6:「新しい家族」
「ゼ……ゼロの大賢者だあ? はったりもいい加減にしろ!」
男は顔を歪めながら、喚き散らす。
まあ、そうだな。
今の俺は、若返っている。
鏡で見たわけではないから、はっきりとしたことは言えない。
だが、おそらく十代半ばか少し上という程度だろう。
確かに、信じろという方が無理がある。
だが。
「はったりかどうか、それはこれから証明されるさ」
魔力を足腰に集中させ、加速する。
一瞬で俺は、敵の背後に回り込んだ。
「き、消えた!?」
「――後ろだ」
振り返り、呆気に取られた男と目が合う。
「――雷光」
肩を掴み、片手で持ち上げ、電撃を食らわせる。
眩い閃光が、闇夜の森を照らし出す。
情けなく、断末魔のような悲鳴を上げる男。
あまり強くし過ぎると即死する恐れがあるので、死なない程度に力をセーブした。
この男には、まだ聞きたいことがある。
白目を剥き、叫び続ける男。
そろそろ本当に死んでしまいそうなので、俺は手を離した。
どさりと、男は力なく地面に倒れこむ。
「……あ…あんた……な、何者だ」
芋虫のように地面を這いながら、首をもたげる。
これでもかというくらいに開かれた双眸が、理解を超えた存在に対する畏怖の念を滲ませていた。
血走った眼球には、恐怖と絶望がふんだんにため込まれている。
どうやら、やっとわかったらしい。
自分ではこの俺に勝てないと。
「さっき自己紹介はしたはずだが」
「ま、まさかあんた……本当にゼロの……い、いや、ゼロの大賢者は死んだはずだ!国王陛下を暗殺しようとし《還らずの森》へ……!」
何かに気付いたのか、男の表情は一変した。
詰まっていた栓が取れたように、はっと目を開けて、姿勢を正す。
「そうだ。ここは、還らずの森だ」
「い、いや、しかし……そのお姿は……大賢者様は、ご高齢な」
「……お前は、マナを宿さず、ここまで魔法に長けた者を他に知っているのか?」
俯く男。
目を見開き、ぶつぶつと独り言を繰り返す。
「で、では、やはりあなたは……」
「お前に、聞きたいことがある。さっき、ご主人様と言っていたな。お前の元締めは誰た。誰が、こんなことをやらせている」
「……ゼロの大賢者が生きていた……急いでご主人様に知らせねば……」
俺の質問を無視して、男はゆらりと立ち上がる。
「おい、どうした」
「……そして……今国賊をここで葬り去れば、俺の出世も間違いなしだ!」
男の腕に、ライフルが顕現した。
銃口を俺の心臓に重ね、狂った笑顔を見せる。
「……なんの真似だ」
「確かにさっきの雷撃は凄かったが、耐えられぬほどではなかった!それに、子どものようなその姿、以前よりも力が落ちているはず!」
俺だって、昔は天才と呼ばれていたんだ!今までのは本気じゃない!死ね、国賊の吸血鬼!女と一緒になあ!
叫び、男は引き金を引いた。
残念だが、両方外れだ。
全く、救えない。
だが、良かったよ。
中途半端な悪人よりも、お前のようなゲスの方が。
躊躇いなく、殺れる。
「……お前の本気は、その程度か」
「う、うそだ、弾は確かに、心臓を貫いたはず……!」
弾丸は、俺の心臓を貫いた。
あえて、避けなかったのだ。
俺の身体は、空気中に漂う無限のマナによって守られている。
《マナの寵愛》
例え心臓を貫かれても、空いた穴はすぐに塞がる。
これも、俺が持つ特殊能力の一つだ。
吸血鬼の弱点である銀の弾丸も、俺には通用しない。
生半可は攻撃では、身体に傷一つ付けられない。
炎の神イフリートに、平凡な水魔法など効かぬのと同じだ。
結局、力の差を見せつけてやるには、こうするのが一番早い。
「さあ、もう全部、終わりにしよう」
「待ってくれ、は、話せばわかる!」
今更命乞いをする、男。
もう、遅い。
「――人を殺すってことはな、殺される覚悟を持つってことだ」
レーヴァテインを召喚する。
地下室の時とは比べものにならないほど、刀身に纏うオーラは鋭さを増していた。
煌々と周囲を照らす「破壊の神」
もはや光と言うより、陸に降りてきた太陽。
常夜の森が、朝に変わる。
黒に塗られた大地に、光が上塗りされる。
