60:「別れ」
和気あいあいとした会話が、緩やかな時間とともに流れていく。
料理はもうあらかた食べ終わっており、みんな、各々会話に集中していた。
それは祭りの後のように、どこか切ない雰囲気を醸し出している。
俺はそろそろあの話を切り出そうと、イリスに話しかけた。
「なあ、イリス……少し、話があるんだ」
「……わかった」
そう言って、イリスは席を立つ。
俺の考えが伝わったのだろう。
「……お兄様?」
「すまんティア、すぐに戻る」
不安気にこちらを覗くティアに断りを入れ、俺はイリスの後に続く。
ティアは何か言おうとしたが、俺の雰囲気で察してくれたのか、「……わかりました」と口を閉じた。
子供たちに話を聞かれてしまわないように廊下に出た俺達は、しばらく無言だった。
イリスは壁に背を持たれながら、どこか神妙な顔つきで斜め下を見つめている。
気まずい雰囲気が流れる。
だが、伝えないわけにはいかない。
俺は声のトーンを落とし、イリスに話を切り出した。
「……俺はこれから、自分が昔所属していた傭兵団へ向かおうと思っている」
かつて、俺が所属していた傭兵団。
養父に拾われた俺が、生きる術を教わった場所。
ギルバルドからエメリアを取り戻す。
その為に、どの道を選択するのが最善か、ずっと考えていた。
「……エメリアを取り戻すため、俺は王宮に戻る必要がある。……そして、ギルバルドの正体と、奴の目的を暴かなくてはならない」
今の俺であれば王宮の結界を強行突破し、ギルバルドを討つことも可能だろう。
だが、それではいけない。
ギルバルドの正体と、奴の目的を明らかにしないことには、真の解決には至らない。
事件の全貌を明らかにしないまま犯人だけを殺しても、第二第三のギルバルドが現れるだけだ。
そうさせない為にも、一体奴が何者なのか、何故あのような事件が起こったのか、
調査する必要がある。
「……そしてその為には、出来る限り正規の方法で王宮へ侵入したい」
王宮へ向かう正攻法――それは国王に騎士として登用されることだ。
そして、騎士として採用されるには、名のある傭兵団の推薦状を貰う必要がある。
推薦を貰った後、一定期間城で試験や研修を受け、騎士として相応しいと認められれば、正式に登用されるのだ。
今の俺は若返っている。
ゼロがジークフリードであることに気付く人間は、まずいないだろう。
内部に侵入し、ギルバルドについて調査する。
そして、言い逃れ出来ない証拠を集め、敵の正体が判明したところで、今度は俺が正体を明かす。
奴の疑惑は、そのまま俺の潔白の証明になる。
恐らく、ギルバルドは言いがかりだと喚き散らすだろう。
だが、そこでイリスの出番だ。
歴代随一の聖女によって俺の無実とギルバルドの嘘が証言された時、果たして観衆はどちらを信じるか。
「……イリス、今回お前は黒い鷹にさらわれた。……おまけに、敵の目的は不明だ。再び、いつ襲ってくるかもわからない」
ルーシェは何故イリスが攫われたのか、知らないと言っていた。
であればやはり、いつ敵に襲われるかは、わからない。
イリスは強い。並みの魔法使いが相手では、歯が立たないだろう。
だが、それでも。黒い鷹は脅威だ。
俺の側にいるのが最も安全だというのは、自明。
「……そして、俺の計画を成しえるためには、必ずお前の力が必要なんだ。……俺と一緒に、来てくれ」
イリスが俺の無実を保証してくれないことには、いくら俺が証拠を集めたとしても、徒労に終わる可能性が高い。
この計画には、聖女の力が必要不可欠だ。
俺は、イリスの瞳を真っすぐ見つめた。
彼女はそんな俺の視線を僅かに外し、小さな声でぽつりと呟く。
「……わかってる。あなたの考えは、よくわかる。力になってあげたい。……けど、私には子供たちが……ここで、帰りを待っていてくれた、子供たちが」
「……イリス」
「……ごめんなさい。わかってる……今何をするべきか、わかってる……けど……」
イリスは声を震わせ、黙ってしまう。
孤児院にいるのは、親を失った子供たちだ。
その子達にとって、イリスは母親同然だろう。
イリスは、優しい子だ。
……やはり、一緒には来てくれない……か。
そう思い、俺が視線を外した時だった。
「行ってあげなよ、イリスお姉ちゃん」
廊下の向こう側から、明るい声が響く。
見るとそこには、孤児院の子供たちが集まっていた。
「……エリン……それに、他のみんなも……」
「……そのお兄ちゃんは、お姉ちゃんにとってとっても大事な人なんでしょ? だったら、悩む必要なんかないよ」
晴れ晴れとした笑顔で、イリスを覗く子供たち。
銀髪の少女は、泣きそうな顔で彼女達を見つめ返した。
「……けど……あなた達は……」
「私達のことは大丈夫! イリスお姉ちゃんが思ってるよりも、しっかりしてるんだから!」
子供たちは、飛び切りの笑顔で歯を見せて笑う。
彼女達なりに、こうなることがわかっていたのだろう。
きっとさっきの食事は、お別れのパーティーだったのだ。
「……でも……でも……」
イリスは首を小さく左右に振りながら、声を震わせる。
それを見て、子供たちは笑顔のまま、少し呆れるようなため息を吐いた。
「私達は大切な人にもう二度と会えないけど、お姉ちゃんは違うんでしょ? だったら、迷う必要なんかないよ」
「……エリン」
「大好きな人と一緒にいるのが一番幸せに決まってるんだから、お姉ちゃんは自分の気持ちに素直になればいいの!」
「……ありがとう。みんな、ありがとう」
子供たちと抱き合いながら、イリスは瞳に涙を浮かべていた。
そんな彼女の雰囲気が伝染したのか、さっきまで笑顔だった子供たちも、皆泣きそうな顔でイリスに抱き着いていた。
俺は邪魔をしないように、そおっと廊下を離れる。
そのまま俺は入口の扉を開け、外に出た。
しんと静まり返った夜の森を、頭上の月が柔らかく照らしている。
さて、いよいよ準備は整った、な。
『ゼロの大賢者』第一巻、発売中です。
三万字以上(話数でいうと約10話!)の大幅加筆+設定やキャラクターの再構築を行っており、特にティアが可愛くなっていると思います!
お手に取って確認していただければ嬉しいです。
面白かったor続きが気になりましたら下の評価欄から評価していただけるとなお嬉しいです。