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38:「孤児院」



 ラザロの山を登り始めてからしばらくして。

 傾き始めた太陽が世界を鮮やかに染め上げるようになった頃、俺達はようやく山頂付近にまで辿り着いた。

 それほど高い山ではないが、遠くの景色を見渡すと、俺達が馬車で進んできた平原が一望できる。

 夕闇の光を浴びて赤一色に染め上げられた緑の平原は、ため息が出そうなほど美しい。



「さて、ここらに孤児院があるはずだ、が」



 孤児院のある具体的な場所までは聞いていない。

 一応この辺りにあるはずなのだが……。



「お兄様、あれじゃないですか!」



 少し山頂付近を散策していると、ティアは遠くを指さしながらそう声をかけた。

 背中におぶられていたアリスは途中で寝てしまったらしく、背中ですやすやと寝息を立てていたが、ティアの掛け声に驚いたのかぱちりと瞼の糊を取った。

 俺はティアの人差し指が指し示す方向に、じっと目を凝らす。

 木々と木々の間。森の木々達が覆いかぶさるように視界を遮っている故、はっきりとは見えないが、隙間から赤い屋根が顔を覗かせていた。

 建物の周囲を丸く囲むように草木が刈り取られていて、木で出来たこじんまりとした遊具がぽつぽつと並んでいる。

 状況的に、あそこで間違いないだろう。



「……あれ、か。よくやった、ティア」

「えへへ。お役に立てて嬉しいです」



 ティアのふわりとした髪を押し撫でてやると、少女は嬉しそうにニンマリと微笑んだ。



「あれ……着いたの?」



 小さな手のひらをぐーにして、瞼を擦るアリス。




「ああ。もうすぐだ」

「ごめんお兄ちゃん……アリス寝ちゃってた……」

「……いや、謝る必要はない……って、どうかしたのか?」



 思わず、俺はそう尋ねた。

 振り返ると、アリスはどこか悲しみを瞳に写し、目に涙を溜めていたからだ。

 寝起きに、どうしたのだろう。標高が上がって、気分でも悪くなったのだろうか。

 昔から、山を登ると体調が悪くなる者が一定数現れる。

 山岳の沼。

 その病名を、思い出す。



「……あ、いや……ごめんなさい……ちょっと嫌な夢を……気にしないで!」

「そう……か。我慢だけはするな。何かあったらすぐ言えよ」

「うん!」



 少し心配だったが、アリスが笑顔を見せたので、とりあえず先に進むことにした。

 それに、気分が悪いにしても、休みならここよりも孤児院の方がよい。

 草木をかき分け、俺達は孤児院へと歩を進める。

 だが、だんだんと目的地に近づくにつれ、俺はある違和感を覚える。




「……孤児院、という割にはやけに静かだな」

「そうですね。あんまり、人の気配がしないです……」




 赤い屋根の建物は、孤児院……という割にはやけに活気がなく、子供たちの姿も、声も、聞こえてこなかったのだ。



「……まあ、もう夕方だからな。みんな建物の中に入っているのかもしれない」

「そう、ですね。子供たちの数も、私達が思っているより遥かに少ないのかもしれません」

「イリスは意外に変なところで気難しいからなあ。子供たちも逃げたのかもしれないな」



 食事の際。色のついた飲み物を絶対に飲まないというイリスの変わった癖を思い出し、俺はティアに冗談めかす。

 けれどティアはどこかつまらなそうな顔をしながら、ぷっくりと頬を膨らませた。


「……お兄様は、イリス様のことよくご存じですねー……」

「まあ、六年一緒に住んでいたからな。あいつのことは、なんでも知っているよ」

「六年……! そんなに長い間……んん! でも、私も……負けません!!! 通じ合う為に必要なものは、時間だけではないはずです……!」


 何を思ったのか、ティアはまるで何かを決意するかのように、胸の前で両の拳を握りしめた。


「……いったい、何の話だ?」

「お姉ちゃん……アリスも負けないから……!」


 ティアの決意はアリスにだけは伝わったようで、金髪の少女は背中越しに唇を尖らせる。


「うう……!」


 一体、二人の間ではどのように話が纏まっているのだろう。

 よくわからなかったが、少女たちのやり取りが微笑ましくて、俺は二人の会話を微笑しながら聞いていた。



☆★☆



「……何か、ちょっと暗いね」


 孤児院と思しき場所に足を踏みいれて、アリスはポツリとそう呟く。

 赤い三角屋根の平屋は、昼と夜を分ける黄昏の光に照らされて、どこか不気味さを帯びていた。

 恐らく、建物がやけに静かで、生活の音が聞こえてこないからだろう。

 赤い光に照らされた遊ぶ人間のいない遊具たちは、どこか寂し気で、悲哀を感じさせる。


「……とりあえず、ノックしてみよう、か……って」


 俺が正面の扉まで歩を進めようとした時。

 先程から背中を降りて自分で歩き始めていたアリスが、不意に立ち止まった。



「……どうした、アリス?」

「アリスちゃん?」

「……これ」



 アリスが佇む目の前にあったのは、

 地面に埋め込まれた一本の木板と、添えるように置かれている少し日が経って萎れた花束だった。

 木の周辺には誰かがひっかいたような跡があり、そこだけ雰囲気が少し違っている。

 直ぐに分かった。



 これは、墓だ。



「……板に彫ってある文字……」



 口元に手を当てながら、アリスは意味ありげに呟く。

 そこに何が彫ってあるのか、見ずともわかった。


「……ジークフリード……これって、大賢者様だよね?」


 こちらを振り返り、アリスは訝し気な表情を俺に向ける。



「ねえ、もしかしてお兄ちゃんって……」

「さあ、ティア、アリス。早く建物の中に入ろう。ゆっくりしてると夜になる」

「そう、ですね。お兄様……」

「う……うん……」



 そう……か。

 墓を造ってくれる程度には、あの子は俺を憎んではいないの、か。

 良かった。



 さあ、早く顔を見せてやろう。

 生きていることを伝えてやろう。

 ……最も、墓を造ったのは、悲しみからじゃなく、ただの儀礼的なものである可能性もあるが、な。



 平屋造りの建物に近づくにつれ、窓越し座り込む二人の子供の姿が瞳に映る。

 

 ああ、やっぱり中に入っていただけ、か。

 子供らしからぬ丸まった背中と、体を寄せ、少しでも相手の不安を取り除こうと頭を抱き込むようなその姿勢に若干の疑問を感じつつも、


 俺は、木製のドアをノック、した。





更新頻度、あげていきます!

(しばらく週2〜5回のペースで更新する予定です……!)

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