「――」
瞬間。
眩い閃光が満ち、大地が激震する。
男の断末魔とともに、俺たちの半径五十メートルが、更地に変わった。
「す、すごい……」
ティアは俺の後ろで、言葉を失ったように茫然とする。
それからしばらくして。
駆け足で俺の背中を抱きしめるティア。
鼻をぐずぐすと鳴らしているところを見ると、どうやら泣いているらしい。
恐がらせてしまったのだろうか。
「どうした、怖かったか?」
「……」
「ん?」
「ごめんなさい……私、あの男に……家族を……父と母と、兄を殺されて……悔しくて、悔しくて……それで……」
家族を……か。
そうか。
この子はもう、失ってしまっていたのか。
「……辛かったな」
「あいつに、何とか復讐したくて、でも、弱くて、1人じゃ何も出来なくて……」
前を向き、ティアをそっと抱きしめる。
こんな小さな身体で、一体これまで、どれほどの憂き目を受けてきたというのだろう。
ツヤの良い黒髪を優しく撫でてやると、震えは少しだけ治った。
「……それで、ジーク様があいつをやっつけて……全部終わったんだって思ったら……急に涙が止まらなくなって……」
「……」
無言でぎゅっと、抱きよせる。
ティアは安心したように、俺に身を預けた。
「そう言えば、私、泣いてばっかりですね……出会った時も、今も」
「泣き虫だな、お前は」
冗談めかして笑いかける。
ティアも、少しだけ笑顔見せた。
やっぱりこの子は、笑っている方が似合う。
「本当に、ありがとうございます。一度ならず、二度までも、命を救っていただき。……家族の仇まで、とっていただいて」
「好きでやったことだ。気にするな」
「これから、どうされるおつもりですか?」
「……そうだな。とりあえず森を抜けて、それからは昔馴染みのところにでも行ってみようかな」
王宮に直行したいのは山々だが、今の俺は国賊だ。
さっきの男のリアクションではっきりした。
どうやら俺がリシアの暗殺を企てたことは、エメリア中に知れ渡っているらしい。
ジークフリードが生きているとなっては、騒ぎが起こるだろう。
それに、この姿では本人だと信じて貰えそうにない。
とりあえず今は、落ち着ける場所が欲しい。
幸いにも、1人だけ心当たりがある。
この状態の俺を、信じてくれそうな人物に。
<心眼>持ちの、元聖女。
イリス・ラフ・アストリア。
くされ縁だが、仕方がない。
「……あの……その……私のこの身体、全て恩人であるジーク様に捧げたいのです!お邪魔でしょうか……?」
もじもじと不安気な眼差しで、ティアはそう言い切った。
意訳すると。
恩返しがしたいから、旅のお供に連れて行ってくれませんか。
こんなところだろうか。
「それは、ついて行きたいってことか?」
無言で頷くティア。
さっき、この子は家族を殺されたと言っていた。
行く当ても、ないのだろう。
ティアの黒い瞳が、不安気に揺れている。
中途半端に助けるのは、一番良くない、か。
助けたなら、最後まで面倒を見るべき……だな。
「……じゃあ、そうだな。食事係でもやって貰おうか」
ティアの表情が、ぱぁっと晴れ上がる。
それからまた、溢れ出す涙。
「本当に、本当に……ありがとうございます」
俺の腕の中、少女はしばらく泣き止まなかった。
けれど、今度は笑顔で。
笑顔のまま、泣き続けた。
「……あの、最後にもう一つだけ、お願いがあるのですが」
「なんだ」
「その……ジーク様……」
「ん?」
「たまに、で良いのですが……」
「なんだ」
「お兄様と呼ばせていただいても、いいですか……?」
「はぁ?」
「あ、その、毎回というわけではないのです……!ゼロの大賢者様相手に、失礼なことも承知しております……たまに、でいいのです」
目をキョロキョロと泳がせ、もじもじと俯向くティア。
「……似ているのです……死んだ兄と、雰囲気が」
ティアは頬を赤らめながら、上目遣いに俺を見る。
丸く大きな瞳が、俺を掴んで離さない。
「……好きにしろ」
苦笑いでそう答えると、ティアは心底嬉しそうに「はい、お兄様!」と頷いた。
……全く、やれやれだな。