5:「圧倒」
湿っぽい土の臭いが充満する、暗闇。
しかし、今はそれほど、暗さを感じない。
以前はほんの一メートル先さえ、はっきりと認識することが出来なかった。
だが今は、数メートル先からこちらを覗く敵の姿を、ぼんやりとだが視認出来る。
これも吸血鬼になったおかげだろうか。
「なんだ小僧、俺とやりあおうってのか?それとも、おままごとでもしようってのか?これはヒーローごっこじゃねえ、本物のコロシアイ。しかも俺は強い強いボスキャラクター。喧嘩を売る相手は選ばなきゃいけないぜ、ぼうや?」
男は、挑発するように笑う。
ライフルをこちらに構え、一歩一歩、近づいてくる。
あの銃は、ただのライフルではない。
間違いなく、マナによって具現化された神器。
高ランクの魔法使いは《神器》と呼ばれる固有魔装を顕現させることが出来る。
この間、ギルバルドが発現させた【ティルヴィング】や俺の【レーヴァテイン】がそうだ。
体内に人並み外れたマナを宿し、卓越した魔力コントロールを会得した者にのみ、使用することが出来る<神器>
生まれ持った豊富なマナと、長年の厳しい修行の末、ようやく辿り着く境地。
それが《神器》
一流の魔法使いである証。
なるほど、自分から強いと言うだけはある。
だが。
「喧嘩?殺し合いじゃなかったのか?それとも、今更命が惜しくなったか、歯抜けのライフル使い」
挑発を返す。
男は噴き出して、大笑いを始めた。
ティアでさえも、不安気な眼差しを隠せていない。
「なんだなんだ、あまりに自信満々だから心配になって鑑定しちまったけどよ、お前、体内マナがゼロじゃねえか。ゼロゼロ、ゼロ、よくその歳まで生きていられたなあ。逆に感心しちまったよ。おい落ちこぼれ、魔法が使えない身で、どうやって俺を倒すつもりだ?」
昔昔、そのまた昔。
俺の名が、エメリアにとどろく前。
奴隷から這い上がり、ある傭兵団に所属していた頃。
嫌と言うほど聞いた、その言葉。
『おい小僧。マナが0で、どうやって戦おうってんだ?まさか、素手か?』
ゼロの大賢者として名をはせて以降、長らくご無沙汰していた、その嘲笑。
まさか、再び聞くことがあるとはな。
人生、何があるかわからないものだ。
いや、今俺は人ではないのだから、人生は少しおかしいか。
そうだな。
吸血”鬼”
さながら鬼生とでも称しておこう。
「まあいい。血は随分と薄いようだが、小僧。お前も吸血鬼だ。殺して持っていけば、ご主人様もさぞお喜びになるだろう」
「吸血鬼の……いや、他人種に対する虐殺は、三十年前から法で禁じられているはずだが」
「ご主人様はとんでもなく偉い方なんだ!法などに縛られることはない!」
叫び、男は引き金を引く。
光沢を放つ黒のライフルが、激しい光に包まれる。
やはり、あれは神器。
ズドン、と。
森を駆け抜ける、爆裂音。
ティアは耳を塞ぎながら「きゃあ」と小さく悲鳴を上げる。
ゆらゆらと立ち上る、煙幕。
「ぶはははははは!どうだ吸血鬼の小僧!とっとと女を連れて逃げればよかったものを。俺にたてつくからこうなるんだ!地獄で泣き喚きながら後悔しろ!」
まだ倒れた敵を見ていないにも関わらず、勝った気になっているハンター。
男は高らかに笑いながら、静かに銃を下げていく。
「はははははははは…は……は?」
硝煙がだんだんと晴れていくにしたがって、ハンターの笑いが疑問に変わる。
倒したはずの俺が、涼しい顔で立っていたからだろう。
爆裂音に耳を塞ぎ、目をぎゅっと瞑っていたティアも、頭にはてなを浮かべている。
「あれ……私たち、生きてる」
「……地獄で泣き喚く?生憎だが、もう地獄は嫌というほど見た。煮え滾る地獄の釜も、俺にとってはぬるま湯だ」
挑発を返すと、男は再びいきり立つ。
ライフルをこちらに構え「悪運の強い奴め!」と叫ぶ。
不測の事態を、運に還元しようとしたんだ。
哀れな。
――まだ、気付いていないのか。
勢いよく放たれた銀の弾丸。
まるで時間が止まったかのように、俺の前でピタリと止まった。
「……なっ」
男は驚愕していた。
糸のように細い目が、大きく見開かれる。
死んだ人間に再び会ったような顔で、ライフルをこちらに向け、デタラメに発砲する。
俺の半径三十センチで、なおも静止する弾丸。
防御魔法で、透明の――それも、究極魔法すら通さない、鉄壁の壁を作ったんだ。
「ど、どうして……どうしてゼロのお前に、魔法が使えるんだ!それも、俺の弾丸を防げるほどの!」
後ずさりする、男。
理解不能だと言わんばかりに喚き、気圧されたように一歩、二歩、後ろに下がっていく。
「あ、あなたは……いったい」
口をぽっかりと開け、目を丸くするティア。
「……そう言えば、言い忘れてたな。俺の名は――ジークフリード・ベルシュタイン」
「ジーク……フリード……」
心当たりがあるように、思案気な表情をするティア。
顎に手を置いて、考え込む仕草。
脳に神経を集中させているのか、丸く大きな瞳を細める。
記憶の引き出しを、必死に開け閉めするように「うーっ」と可愛らしい唸り声をあげた。
「どこかで聞いたような……はっ……まさか!」
何かに気付いたのか、その表情は一変した。
顔を上げ、狐につままれたような面持ちで俺を見上げる。
口を魚みたいにパクパクさせ、驚き一色に染まった黒の瞳が、俺をつかんで離さない。
「ゼロの……大賢者」
俺は微笑みながら、こくりと頷いた。