表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/65

4:「目覚め」



「お目覚めですか!」


 これは、夢だろうか。

 俺は、死んだはずだ。

 吸血鬼の娘を助けるために、自らの血液を、全て差し出したはず。


 それなのに。

 どうして目の前に、少女がいるんだ。


「よかったです、目が覚めて…!」


 少女の目は、涙で潤んでいた。

 俺の身体にまたがりながら、よかったよかったと繰り返す。

 ……やはり、少し重い。


「……すまんが、どいてくれないか」


 喉の調子が悪いのだろうか。

 耳に響く自分の声が、いつもと違うように感じられる。

 普段は、もう少し深みのある俺の声。

 どういうわけか今日は、いつもよりだいぶ高い気がした。

 例えるなら、そう。

 変声期が終わってまだ日が浅い、十代半ばの少年のような声だ。


「あわわ、申し訳ありません!」


 転がり落ちるように俺から降りる少女。

 目をきょろきょろと泳がせ、的を射ない言い訳を繰り返す。


「あの、その、眠っておられる間に、身体を使って温めていたのです。その、決して変なことをしていたわけでは」


 何故か、顔は真っ赤に染まっていた。

 俯きながら、上目遣いでこちらを覗く。


「……いや、そんなことはどうでもいい。一体何が起きたのか、そっちを説明してくれないか……俺は、死んだんじゃなかったのか」


 少女はこほんと咳をした。

 それから「気を確かに聞いてください」と前置きする。

 まるで、患者に余命宣告をする時の医者のようだ。


「……私の命の恩人様。あなたは、吸血鬼になってしまったのです」

「は?」


 吸血鬼になった。

 一体、どういうことだ。

 俺は死なず、吸血鬼になったということか。

 何故。


 予想だにしなかった告知。

 思考の整理がつかない。



 俺は立ち上がった。

 急いで、身体を確認する。

 鏡がないので正確にはわからない。

 だが、肌艶が多少良くなっていることを別にすれば、いつもの俺の身体だった。


 ……いや、違う。

 普段より、手が、足が、指先が、ひとまわり小さくなっている気がする。


 気のせいか?


「驚かれるのもわかります。私としても、これは完全に予想外でした」


 落ち着きを払った、少女の声。


 いや、待てよ。

 そう言えば、聞いたことがある。

 吸血鬼は血を吸った人間を、吸血鬼に変えてしまう力がある、と。


「……血を吸った者を吸血鬼に変えてしまう力がある、か」


 確かめるようにそう問うと、少女は小さく首を縦に振った。

 肯定、だ。


「その通りです。ただ、本当にぎりぎりでした。私は、吸血鬼としては半端者です……あなたの目が覚めない可能性も、十分にありました」


 吸血された人間が、誰しも吸血鬼になるわけではない。

 俺が生き残れる確率は、5パーセント以下だった。

 少女はそう付け足す。


 なるほど……昔、腐れ縁の聖女に貰った加護。

 あれのお陰かな。


 俺は、苦笑いした。



「それと、実はもう一つ伝えなくてはいけないことが」

「なんだ?」

「……あの、どうやら若返っておられるようなのです」

「は?」

「初めて会った時も、渋くて素敵でしたが、こっちも……は!私は一体何を言っているのでしょう!」


 少女はポコポコと、自分の頭を叩く。


 若返っただと。

 そうか……さっきから感じていた違和感は、それか。

 一回り小さく感じる身体。

 そう言えば、随分と体が軽い。

 


「……おそらくですが、私を通して吸血鬼の血が体内に入り、細胞が活性化され、若返ったのだと思われます」


 なるほど。

 吸血鬼の血には不老不死の力があるとは聞いていたが。

 若返りの作用もあるのか。



「髪の色も、変わっているようです。前は美しい金髪でしたが、今は真っ黒になっています」


 そう言えば。

 視界に現れる髪の雰囲気も、いつもと違う。

 暗くてはっきりとはわからないが、なるほど、髪の色が変わっているのか。


「それも、吸血鬼の血と関係が?」

「……はい、人が吸血鬼になる時。血を吸った吸血鬼の外見的特徴を引き継ぐと聞いています。今回は、私の黒髪を引き継いだのでしょう」

「吸血鬼は皆、黒髪なのか?」

「いいえ、一口に吸血鬼といっても、多種多様です。金髪もおれば、銀髪もおります……そこは、人と一緒ですね」


 今回は、偶然この子が黒髪だっただけ、か。


「今、私達には同じ血が通っています……。言うならば、私達は兄妹」


 少女は俺の胸筋に、そっと掌を這わせる。

 目を閉じて、柔らかな身体を俺に預け、囁く。


「……本当に、生き残ってくれて、ありがとうございます」


 ぬくもりを、命ある証を確かめるように、少女は俺の胸に顔を埋める。

 よかった。よかった。

 何度も何度も繰り返す。



「……そう言えば、自己紹介がまだでした。私はティアと言います。あなたの、名前は――」


 その時だった。


 ズドンと。

 俺たち2人に横槍を入れるように。

 けたたましい銃声が鳴り響いた。


 銀の弾丸は、俺たちの真横にあった木の幹を抉る。

 メキメキと音を立てて、真っ二つに倒れる樹木。




「……なんだ、仲間が1人増えてやがる。そのガキも吸血鬼なのかあ、お嬢ちゃん?」


 黒の外套。

 深く被ったフード。

 右手には、ライフル。


 闇の中から現れたのは、見るからに怪しい男。



「……そんな、結界を張っておいたのに……」


 白い肌が、青ざめる。

 男を見つめ、小刻みに震えだすティア。



 胸元にあった傷。

 血だらけで倒れていた少女。

 右手のライフル。

 吸血鬼を殺す、銀の弾丸。


 パズルのピースが符号する。

 形作られる、一枚の絵。




「……なぁ、もしかして、お前が倒れていた原因は……こいつか」


 俺の腕の中。

 怯えきった瞳で震えるティアは、静かにかぶりを振った。



「……この男は、凄腕のヴァンパイアハンター……逃げましょう……早く……!」


 少女は小さな手で、俺の腕を掴む。

 早く早くと、表情を不安と焦り、恐怖で染め上げ急かす。


 そう言えば、聞いたことがある。

 吸血鬼の生存を信じ、未だに彼等を追っている人間が存在する、と。


 胸の底に、ふつふつと怒りが湧いてくる。

 集積される、マナ。

 以前の自分とは、比べ物にならない。

 これが、全盛期の身体か。


 腹に刻まれた呪印は。

 ギルバルドに敗れた証は。


 一瞬で消え去った。



 俺は、首を横に振る。



「少し、確かめておきたいんだ」

「……えっ?」



 射殺すような眼差しで、俺は男を睨みつける。

 ハンターは薄気味悪く、ニヤリと笑った。




「――自分が今、どれくらい強いのか」




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