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61:「ティアの気持ち」




「……静かだな」


 深夜、俺は孤児院の遊具に腰かけながら、一人ぽつりと呟く。

 木材とロープで構成された手造りのブランコが小さく揺れ、涼やかな風が吹き抜ける。


 あの後、俺は一度孤児院の中に戻った。

 それからゆっくりと風呂に浸かり、イリスやティア、アリス達と会話を楽しんだ。

 そして夜も更け、そろそろ寝ようかという話になり――けれど夕方まで惰眠を貪っていた俺は中々寝付くことが出来ず、仕方なく夜風に当たりに外へ出てきたのだ。


「……しかし……なんだったんだ。さっきのは」


 風呂場での出来事を思い出し、俺はため息を含んだ笑い声を漏らす。

 孤児院の風呂はそこそこの広さがあり、俺はせっかくなので子供たちと一緒に入ろうと思ったが、イリスが疲れているだろうから今日はゆっくり浸かってと言うので、一人で風呂に入った。


 問題が起こったのは、湯舟に浸かりほっと一息吐いていた時だ。


 突然風呂の扉が開いたと思ったら、前をタオルで隠したイリスが現れたのだ。

 わけがわからず、俺は思わず噴き出した。

 今思えば、俺を一人で風呂場へ行かせた段階から、こうしようという計画だったのだろう。


 イリスは脱衣場で少し頬を赤らめながら、『……だ、だって……昔よく一緒に入ったじゃない……』と、聞いてもいない言い訳を始めた。

 確かにそれは事実だが、もう十年も前の話だ。

 流石にその理屈はおかしい。

 しばらくイリスと、


『だ……だって、私はあなたの姉よ。別にいいじゃない。少しくらいお姉ちゃんに甘えなさい』

『……お前の弟になった覚えはないし、仮に弟でも十九の姉とは風呂に入らない』

『強がらなくてもいいの、ジーク。私はあなたが好きなんだから』

『……よくわからないが、今回は決して強がってるわけじゃない』

『さっき私と一緒にお風呂に入りたがってたじゃない、隠しても見えてるわよ!』

『……それは捏造だ』


 と、口論していると今度はティアが現れた。

 恥ずかしそうに真っ赤に染まった顔で俯きながら、前をしっかり隠すためタオルの端をぎゅっと握りしめ、『……あ……あの……イリス様が入るなら……私も……あの、私もその……一応妹なので』と消え入りそうな声で呟く。

 どうやら、イリスに対抗しようとわざわざ風呂場まで来たらしい。

 後から聞いた話だが、風呂場に向かうイリスの足取りが妙に軽やかだったので、後を付けてきたようだ。


 その後、案の定ではあるが、イリスとティアはしばらく脱衣場で口論していた。

 何を話していたかはあまり覚えていない……が、どちらが俺の髪を洗うとかそんな話をしていた気がする。

 二人のやり取りを傍目に見ながら、俺は勘弁してくれと苦笑いで湯船に浸かっていた。


 すると、再び脱衣場の扉が開く。

 アリスだ。

 風呂場の前が妙に騒がしかったので、様子を覗きに来たらしい。

『……お姉ちゃん達……何してるの?』

 その言葉を合図に、場の空気が凍る。

 そのまま永遠のような時間が流れたかと思うと――

イリスは悔しそうに唇を噛んで、ティアは首筋まで真っ赤になって、二人はいそいそと脱衣場を出て行った。

『……もしかして、なんか悪いことしちゃったかな?』

 二人を見送った後、アリスは申し訳なさそうな顔をしていたので、とりあえず気にしなくてもいいと、俺は礼を言っておいた。


 ……と、こんなことがあったのだ。

 

「……しかし、イリスは仕方がないとして……ティアも、か」


 ブランコに揺られながら、俺は小さく苦笑いをする。

 イリスが現れてから、ティアは妙に積極的になった気がする。

 以前であれば、俺と一緒に風呂に入ろうとしてくることなど、あり得なかっただろう。

 俺がイリスに取られてしまうと、焦っているのだろうか。

 あの子には、もう家族がいない。

 妹なりに、思うところがあるのかもしれない、な。

 

