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59:「食事会」




「……豪勢だな」


 目の前のテーブルに続々と運ばれてくる料理を覗き見ながら、俺は目を丸くしていた。

 色とりどりの野菜が使われたサラダや、食欲そそる匂いを薫らせる肉料理などが、長テーブルに所狭しと並べられる。

 窓から差し込む光は既に橙に色付いており、料理を暖かく照らしている。



 あれから俺とイリスは子供たちの勧めで少し仮眠を取った。

 そしてついさっき、隣の部屋から香っている美味しそうな食事の匂いで目を覚ましたのだ。

 それほど疲労は感じていなかったが、どうやら中々疲れていたらしい。

 昼過ぎには起きるつもりだったが、寝過ごしたのはもう十数年振りだ。

イリスはそんな俺を見ながら、『私が隣にいたから、安心したんじゃない?』と、やけに嬉しそうに頬を緩ませていた。

 同時に、約三十分に一回のペースでティアが扉をこそっと開けてこちらの様子を確認していたことを眉を顰めながら話し、俺は苦笑いを返すばかりだった。



「さて、料理も席も埋まったところで、いただきましょうか。みんな、用意してくれてありがとう」


 イリスはテーブルの子供たちを見まわしながら、小さく頭を下げる。

 端に座っていた小さな女の子が「大丈夫、特に今回はお姉ちゃんが手伝ってないから味も――」と言いかけて、隣の少女に口を抑えられる。

 そう言えばイリスは料理が苦手だったなと、俺は隣の席で眉間に皺を寄せる聖女を横目に見、吹き出しそうになるのを何とかこらえた。


「こ、今回はね、アリスちゃんやティアお姉ちゃんも手伝ってくれたんだよ。特にティアお姉ちゃん凄いの、包丁の使い方がとっても上手なの!」


 どこからか、話題を変えるようにそんな言葉が飛んでくる。

 俺の横に座っていたティアは少しだけ気恥ずかしそうな笑みを作る。

 ちなみに俺の右隣りにはイリス、左にはティアが陣取っている。アリスはティアの隣に座っており、さっきから俺達の様子をどこかにやけ顔でちらちらと覗き見ていた。

 今朝イリスに会った際は絶望したような表情を浮かべていたティアだったが、あれから何らかの心境の変化があったのか、今は普段の落ち着きを取り戻していた。

 

「お前、料理が得意だったのか」

「……はい。お兄様のお口に合うかどうかは……わかりませんが」

「お前も疲れているだろうに……ありがとうな」

「私は全然大丈夫です! ……お兄様が美味しいと言ってくだされば……それだけで十分です」

「……はいはい。仲睦まじい兄妹の会話はその辺にして、そろそろいただきましょう」


 ティアとの会話に、イリスが少し不機嫌そうに横槍を入れる。

 俺は苦笑いしながら「そうだな」と返事をした。

 ティアは少しむっとした顔でイリスを見つめていたが、俺は気付いていないふりをした。


「さて……みんな手を合わせて、いただき――」

「ちょっと待ってお兄ちゃん!」


 再び横槍が入る。

 今度は、孤児院で俺を最初に出迎えてくれたエリンだ。

 少女は椅子から立ち上がり、俺の方へと小走りをする。

 何事かと、目を丸くしていると――。


「……お兄ちゃん……本当に今回はありがとうございました。お姉ちゃんを助けてくれて。お礼を言うのが遅れてごめんなさい。本当に……本当に、ありがとう!」


 目の前まで来て、ちょこんと頭を下げる。

 それを合図に、他の子どもたちも椅子から立ち上がり、俺に向かって声を張った。


「ありがとう!」

「ありがとうお兄ちゃん!」

「……ありがとう」

「ありがとう!」


 胸の内に、温かいものが広がっていく。

 自然に、表情が綻んでいく。


「……こちらこそ、料理を用意してくれてありがとう。大変だっただろ?」

「ううん、全然! ティアお姉ちゃんもアリスちゃんも手伝ってくれたし、特に今日はイリスお姉ちゃんがいなかったから余計に――」


 そう言いかけた少女が、再び隣の女の子に口を押えられる。

 イリスを横目に見ると、物凄く複雑そうな顔で唇を尖らせていた。


「……私だって、私だって……」

「イリス?」

「……まあいいわ。私からも、本当にありがとうね」


 イリスは少し朱に染まった頬で、俺の方を上目遣いに覗き込む。


「いいんだ。お前が無事なら、それだけで」

「……ゼロ」


 そのまま、俺達が見つめ合っていると――。

 

「……ううっ……せ、せっかくの料理が、さ、冷めてしまいますよ!」


 今度は、ティアから横槍が入る。

 俺は苦く笑った後、「そうだな」返答した。


「さあ、みんなもう一度席に戻ろう。今日は本当にありがとう」

「……さて、じゃあ気を取り直して……」

「「「いただきます!」」」



 こうして、楽しい食事会が始まる。

 橙色に染め上げられた外の世界は、俺達の絶えない笑い話とともに、だんだんとその色を変えていく。

 俺はみんなと楽しく笑い合いながら、しなくてはならない話をいつするべきが、頭の片隅で考えていた。

 


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