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55:「イリスとジーク」




 城を後にした俺とイリスは、山道を二人で歩いていた。

 森の中は深い闇に包み込まれていて、時折遠くの方から獣の鳴き声が響く。

 ルーシェに魔法で操られていた男は操られていた影響から前後の記憶がぽっかりと抜け落ちているらしく、俺の正体にも気付いておらず、俺達に礼を言った後、城を出たところで別れた。

 イリスは何か思うところがあるのか、俺に身を寄せながらも、城を出てから口をつぐんでしまっていて、何も話そうとしない。

 だが、山道も中腹に差し掛かった頃、突然イリスは立ち止まった。

 涙で潤んだ瞳で俺の方を真っすぐに見つめ、言葉を紡ぐ。


「……人を殺して何も感じないなんて、嘘ばっかり」


 うるうると潤んだ瞳と、しかめっ面はまるで俺を責めているようで。

 俺はそんな少女に可愛らしさを感じつつ、苦笑いをしながら、「すまん」と小さく言葉を返す。


「一人で何もかも抱え込んで……背負わなくていいものまで、全部背負おうとして……本当に、あなたは不器用な人!」


 口をへの字にして、イリスはぷんと桜色の頬を膨らませる。

 朧げな月明りに照らされる少女は、思わずドキリとするほど美しくて。

 その時俺は、彼女をとても愛おしいと感じた。

 そんな俺の感情が伝わったのか、顔を顰めていたイリスは、みるみる内に頬を真っ赤に染め上げる。

 顔を背け、腕を組み、反対側に向かって声を張る。


「ちょっ……い、今はお説教の時間なんですけど!」

「すまん」

「……反省して!」

「いや、二年前より綺麗になったと思ってな。思わず見惚れてしまった。親の欲目……かな」

「――――えっ」


 ちらりとこちらを振り返ったイリスの顔は、さっきよりも遥かに赤みが増していて。

 そのまま時が止まったように、俺の方をじっと見つめる。


「……イリス?」

「もう、ばかばかばかばかッ!」


 再び時の動き出したイリスは再びプイと顔を背け、無理やりに声を張り上げる。

 俺は苦笑しながら、「すまん」と返した。


「……」

「イリス?」

「……ねえ」

「ん?」

「……も、もう一回言って」

「何をだ……?」

「に、二年前より……き、綺麗になったって……」

「二年より、綺麗になったな」

「――――ッ!」


 顔を両手で覆いながら、イリスは声にならない叫びをあげる。

 それから、まるで呪文を唱えるように、同じ言葉を何度も繰り返す。


「……違う……違う……今はお説教タイム……お説教タイム……」

「どうした?」


 俺がそう尋ねた瞬間、


「ジーク!」


 イリスは俺の名前を声高に叫び、こちらを真っすぐに見つめた。

 頬はまだ赤みが引いておらず、瞳も少しだけ潤んでいる。

 けれど、少女の表情は真剣そのもので、俺は何も言わず彼女を見つめ返した。


「あなたはいつも、一人で全部背負おうとする。あなたが背負う必要のない荷物まで、全部全部、肩に担いでいこうとする!」

「……」

「そのくせ、絶対に辛いとか苦しいとか、言わないでおこうと、固く決意してる! ……それが、唯一の罪滅ぼしだと思っている」

「……」

「あなたは世界のどこかで誰かが被っている不幸を、心の底から悲しむことが出来る優しい人……そして、その全てを救えないことも、どこかで切り捨てなきゃいけないこともちゃんとわかっている……思慮深い人」

「……」

「そんなあなたが決めたことだもの、私はそれを否定しない……否定出来るはずがない!」


 けどね、とイリスは優しく俺の頬に触れた。

 眦の端には、美しい涙の線が出来ている。


「……私は、あなたに救われた。だから私には、あなたに恩を返す義理がある」

「……イリス」

「だから、本当に苦しい時は私に――なんて言っても、どうせあなたは一人で突っ走っていっちゃうんでしょ? 知ってる、頑固者!」


 再び、イリスはぷいと頬を膨らませる。

 突然の誹りに、俺は思わず苦笑いがこぼれる。

 それから、イリスはとても優しい表情になって――


「……だからね――」

「――お、おい」


 何を思ったのか、俺の首元を両手で優しく掴んだかと思うと、そのまま自分の胸元に、俺の顔を埋めさせた。

 柔らかな感触と仄かに甘い香りに、頭が少しくらくらとする。


「……こうやって、無理やり甘えさせてあげる」

「……」

「だ、だってほら……今は私の方がお姉さんだし……? 肉体的に……」

「……」

「ちょ……ちょっと……何か言ってよ」


 自分でやっていて恥ずかしくなったのか、イリスの胸の高鳴りが、文字通り胸から伝わる。


「イリス」

「な、なに?」

「……ありがとう」

「……うん」


 優しい少女の呟きが、俺だけに聞こえてくる。


「ねえ、ジーク……今日は、月が綺麗だよ」

「……残念ながら、お前がこの腕を解いてくれないから、見えない」


 苦笑いしながら俺がそう返すと、イリスは少しだけ寂しそうに笑った。


「……じゃあ、見なくていいや」

「……なんだ、それ」

「……私にとって一番大切なことは、ジークが幸せだってことー」

「……やっぱりお前の言っていることは、よくわからないな」

「負けを運命付けられた女の矜持、よ。感謝しなさい!」

「……ありがとう、イリス」

「……うん」


 そうして夜の森に、穏やかな時間が流れていく。





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