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44:「それぞれの思惑」




 周囲に対する警戒を絶やさず、俺は城の敷地を内部へと進む。細心の注意を払いながら黒のコートを靡かせ、闇夜に擬態するように、身を隠し進んでいく。


 だが、門番が不在だったように、敷地の中にも人影は一人も見えなかった。

 気味の悪さを感じつつ、罠である可能性も考慮して、それでも周囲に対する警戒は怠らない。

 けれどそんな俺を嘲笑うかのように、城の目の前に辿り着くまで、結局見張りらしき人間と出会うことは一度もなかった。

 人間と限定したのは、例の黒い何かを遠くに感知することはあったからだ。

 屋敷を歩き回る不気味な生物は、あれから何度か見かけた。

 勿論、気付かれないうちに早急にその場を離れ、あれから一度も戦闘をすることはなかったが……。

 まあ、いい。今考えても、答えは出ないだろう。


 それより――


 俺は目の前で屹立する赤煉瓦の古城、その最上部で天を突く塔を見上げながら、思考を巡らせる。


「上も目指すか……それとも」


 幸運にも、ここに来るまで一度もこの城の住人とは会わなかったが、内部はこう上手くいかないだろう。

 城の住人が、待ち構えているはずだ。


 ……イリスが捕らえられているのは、この城の上か、下か。

 城の上部か、それとも地下か。


 敵に俺の存在を気付かれ、イリスを救いに来たという意図に気付かれた場合、この選択を誤ると、全て後の祭りになる可能性もある。

 俺がもたついている間に、敵にイリスを連れて逃げられると、すべて水の泡だ。


 サクラの父親を救出に向かった時は、拷問の最中、決して部下に邪魔をさせないというグランヴァイオの特殊な性質に救われたが、今回はそう上手くいかないだろう。


 もし外れを引いたら、敵にイリスを連れて逃げられると考えたほうが良い。


 さあ……どうする。


 物陰で思案する。



 すると、不意に昔イリスとした会話が浮かび上がった。




『十四歳の誕生日、おめでとう。イリス』

『……もしかして、このために今日は仕事を早く終わらせてきたの?』

『誕生日は、大事だろ?』

『……けど、本当の誕生日じゃないよ。……本当に十四歳なのかも、わからないし……って、そんな悲しそうな顔しないでよ。私が悪いみたいじゃない』

『お前と出会ってから、ちょうど五年だ……時間が経つのは早いな』

『本当……早いね』

『珍しく意見があったな。嬉しいぞ、イリス』

『……からかってるの?』

『本心だよ』


 俺が苦々しく笑いながらそう言うと、不機嫌な顔を覗かせていたイリスは、含み笑いをした後、急に穏やかな表情になって――


『……あの何もない地下室から私を救ってくれて、ありがとう』


 突然柄にもなくそんなことを言い出した。

 不意に発せられた感謝の言葉に狼狽して、何か企んでいるのかと、俺は眉間に疑いのしわを寄せてしまう。


『どうした、急に……』

『たまには、私も素直になるわ。……でも、どうしてだろう』


 イリスは小さな顎に手を置き、小首をかしげ、悩まし気なポーズをとる。


『私の人生、いつも肝心なところで上手くいかないみたい。それもこれも、多分全部あなたのせいだよ、ジーク』

『……?』


 唐突に謂れのない責めを受けた俺は、疑問符を浮かべるばかりで。

 そんな俺に、イリスは深いため息で応じる。


『あの地下に来たのがもう少し若い人だったら……私の人生も少しは違ったのかなー……なんて』

『悪かったな、おじさんで』


 苦笑いしながら俺が髪をかき上げると、また、イリスは深くため息を吐く。


『……全然、おじさんも悪くないんだけどね』

『お前の言っていることは……いつもよくわからないな』

『ジークって、意外と人付き合い下手だよね……得意そうなのに』


 言いながら、何故かイリスは想い人と秘密を共有した少女のような表情で、嬉しそうに笑って。


『ま、わざわざ地下室までやってきて、女の子を助けちゃうような人なんだから、しょうがないか』

『……褒めてるのか、それ?』

『内緒』




 あれは、イリスの十四歳の誕生日。

 当時俺たちの仲は既に拗れていたが、あの日だけは、親子らしい会話が出来ていたと思う。


 地下室から私を救ってくれてありがとう……か。

 考えてみると、誰かを助けた場所は、決まって日の当たらない闇の中だ。


 そうだ、な。

 オカルトを信じる趣味はないが、今回は自分の勘にかけてみるか。


 地下室を目指してみよう。

 そして、もう一度、あいつを救ってやろう。

 若返った俺だったら、今度こそ、あいつも文句は言わないだろう。



☆★☆



side:???



 夜だというのに蝋燭の灯り一つ灯っていない塔の最上部で、銀髪の女は窓に寄りかかりながら、屋敷の敷地を睥睨していた。


 腰のあたりまで伸びた妖しい銀の髪に、艶っぽい唇。

 そして、この世のものとは思えないほど完璧に配置された顔のパーツは、まるで造り物のような、空虚で冷たい美しさを感じさせる。

 年齢は二十代前半だろうか。

 隆起した胸元とくびれた腰つきは、血のように紅いドレスと相まって――


「見る者に最上の喜びを与える……なんてどうかしら?」


 銀髪の女は、背後に佇んでいた長身の男を振り返る。

 男は表情を一切変えず、獣のように鋭い眼光を崩さぬまま、小さくこくりと頷いた。


「……異論はありません」

「そう。やっぱり真に美しいのはこの私よね……あんな、小娘じゃなくて」


 妖艶に微笑むその女の表情は、確かな狂気を孕んでいて、人々に悍ましさを感じさせるには十分過ぎるほどの凄惨さがあった。

 だが、やはり男は一切表情を変えず、淡々と業務報告をする。


「……鼠が一匹、紛れ込んでいるようですが」


 銀髪の女は心底うんざりしたように、ため息を吐く。


「知っているわ。知っていて、泳がせているの」

「……意図が読めませんが」

「持ち上げてから、落とす……それが悲劇の基本でしょ?」


 女は手のひらを頬に合わせ、恍惚とした表情を浮かべる。

 背筋が凍りそうなほどの、病的なまでに興奮した面持ちだが、やはり長身の男は一切感情を見せない。



「……お姫様を救ったと勘違いしたところで、一気に地獄へ叩きこんであげるわよ……ぼうや」



 女は死刑宣告でもするように、凄惨な表情で笑った。

 その判断こそが、自身を地獄の底へ叩き落とすことになるなんて、想像すらしていないという雰囲気で。





発売日、決まりました。

角川スニーカー文庫様より、2018年4月1日発売です。


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