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48:「再会 sideイリス」




――涙は、とっくに枯れ果ててしまっていた。


 広々とした地下の一室。

 私は、そんな部屋の隅っこで、膝を抱えて蹲る。

 その姿は、親を失った子供か、恋人に先立たれた可哀相な女の子か、どちらにしろ、この部屋で一番景気が悪い雰囲気を醸し出しているだろう。

 床にはふわりと沈み込む絨毯が敷き詰められていて、ベッドはちょっとした部屋くらいの広さがあって、テーブルに置かれている食事に至っては、聖女だった頃にだって食べたことがないような、そんな豪華な食べ物が置かれている。

 そんな豪奢な一室にいながらも。

 私はベッドに顔を埋めるでもなく、椅子に座るでもなく、部屋の隅っこに丸まって、叶いもしない願望に縋るしかなかった。


 涙はとっくに枯れていて。

 心も錆びついてしまっていたけれど。


 不思議とジークのことを考えていると、少しだけ頭の靄が晴れるような気がした。

 それはきっと現実逃避で。

 そんなこと、私にもわかっていたけれど。

 それでも。

 例え幻だとしても。

 彼を求めずにはいられなかった。


「……ねえ、ジーク……私まだ……あなたに言いたいこと、沢山あるよ」


 記憶の中、いつも少しぎこちない顔で笑っているあの人に、私は語り掛ける。


 えっとね……。

 まず、あなたにありがとうを言いたい。

 私を救ってくれて、ありがとうって。

 いつも素直になれない私だけれど、それでも見捨てないで、ここまで育ててくれてありがとうって。

 沢山沢山迷惑かけたよね。

 数えきれないくらい、わがまま言ったよね。

 けど、あなたはいつも、しょうがないなとぎこちなく笑いながら、私のわがままに答えてくれたよね。

 けどね、ジーク。あんまり優しいと、悪い女の人に捕まっちゃった時、大変だよ?

 もう少し、厳しくても……。

 って、違う違う。

 今は、ありがとうを言う時間だった。

 本当に、私は嫌な子だ。

 それもこれも、全部あなたが甘やかし過ぎたからだよ?


「……本当に、優し過ぎるよ」


 誕生日。毎年祝ってくれて、ありがとう。

 照れくさくて、素直にありがとうって言えなかったけど。

 本当は、凄く嬉しかったよ。

 そう言えば。

 一度だけあなたに素直にありがとうって言えた日は、誕生日だったな。

 あの時のジークの夏に雪が降ったみたいに驚いた顔は、今でもよく覚えてるよ。


「……私がありがとうを言うのって、そんなに変かな?」


 膝を見つめ、苦笑いしながら私がそう呟いた時だった。


「……そうだな。お前はいつも、ぶっきら棒だったからな。あの時は、驚いたよ」


 記憶の中のあの人が、返事をしてくれた。

 それは、如何にもジークが言いそうな言葉で。

 妄想だとわかっていても、私は少し嬉しくなって。


「しょうがないじゃない。……世の中は、好きな人に素直に好きだって言えるような、素直な子ばっかりじゃないんだもの」

「……そうだったのか。お前は……わかりにくい奴だな」

「だってさ、あなたが私のことをどう思っているのか、私には見えちゃうんだよ? 父親としてこの子を幸せにしてやろうなんて固く決意とかしちゃってる人に、女としてあなたが好きですなんて、言えないじゃない」


 飛び切り素直な言葉を伝えてみた。

 言いたくても言えなかった言葉は、堰を切ったように、尚も溢れ出してくる。


「私は、あなたが好き。ずっとずっと、前から。あなたを、愛してる」

「……イリス」

「……本当は幻じゃなくて、本人に伝えたかったんだけどね……でも、今が我慢する。だからもう少しだけ、私の話を聞いて?」

「……わかったよ。好きなだけ、言え」


 苦笑いをしながらジークが後ろ髪を掻く姿が、記憶の中、鮮明に蘇ってくる。

 記憶の中……というより、その言葉は何故か後ろの方から……入口の扉の方から聞こえた気がしたけれど、きっと妄想だけじゃなくて幻聴まで作り出したんだと、私はあの人と同じ苦々しい笑みを浮かべた。


「えっとね……本当に、私はあなたに会えて幸せです。優しくて、カッコよくて……でも、ちょっとだけ不器用で……いつも少しだけ言葉が足りない、そんなあなたが好きです」


 ……こんなんじゃ、足りない。


「いつも素直になれなくて、あなたにわがままばかり言った私だけれど、側に置いてくれて、ありがとう。……実は寝ている間に、あなたにキスしたことあるんだけど……気付いてた?」

「……それは、初耳だ」

「そっか。気付いてると思ってたんだけど……本当に、肝心なところでいつも鈍いね」

「ほっとけ」


 ……まだまだ、言いたいこと。

 言えなかったこと、沢山ある。


「あなたは私の人生で、一番大切な人です。私にとって、ジーク以上に大きな存在になる人は、きっと、出てこないと思う。……本当にあなたのことが、好きでした」


 そう言い終わった時、目頭が急に熱くなった。

 瞼の淵から、乾ききったと思っていた大粒の雫が、再び溢れ出してくる。

 

「……言いたかったよ……言いたかった……伝えたかった。ねえ、どうして……どうして私より先に、いなくなっちゃったの?」


 言葉より先に、感情はあふれ出して。

 

「全部全部……ちゃんとジークに伝えたかった……。でも、言えなかった……言えなかった」


 上ずって震えた声は、後悔を吐き出しながら、留まることを知らない。


「……俺は、ここにいるぞ。イリス」

「ううん、もう死んじゃったの。それくらい、私でもわかってる」

「……お前の中のジークフリードは、簡単にくたばるような奴か? あいつは、捕まったお前を置いて地獄に行ってしまうくらい、無責任な奴なのか?」


 幻は、幻の癖に、ボロボロになって尚も塞がっていない私の傷を抉るように、そんな言葉を投げかける。

 信じたくなんかなかった。ジークが死んだなんて、信じたくなかった。

 けれど、それが現実なんだから、仕方ないじゃない。

 私はジークが馬鹿にされたような気がして、声を荒げてしまう。


「あなたにジークの何がわかるの……馬鹿にしないで! ……仕方ないの……死んじゃったんだから……仕方ないの……」


 涙は、もう、止まらなくて。

 ぐしゃぐしゃになった酷い顔で、私は膝を抱えて蹲る。


「……もう、放っておいて……幻は、もういらない……」


 そんな時、苦く笑う息の音と一緒に、肩に何か触れたような気がして。

 丸まった背中を、誰かに抱きしめられているような感触がして。

 私が大好きだったあの人の匂いが、確かに薫ってきて。

 私は思わず、くしゃくしゃになった顔を持ち上げる。


「……え……嘘……嘘……」

「待たせて、すまない」


 そこにいたのは――間違いなく彼で。

 けれど、最後に見た姿とは随分違っていて。

 私は、なにがなんだかわからず、時が止まったように、固まるしかなかった。




ついに二人が再会しました。

(そして、もうじき新しい告知が出来ると思います……!)


ティアのカラーイラストです!

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