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37:「独白」





「ねえ、お兄ちゃん。聖女様に会いに行くってどういうこと!? 詳しく説明して!」


 俺におぶられながら、アリスはジタバタと暴れるように騒ぐ。

 振り返り、俺はそんなアリスを苦笑いで見つめる。

 思い切りひん剥かれたまん丸の青い瞳が、俺を見つめながらドギマギと揺れていた。


 アリスは良い子だ。

 俺がジークフリードだと告げても、きっと手のひらを返したりしないだろう。

 しかし、アリスはイリスに会いに行くという事実で、既に驚愕しきっている。


 今俺が大賢者であることを告白すれば、きっとこの子はパニックに陥ってしまうだろう。

 それに、若返った経緯や今後のことなど、説明しないわけにはいかなくなる。

 この子はイリスの元に預ける予定だ。

 俺達の戦いに巻き込むわけにはいかない。


 とりあえず、今は誤魔化しておこう。


「実はな、アリス。俺とイリスは昔馴染みなんだ。昔、イリスが聖女になる前、ちょっと知り合いでな」

「知り合い……なの? せ、聖女様と!?」

「聖女と言っても人間だ。初めから聖女として生まれたわけじゃない。俺は、イリスが聖女になる前に知り合ったんだ」


 嘘は、吐いていなかった。

 俺は今から約十年前。

 まだ、イリスが貴族の屋敷に囚われていた頃に、俺はあいつと知り合った。

 手足が棒のように細くて、赤と緑のオッドアイの瞳はどこか曇ったようにくすんでいる。

 後にその美貌と《心眼》とまで称される圧倒的な鑑定魔法の実力から歴代聖女の中でも群を抜いたスターになることが全く想像出来ないような頃に、俺はイリスと知り合った。

 アリスは納得したのか、小さく確かに……と呟き、少しだけ黙った。

 けれど、やはり疑問が全て解決したわけではないらしく、降ってわいた新たな疑問を俺にぶつけた。


「……でも、確かイリス様は今行方不明なんだよね。イリス様は突然聖女を辞めて、それからどこかに行っちゃったって聞いたけど……どうしてお兄ちゃんが、そんな聖女様の居場所を知っているの?」


 アリスは純真無垢な瞳で、こちらを覗く。

 どうして居場所を知っているのか、か。


 最後に会った、あの日のことを思い出す。


 あれはそう、やけに雨の強い日だった。

 その日、俺は王宮で国王と対外関係について今後の政策に関する打ち合わせをしていた。


 二年前、隣国で新たな革命が発生し、そこからエメリアに押し寄せてくるであろう難民に対して、どのような対策を取るのが望ましいのか、協議をしていたのだ。


 協議も終わり、俺は部屋を後にした。

 そして自室の扉の前で、蹲るように膝を抱えている、イリスを発見したんだ。


 聖女のなってから初めて、実に二年ぶりの、再会だった。




☆★☆




「イリス……か?」

「うん、びっくりした、でしょ?」


 ぎこちない笑みを浮かべて、イリスは膝を抱えたままこちらを見上げた。

 けれど、頬は少し痩せていて、血色も良くない。

 それに、今イリスは聖女として、聖ウェルフィース教会の聖地であるバーテルにいるはずだ。

 いなければいけないはずだ。



「私、ね……辞めてきた」



 俺の心を読んだのだろう。

 イリスは少しだけ寂しそうに微笑んで、俺にそう告げた。

 その声はいつもぶっきら棒で素っ気ない彼女には似つかわしくない、穏やかで、色っぽい声だった。



「私、ね。孤児院を開こうと思う。聖女としてじゃなくて、一人の女の子として、私みたいな不幸な子供たちを、幸せにしてあげたいの」



 目に少しだけ涙を溜めながら、声を震わせるイリス。


「他の人には誰も言っていない……これは、あなたにしか言ってない。あなたにだけ、聞いてほしかった……私がどこにいるか、知っていてほしかった」




☆★☆




「……どうして、俺が知っているんだろうな」


 空を見上げながら、俺はぽつりと呟く。

 あの雨の日。

 どうしてイリスは、俺だけに居場所を告げたのだろう。

 俺とイリスは、知り合ってから六年一緒に暮らしていた。

 あいつからしたら、俺は親のようなものなのだろう。

 だから、居場所を告げても、不思議ではない。


――だが



「あいつと俺は、喧嘩してばかりだったからなあ。知り合った頃は上手くやれたんだが、だんだんあいつが大人になっていく度に、あいつが何を考えているのかわからなくなった」