 そんな風に俺が黄昏ていた時――。


「……お兄様」


 孤児院の扉がゆっくり開いたかと思うと、中からティアが現れた。

 俺を見つけた少女は少し嬉しそうに、こちらに向かって歩いてくる。


「……どうした。寝付けなかったか?」

「……すみません。そういうわけではなかったのですが、トイレに起きた時、お兄様が部屋にいらっしゃらなかったので……」


 どうやら、俺がどこにもいなかったので、心配になって探しに来たようだ。

 俺は少女の可愛らしい憂鬱を想像し、少しだけ苦笑いをする。

 ティアは何か思うところがあるのか、俺の前でもじもじと身体を揺らしながら、俯いている。

 イリスの寝衣を借りているせいで、ティアの服はサイズがあまり合っておらず、開けた胸元から白い肌がよく見える。

 俺は、そんな普段より煽情的な彼女から、僅かに視線を逸らした。


「……あの……ブランコ……隣に座っても、いいですか?」


 ようやく口を開いたかと思うと、ティアは俺の隣のブランコを指差して、そんなことを尋ねる。

 頷くと、少女は嬉しそうに隣のブランコへと腰を下ろした。

 深夜。俺とティアのブランコが、ゆらゆらと揺れる。

 そのまま、またしばらく無言。

 

「……あの……さっきはすみません。せっかくイリス様とお二人で……その……な、仲良く……その……わ、私が邪魔をしてしまって……」


 恐らく、風呂場での出来事について言っているのだろう。

 俺は小さく笑った後、ゆっくり首を左右に振った。


「……あれはイリスの独断だ。寧ろ、お前が来てくれて助かった。だから、気にしなくていい」

「そ、そうですか……それは、良かったです」


 ティアは少しだけ安心したような表情を浮かべた。

 そして、再び沈黙が流れる。


「……あの」

「ん?」

「……あ……いえ……」

「?」


 ティアは何か言いたげに口を開いたが、俺が少女の方を振り向くと、また黙ってしまった。

 しかし、そのすぐ後。

 ティアは決心が付いたように両手をぎゅっと握りしめる。

 いつもより少しだけ大きな声で、ティアは言葉を紡いだ。


「……最初……もしかしたら、私は邪魔なんじゃないかと……そう思ってました」


 こちらを真っすぐに見つめるティアの瞳は少しだけ潤んでいて、一瞬ドキリとしながらも、俺は少女を見つめ返す。


「……イリス様と会話をされているお兄様はとても楽しそうで……私は、いない方がいいんじゃないかと……」


 それは違う。

 俺が否定しようとすると、先にティアが口を開く。


「けど……部屋で色々と考え込んでいたのですが……例えお邪魔だったとしても……それでも、私はお兄様のお側にいたい……そう思ったんです」


 ティアはブランコに揺られ、困ったように微笑みながら、俺の方を見つめた。


「……きっと、これは単なるわがままです。……だって、私は何の役にも立っていません。イリス様と違って、お兄様が私を連れていく理由は……ありませんから」


 俯きながら、ティアは遠慮がちに微笑みを浮かべている。

 静寂な夜に、少女の言葉だけがこだまする。


「……けど、それでも側にいたいんです。私は、あなたの側にいたいんです。……あなたの側じゃなきゃ……嫌なんです」


 ティアはブランコから立ち上がり、まるで今の自分を見られたくないというように、背中を向けたまま、手のひらをぎゅっと握りしめる。


「……だから、もう少しだけ……側にいてもいいですか?」


 その言葉は風に乗って、俺の心を甘やかに溶かしていく。

 俺は震える少女の背中を見つめながら、小さく笑った。


「……さっきお前は、俺がお前を連れていく理由がない、と言ったな」

「……はい。私、役立たずですから……役立たずなりに、自覚はしているんです」


 寂しそうに、ティアは笑う。

 俺はブランコから立ち上がる。


「それは違うぞ。お前は十分、役に立ってる」

「……そんな、だって……私は何も……」

「お前がいると、場の雰囲気が和やかになる。お前がいると、料理も美味しく感じられる。お前がいると、必ず帰ってこようと……そんな気持ちにもさせられる」


「――」


「……役に立っていないなんて、そんな悲しいことを言うな。お前が側で笑っているだけで、俺は心が安らぐんだ。だから、お前は自分の居たい場所にいればいい。……遠慮はするな、お前は俺の妹なんだろ? 好きなだけ、わがままを言え」


