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43:「城内」




 だんだんと城へ近付いていくに連れ、俺はある違和感を覚え始めた。


「……門番が、いない?」


 石造りの高い城壁に囲まれた、カークライドの城。

 周囲をぐるりと石畳に囲われ、天に向かって塔の先端が付きだしているその要塞の侵入口は、恐らく他の城と同様に、正面にある城門だけだろう。

 入口がいくつもあると、その分警備もし辛くなる。

 故にこの手の城は、目に見える侵入経路を一つしか持たないのが一般的だ。周囲にセンサーの役割を果たす結界を張り、入口を一つに固め、そこに見張りを置く。

 このような手段によって、貴族達は城の安全を確固たるものにする。


 結界によって目視出来ない侵入者を感知。

 そして見張りを置くことで、センサーをすり抜けてきた賊を人力によって発見する。

 網を二重に張ることによって、侵入者を見逃す可能性を限りなく小さいものにするのだ。


 しかし、どうやらこの城の城門には、門番がいないらしい。

 闇の中めらめらと松明の燃える城の入口には、開け放たれた門がどっしりとその存在感を外に示しているだけで、周囲に人の姿を確認できない。

 見逃してしまったのかと思いマナを探知してみたが、城門を警備出来そうな距離からは、人の気配を感じなかった。


 一体、どういうことだろう。


 よほど結界のクオリティーに自身があるのか。

 それとも……。


 思索に耽りながら、俺はだんだんと距離を詰めていく。

 城を囲む城壁が、だんだんとその存在感を増す。

 闇の中、降り注ぐ月光を微かに反射させている結界の薄膜が見え、俺はその前にしゃがみこんだ。


 結界を構築しているマナは、結界を張った張本人のマナとリンクしている。

 あからさまな異変が起これば、敵に俺の存在を感付かれるだろう。

 最短かつ最小。

 蚊が人間の血を吸うかの如く、一瞬で内部に侵入してしまうのが望ましい。


「……ディサイファリング」


 結界の薄膜に右手をかざす。

 ガラスのように透明だった結界が、仄かに幻想的な青を帯びだす。


 結界を取り除くためには、暗号のロックを解除してやる必要がある。

 通常、鍵を開けるには結界に施された特殊な魔術コードに対し、正しい回答を送らなくてはならない。

 金庫の暗証番号を入力するようなものだ。

 暗号は結界の奥底に眠っており、張った当人にしか知りえない。


――だが俺は、微細な魔力操作によって、この暗号を盗みだす。


 瞬間的に、極少量のマナを流し込む。

 結界の内部に侵入させたマナを操作し、針に糸を通すように、内部を探っていく。

 これは、俺が体内にマナを持たないがゆえに可能なやり方だ。

 空気中には無限なマナが存在し、絶えず結界とも触れ合っている。

 結界と接触しているマナを使うに限り、敵に怪しまれることはない。


「……見つけた」


 暗号を入力する。

 俺の目の前に、人が一人通れる程度の穴がドーム状の結界に出現した。

 どうやら、問題なく侵入できそうだ。


 門番の件は少し気がかりだが……かといって、俺が出来ることは何もない。

 それに、ぐずぐずしていると相手に気付かれる恐れもある。

 敵の本拠地に乗り込んでいる以上、油断は禁物だ。

 俺は湧いてくる思案に蓋をし、結界をくぐった。

 数秒後、侵入を許した結界は何事もなかったかのように、自らの穴を塞ぐ。


 生い茂る樹々に身を隠しながら、城門を目指す。

 燃え盛る松明の炎が訪問者を歓迎する城の正門を一直線に目指し、だが周囲の警戒を怠らぬよう細心の注意も同時に払いながら、俺は草木をかき分ける。


――異変に気付いたのは城門に接近し、正門から伸びる石畳によって、身を隠す草木が途絶えた時だった。


 ……なんだ、あれは。

 いや……あれは、あの時の。


 半歩飛び出た右足を引き、俺は再び身を隠す。

 視界に映ったのは、イリスの元へ向かう最中に突如として出現した、例の黒い何かだった。


 結界が存在する以上、外部からの侵入は不可能なはず。

 熊のような体躯を持つ、黒い何か。

 なんとなく怪訝には思っていたが……やはり発生源はこの城、か。


 どこからともなく現れたそれは、低く言葉にならない不気味な唸り声をあげながら、ふらふらと法則性のない動きをする。


 ……大方、何らかの実験の最中に出来た失敗作、か。

 それとも未知の魔法生物、か。

 とりあえず、気分が良くなるものではないだろう。


 身を潜め、じっと奴の動きを観察していると、不意に謎の生物は覚束ない足取りでこちらの方へ進路を取った。


「……ぉ……ぉ……」


 振り子のように左右に揺れながら、黒い何かは俺が身を隠す茂みに向かって歩を進める。

 背後から照らす燃え盛る松明の炎と相まって、暗闇に燦々と映し出されるぼやけた奴のシルエットは、一層不気味に映り込む。


 俺は、喉をごくりと鳴らした。

 奴の動きに規則性はない。

 よって、俺の存在に感付いたわけではないだろう。

 偶然選ばれた進行方向が、俺の居場所と被っていただけだ。

 意思の疎通が出来そうにないその生物は、酔っ払いのように、千鳥足でこちら側に近付いてくる。


 衝突は、避けられそうになかった。


 ……仕方がない、斬るか。


 俺は腰を更に屈め、臨戦態勢に入る。

 こいつが管理された存在であるならば、俺の存在が向こうに露見する可能性もあるが……今更逃げることは不可能だ。

 それに昼間の行動を考えると、奴に見つかれば、追いかけられると考えるのが自然だろう。

 だったら今ここで、最短で仕留めてしまうのが、最も合理的。


 ゆっくりとこちらに近付いてくる奴を座った瞳で見据え、俺は右手にマナを集中させる。


「……悪く、思うなよ」


 奴が茂みに足を踏み入れた瞬間。

 俺は微細なマナの粒子を、硬質なブレードに変化させる。

 何もなかったはずの右手から、ズオンと真っすぐに剣が伸び、奴の分厚い体躯を貫く。


「……ぉ……ぉぉぉぉぉぉ……!」


 突然自らの身に起こった悲劇に、黒い何かは喉の奥をじりじりと鳴らしたような断末魔の声を上げた。

 身体を貫いた剣と、俺の方を交互に見る。

 熊のような体躯を形作っていた黒い何かは、そのまま塩をかけられたナメクジのように、身体をドロドロと溶かしていく。

 むわっと。ヘドロに似た不快な臭気が立ち込め、俺は顔を顰めた。

 周囲に滴る黒い液体は、丁寧に磨かれた石畳を真っ黒に染め上げ、奴が死んだという確かな痕跡を刻む。


「……急ぐ、か」


 俺は頬に付着した還り血を舐めとり、急ぎ足で門の中へと侵入する。

 奴の体液は、昔奴隷だった頃に呑んだ泥水のような、不愉快な味がした。





遅くなりました……!

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