様」
「サラ……」
「一体私がどれだけ……どれだけ……なんの連絡もなく……うわあああああああああああん!」
そのまましばらく声にもならない声で泣き続けた。シスターはひっくひっくと声を上ずらせながら、涙に濡れた瞼を擦っている。
どうやら怒っている、というよりは、ずっと不安だったのだろう。
自分と親しい人間が突然連絡なしにいなくなって、そのから何年も音信不通であれば、それが当然、か。
イリスは申し訳なさそうに、しゃくり上げる彼女の背中をさすっていた。
「……先ほどは、取り乱してしまいすみません。それで、今日は突然どうしたのですか?」
しばらくしてようやく平静を取り戻したのか、少し表情を恥ずかしそうに赤らめながら、サラはそう尋ねる。
イリスは胸の前に手を置き、
「……実は――」
そう言って、事情を語り始めた。
俺の正体に関する言明は避け、やらなくてはならないことがあるから、少し子供たちを預かって欲しい、と。
サラはイリスの言葉を一字一句聞き漏らさぬよう、真剣な表情で食い入るように聞き入っていた。
「……聖女を辞めてから今まで、孤児院を営んでいたんですか」
「ええ、そうなの……落ち着くまで、子供たちをあなたに預かって欲しいんだけど……」
「……わざわざ、私が住んでいる教会の近くに居を構えて」
「私に何かあったら、子供たちがあなたを頼れるよう……って」
サラは下を向いたかと思いと、肩を震わせ、再びイリスに抱き着いた。
眦からはまた大粒の涙が零れだしており、イリスの胸に顔を埋め、大声で泣きだした。
「……わ、私、イリス様から忘れられていたんだと思ってました……あんなに仲良しだったのに、何も言わずにどこかに行っちゃって……イリス様から忘れられているんだって!」
「そんなわけないじゃない。……聖女を辞めたのがあまりにも情けない理由だったから、あなたに合わせる顔がなかっただけよ。……本当に、ごめんなさい」
「いいんです。もう、いいんです。何も言わずにいなくなられてしまったので、勝手に私が親しいと思っていただけだったのかなと、ずっと拗ねていただけなんです。不安だっただけなんです。……良かったです。無事で」
さっきまで曇り空だったサラの表情は、晴れやかに澄んでいた。
イリスもそんな少女を見て、安心したように表情を綻ばせる。
「わかりました! 子供たちのお世話は、全てサラにお任せください! やらなくてはいけないとこが何なのか、サラにはわかりませんが……きっと、私には考えが及ばないようなとても大切なことなのだと思います。イリス様、頑張ってくださいね!」
「ありがとう、サラ。よろしく頼むわ」
「いえ、イリス様は私のお姉様のような存在なので、何なりと、お申しつけください!」
殊勝なことを言う少女に、こちらまで頬が緩む。
そうしていると、サラは俺の方を覗き見、しばらく何かを考えるような仕草し、
「……あの、やらなくてはならないことって、もしかしてあの男の人と関係あるんですか?」
そんなことを尋ねた。
サラの鋭い質問に一体どう返答するのかと、俺は様子を伺う。
イリスは目を丸くした後、少し意味ありげに口元を緩め、サラに耳打ちをする。
その瞬間。
「……――ッ///」
何故かサラの表情は沸騰したように真っ赤に染まる。
頭から湯気の出たサラは、ぽーっとした表情で「が、頑張ってください!」とふにゃけた応援を飛ばした。
勝ち誇るような表情で、ティアの方を振り向くイリス。
一体何が起こったのか、呆然と俺の横で棒立ちするティア。
やれやれ、一体何を吹き込んだのやら。
こうして、俺達は教会を後にした。
去り際、「お兄ちゃんまた会おうね!」と、背後からアリスと子供たちの賑やかな餞別が送られてきたので、俺は振り向き、また会おうと大きく手を振った。
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二巻特典情報
ゲーマーズ様:SS「森を歩くゼロとイリス」
です!
かなり加筆修正したので、気になる方は是非!
素敵なイラストも付いてきます!!