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42:「古城」




 両足にマナを纏った俺の体は、砂埃を舞い上げながら勢いよく滑空した。

 全身を覆う薄膜のような圧力が極限まで小さくなり、周囲の景色を高速で押し流す。


 それに伴って、意識も加速する。


 夜の闇に紛れ、研ぎ澄まされた刃のように森を覆う重たい空気を切り裂きながら、俺の意識は極限まで高速化されていた。

 周囲の景色がだんだんとスローに感じられ、障害物である木々達に進路を阻まれることなく、俺は体をその僅かな隙間に押し込んで、出力を維持し続ける。

 時折尖った木々の端が触れ肩口に切り傷を造ったが、極限まで高められた集中力と空気中に漂うマナによる回復によって、俺は意識の加速を切らさずに済んだ。


 イリスの住んでいる山をあっという間に通り過ぎ、俺は草原へと降り立つ。

 障害物も何もない、草花が揺蕩うだけの平地だ。

 全身は更に加速を強化する。


 地面に穿ったような跡を残し。

 ただ昼間見た城だけを目指して、低く構えた全身は夜の闇に薄青いラインを描いていく。

 知覚は更に加速され、いつしか俺は周囲の音が聞こえなくなっていた。


 聞こえるのは――昔イリスと過ごしたあの時間に、彼女が俺に話した言葉だけ。


 俺達が最も幸福だった時代に、あの子から言われた。

 まだ手足が棒きれのように細くて、胸だって薄っぺらかったあの子に。

 まだ心から人を信じきれないような目をしていた時の、あの悲しい少女に。

 出来の悪い人形のような、ぎこちない表情で言われた――




『なに……これ……?』

『……悪いな、女の子が何が欲しいのかなんて、俺にはよくわからないんだ。気に入らないんだったら、すぐに別のを……』

『……いい』

『ん?』

『……これで……いい』

『そう……か』

『これ……――に……似てる……』

『……すまないイリス。今、なんて言ったんだ』

『お――さんに……似てる』




 あの時イリスに渡したのは、俺が南方の国へ出張った際に偶然通りかかった露店で買った、今思えばとても女の子が喜ぶとは思えない、綿と雑な裁縫で作られた騎士の人形だった。

 けれどイリスはそれ以来、俺が与えた人形をずっと肌身離さず抱きしめていた。


 当時外交関係のごたつきで俺は仕事が忙しく、なかなかイリスが起きている時間に王宮に設えた俺達の部屋に帰れずにいた。

 そんな時。深夜になって俺が家に戻ると、イリスはいつもあの人形を抱きしめながら。

 椅子に腰かけうつらうつらと眠っていたことが、記憶の中で反芻する。


 ……どうして今更そんなことを思い出したのか。

 それは――あの孤児院


 イリスを元気付けるため、幼い子供たちが懸命に飾り付けた、あの孤児院の廊下。

 ドアを開けた際に俺の瞳に映った、並べられていた人形たち。

 その中の一つ。

 明らかに年期の入った、古ぼけた人形。


『……お父さん……』


 ……椅子に腰かけ、眠る少女の涙を。

 俺と重ね合わせた人形を思い切り小さな胸に抱きしめながら。

 うなされる少女の寂しさを思い切り吸い込んだあの人形が。

 不格好な騎士の人形が。


――確かにそこに置いてあったからだ


「……本当に、いつまで持っているんだ、お前は」


 誰にも聞こえない呟きが、草原の闇に溶ける。

 イリスがだんだんと歳を取り、俺たちの関係が拗れた後も。

 あの人形だけは、いつもあいつの側にあった。

 あいつが聖女になり、俺の部屋を出て行ってからは見てないと思っていたが……。

 なるほど、しっかり持って行っていたらしい。


 ……本当に、よくわからない奴だ。


 今頃イリスはどうしているだろうか。

 城の中で一人、先の見えない不安に震えているだろうか。

 もしかすると、子供のようにめそめそと泣いているかもしれない。


 早く、助けてやらないと、な。



☆★☆



 カークライドの城が現れたのは、それから数分と経たず。

 加速している最中に思い出したイリスとの昔話が、まだ脳裏に色濃く残っている時だった。

 山に踏み入いってしばらく。

 前方に屹立する城を確認した俺は、静かに速度を落とす。


 距離は目視だが、数十メートルといったところだろう。

 生い茂る木々の向こう側。周囲よりも一段高い場所に居を構える古城。


 月の光だけが旅人を導く闇夜の中にぼおっと浮かび上がる、要塞のような城。

 どうやら中には誰かいるようで、仄かな暖色系の薄明かりが均等に配置された幾つもの窓からぼんやりと漏れていた。



 俺は城の主に気付かれぬよう、草木をかき分けながらゆっくりと慎重に進んでいた。


 あの中にイリスが捉えられているにしても、無用な争いは避けたいからだ。

 堂々と城に踏み込み、襲い掛かる敵を薙ぎ払うのは容易い。

 だが、それではイリスを助けるという今回の目的が達成できない恐れがある。

 敵に俺の意図が気付かれた場合。

 イリスだけを連れ出して逃げられる可能性がある。

 雑魚と争っている間にお姫様に逃げられてしまうのでは、元も子もない。


 それに、恐らくこの城の周囲には結界が貼られている。


 周囲に広がるマナの雰囲気が城の周囲だけ微妙に違うのは、結界が貼られているせいだろう。

 結界に触れた瞬間見張りが気付き、俺の存在が向こうに伝わるという具合だ。

 まずは、結界を解除しなければならない。


 ……結界を間近で見たわけではないので何とも言えないが。

 ただの古城のセキュリティーにしては、やけに強固なものと雰囲気が伝える。


 ……とは言っても、俺にかかればなんということはないがな。


 あいつを救う最も効率の良い方法は、敵に俺の存在を気付かれぬままイリスを見つけ出すことだ。


 ……まあ最も、首謀者であるあの銀髪の女を許すつもりはないが、な。

 黒い鷹がイリスを攫った真意や、吸血鬼の研究については。

 イリスを助け出した後、ゆっくりと問い詰めさせてもらう。


 まずはイリスの救出を最優先し、それから首謀者たちを一網打尽にしてやろう。



 俺はカークライドの城へ歩を進めながら、聳え立つ古城を黒い瞳で睨みつけた。

 吸血鬼になったせいか。

 暗闇の中遥か前方に浮かび上がる巨大な城が、やけにはっきりと瞳に映った。





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