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41:「ティア」



 俺が夜空と睨み合い、そう断言した時。


「あ……あの!」


 少し遠慮がちに、けれど張り出した声で、ティアはこちらに一歩踏み出した。


「どうした?」

「私、ここで待ってます……お兄様が待ってろというなら、いつまでだって、待っています……!だから……」


 こちらを見上げながら、ティアは伏し目がちに視線を逸らす。

 小さな拳をぎゅっと握り締め、地面と見つめ合いながら、静かに答えた。


「……必ず、帰って来てくださいね」


 俯く少女の肩は、小さく震えていた。


 ティアとは出会った時から今まで、常に一緒にいた。

 サクラの父親を助けた時も。

 ここに来る最中も。

 この子はずっと俺の側にいた。

 よく考えると、離れるのはこれが初めて、か。


 ティアが家族を殺されたのは、ほんの数日前だ。

 家族を失ってから、まだ日が浅い。

 それなのに、ティアはそんな悲しみを感じさせないように、今まで気丈に振舞っていた。

 ……でも、本当はやはり、心細かったのだろう。


 俺を兄と呼び、いつも後ろにくっ付いてくる、可愛らしい少女。

 ……家族を失った、独りぼっちの吸血鬼。


 俺がイリスの元へ向かうと知って。

 敵の元へ乗り込むとわかって、急に不安になったのかもしれない。

 ……もしかしたら帰って来ないかもしれないと、恐怖したのかもしれない。


 俺はティアに歩み寄り、俯く少女の髪を優しく撫でる。

 下を向いたまま、ティアは涙を堪えるように大きく瞬きをした。


「……大丈夫だ。俺は負けない。必ず帰って来る」


 笑いかけると、ティアはふっと頭をもたげる。

 けれどその表情は、安心した……というより、何処となく不満気で、欲しかったのはその言葉じゃないと文句を言いたそうな雰囲気だった。


「……うう……」

「どうしたティア……?」

「……お兄様が負けるなんて、そんなことは私、全く思っていません……お兄様が、負けるわけはありません!」

「だったら……」

「必ず帰って来てくださいの意味は……意味は……」


 ティアの視線がキョロキョロと泳ぐ。

 吸血鬼の少女は頬を少し赤らめながら、言いにくそうに唇を噛んだ。


「……その……ほ、他の女の人とお、お遊びになるのも構いませんが……さ、最終的に……わ、私を選んで欲しいと……」


 ボソボソと、聴こえるような聴こえないような声で、ティアは何かを呟く。


「ん?」

「……と、とにかく!最終的に私の元へ帰って来て欲しいという意味です!!」


 恥ずかしさを紛らわすように、ティアは叫びながら断言する。

 いつの間にか顔は真っ赤に紅潮していて、頭から湯気が出ていた。


「最終的に……?」


 一体、どういう意味だ。

 俺たちの様子を横から見ていたアリスは、少し気の毒そうな顔で苦笑いをする。


「あー……お兄ちゃん」

「どうした、アリス」

「多分お姉ちゃんは、イリス様にお兄ちゃんが取られるかもーって思ってるんだと思うよ」

「あ、アリスちゃん……!」

「俺が、イリスに取られる……?」

「そう。……このまま再会して、イリス様とくっ付いちゃうんじゃないかーって、心配してるんだと思う」

「……うう……」

「お兄ちゃんに捨てられちゃったらどうしようって、お姉ちゃん悩んでるんだよ」

「……アリスちゃん……言い過ぎです……」


 顔を真っ赤に染めながら俯くティアは、図星です、という表情をしていた。

 俺は苦笑いしながら、ティアの美しい髪をもう一度撫でる。


 俺がイリスに取られる……か。

 この子は、そんなことを思っていたのか。


「安心しろ。……お前は俺の大切な妹だ。途中で捨てたりなんかしない……何があっても最後まで守り抜く……お前がそう望む限り、な」


 俺がそう笑いかけると。

 ティアは魂が抜けたような瞳で、ぽっかりと俺を見上げた。


「……え?」


 俺たちの間に、沈黙が流れる。

 それから程なくして。

 少女の上ずった声が、静謐な森に響き渡る。


「そ……それはその……」

「ん?」

「最後まで、私と一緒に居てくれる……ということですか……?」

「ああ、お前が望むなら、な」


 再び、少女に笑いかける。

 ティアはあわあわと後退りして


「ふ……不束者ですが……よ、よろしくお願いします……!」


 勢いよくお辞儀をした。

 それからティアは真っ赤な頬を両手で挟みながら、独り言を繰り返す。


「最後まで守り抜く……大切な妹……あ、いや、ここは大切な”人”じゃないことを悲しむべきなんでしょうか。あ、いや、でも、最近は妹とも恋愛感情が芽生えることもあると聞きますし、お兄様もそのタイプなのかも……今はアリスちゃんたちが見ているから、照れ隠しに妹と言った可能性もあります……!」


 さっきまで固かった表情は完全に緩みきっており、あからさまにニヤけていた。


「よくわからないが……とりあえず、安心したか?」

「はい……!」

「じゃあ今度こそ、行ってくるな」


 もう一度ティアの髪を押し撫でると、少女はポーッとした表情で、気持ち良さそうに目を細めた。

 俺はエリンと名乗った孤児院の少女に、優しく声をかける。


「……あー、エリン。今から俺はイリスの元へ行ってくる。帰るまで少し時間がかかると思うから、それまでこの子たち二人を家の中に入れておいてくれるか?」

「……本当に、行くの……?イリスお姉ちゃんは、とっても強くて、でもこの前来た悪い人たちは、お姉ちゃんと同じくらい強そうだった……お兄ちゃん……」


 心配げな眼差しで、エリンは俺を見上げた。

 イリスは元聖女であると同時に、エメリアでも有数の魔法使いだ。

 特Aクラスか……下手をすると、Sランクにも届いているかもしれない。

 そんなイリスを攫いに来るんだ。

 敵は間違いなく、一筋縄ではいかない相手だろう。


――俺で、なければ。


「……俺の心配をしてくれるなんて、エリンは優しいな。けど、大丈夫だ。万が一にも、俺が帰って来ないことはない」

「信じて……いいの?」

「ああ、必ずイリスを取り返す。お前たちは食事の用意でもして、それを待っていてくれ」


 笑いかける。

 その瞳にはまだ不安の種が残っていたが、それでも少女は俺をじっと見つめながら、小さくこくりと頷いた。


「よし、偉いぞ」


 茶色の髪を優しく撫でてると、エリンは少しだけ笑顔を見せた。



 さて……行くか。

 ゆっくりと瞼を閉じ、意識を集中させる。

 空気中に漂うマナを、両足に凝縮させる。

 闇の中。

 俺の足元がまるで蛍火のように、淡く輝き出す。


「待っていろ……イリス」


 俺は、飛ぶように、駆け出した。





次回の更新も出来る限り早くします……!

しばしお待ちください……!

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