 ぽんと、俺は少女の肩に手を置いた。

 ティアは涙でくしゃくしゃになった顔で、こちらを振り返る。

 

「……本当ですか? 本当に……側にいてもいいんですか」

「ああ、本当だ」

「……わがままも、言ってもいいんですか?」

「ああ、好きなだけ言え」

「じゃあ、じゃあ……」


 もじもじと俯きながら、ティアは上目遣いでこちらを覗く。


「……て……ティアが一番かわいいよと……言ってください」

「……んん?」

「……そして出来ればその……ぎゅ……ぎゅっと……抱きしめながら……」


 真っ赤に染まった頬と、恥ずかしそうに身体を揺らすその姿はやけに煽情的で、俺は一瞬心臓がドキリとする。

 ティアはとろんとした瞳で、なおもこちらを見つめ続ける。

 

 これは、断れる雰囲気ではなさそうだ。


 俺はやれやれと苦笑いして、火照ったティアを抱きしめる。

 胸に顔を埋める少女の身体はやけに柔らかく、仄かに甘い香りが鼻腔をくすぐった。


「……て……ティアが一番かわいいよ」

「……もう一回言ってください」

「……ティアが一番かわいいよ」

「……今度は耳元で囁いてください」

「……ティアが一番かわいいよ」

「……今度は――――」


 こうして、夜は更けていく。

 最終的に俺はティアから血を吸われ、その後少し冷静になった彼女から謝罪を繰り返された。

 ティア曰く、あの時はどうかしていました、とのことらしい。

 ……本当にどうかしているなと、俺は苦笑いを返すばかりだった。



☆★☆



「さーて、みんな荷物は持った?」

「はーい! イリスお姉ちゃん!」

「持ったよー!」

「持った持ったー!」


 早朝、子供たちの喧噪な声が孤児院の広場に響く。

 太陽が空で眩しく輝く。

 

「ゼロも忘れ物ないー?」

「ああ、大丈夫だ」

「私も大丈夫です、お兄様!」

「アリスも大丈夫だよー!」


 子供たちはイリスが留守の間孤児院を守ると言い張ったが、流石にまだ幼い子供たちだけを置いておくわけにはいかないので、知り合いの孤児院に預けるのだという。

 とりあえずアリスと子供たちを預け、それから俺達で傭兵団を目指すのだ。


 イリスにアリスにティアに、それから子供たち……こんな賑やかな移動は、久しぶりだな。

 

「……んんー? ねえ、ティア……あなた、昨日何かいいことあった?」

「……な、何もないですよ!」

「……まあいいわ。次は私の番だからね」

「……い、一体なんの話ですか!」

「自分が一番よくわかってるんじゃない?」

「……ううっ……お兄様、イリス様は女の子には優しいと言っていたのに……全然優しくありません……」



 今にも泣きそうな顔で、ティアは俺に縋りつく。

 俺は、やれやれと苦笑いだけを返す。



 ……さて、次の目的地はかつて俺が所属した傭兵団だ。

 まだ養父は生きているはずだが……果たして俺であることに気付いてくれるだろうか。

 最後に会ったのは、二十年以上前だ……な。

 

 



これにて第三章聖女編は完結です!

最期までお読みいただき、本当にありがとうございます。


次のお話は、かつて主人公が所属した傭兵団のお話になります。

昔の仲間や養父と再会する主人公。

イリスやティアとのラブコメも交えつつ、ゼロの過去話や戦争での活躍を中心に、それを今とリンクさせていくお話に出来たらな、と思っています。


面白かったor続きが気になりましたら下の評価欄から評価していただけると嬉しいです。



そして再び宣伝になりますが、


『ゼロの大賢者』第一巻、発売中です。


三万字以上(話数でいうと約10話!)の大幅加筆+設定やキャラクターの再構築を行っており、特にティアが可愛くなっていると思います!

お手に取って確認していただければ嬉しいです。


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