 出会ってから三年は、本当の家族のようだったと思う。

 けれど、あいつが少しづつ背が伸びていくつれ、胸が膨らんでくるにつれ、俺達の関係は、ギクシャクとこじれていった。


「聖女になったのも、本当に突然だったんだ。俺に何も告げず、俺から離れていくように、あいつは聖女になった。どうして、俺に居場所を告げたんだろうな……」

「アリスにはよくわからないけど……イリス様は……お兄ちゃんだけに居場所を教えたんだよね?」

「ああ、そうだ」

「だったら、さ。イリス様はお兄ちゃんのこと、好きだったんじゃないかな?」


 アリスは至極真剣な表情だった。

 横を歩いていたティアは、びくりとした表情で俺を見上げた。

 まさか、そう思い、俺は苦笑いをする。



「……居場所を告げたすぐ後、またイリスと喧嘩してしまってな。大嫌いだって言われたよ。だから、イリスが俺を好きなんて言うことはあり得ない……それに――」



 イリスと俺は、父親と娘のような関係だ。

 だから、あいつが俺を好きなんて、あり得ない。


「……うーん……そうかな……イリス様はどう考えても……」

「あ、アリスちゃん……しっ……!」


 何か言おうとするアリスに、ティアは口元に人差し指を一本立てる。

 その姿がなんだか可笑しくて、俺はふっと笑った。


 そうだ、な。

 そうして俺だけに居場所を告げたのか、今日会った時にでも聞こう、か。

 理由をしっかりと教えてくれるかは、わからない、が。




☆★☆




 何も見えなくなってしまった両の瞳で、私は懐かしい過去を振り返る。

 あの日のことを、思い返す。

 あの人に初めて会った時、私は地獄の中にいた。

 生きているのか死んでいるのか、自分はどちら側にいるのか。そんなことさえも分からずにいた。

 心にはぽっかりと穴が開いていて、その隙間から凍えそうなほど冷たい風が吹き抜ける。

 彼と会うまでは、そんな、毎日だった。


『――お前は全然笑わない奴だな。だったら、せめて名前くらいは笑わせよう。イリス・ラフ・アストリアでどうだ?』


 何もかも、彼が教えてくれた。

 私の心の隙間を、優しく埋めてくれた。

 私を地獄から救い出してくれた。


「イリス・ラフ・アストリア。昼食の用意が出来ました。飲み物はお紅茶でよろしいですか?」


 ここは、お城。だから私は、囚われのお姫様。


「話しかけても無駄だぞ。あいつはここに来てから、ずっとあんな感じだ。せっかくボスに絶対に傷付けるなと命じられているから丁重に扱っているのに、うんともすんとも言いやしない」

「ほー。ここに連れてこられたのがよっぽどショックだったのか? 元聖女だということで、いい部屋を用意してやっているのに」

「いや、なんでも初めからあんな状態だったらしい。せっかく抵抗されてもいいように強力な魔法使いを連れていったのに、最初から抜け殻みたいで全部無駄になったとさ」

「なんだ、何かあったのか?」

「さあ、詳しくはわからねえ。ただ、見つけた時、自分で作った墓の前でずっと項垂れていたらしい」

「誰か、知り合いでも死んだのか」

「ジークフリードって書いてあったってさ」

「……そういや聖女様はあいつに育てられたという噂が流れていたが。あれは本当だったのか。しかし、よりにもよって育ての親が国賊か、そりゃ項垂れるわ、な」


「……違う……彼は国賊なんかじゃない」


 急に人間らしい言葉を話しだした私を、二人の男は死んだ人間が生き返ったような顔で振りかえった。

「彼は生きている。きっと、きっと、きっと生きている」

 ねえ、ジーク。

 あなたがいなくなった世界は、私にとって退屈過ぎるよ。

 こんなに大きなベットも、広い部屋も、豪華な食事も、私一人でどうしろっていうの?

 だから、ジーク。


「助けてよ……もう一度、私を助けてよ……」 


 ボロボロと涙をこぼし始めた私に、男達は気の毒なものを見るような目を向ける。

 ああ、そうだ。私は気の毒な娘だ。

 現実を受け入れられなくて、いつまで経っても過去の幻想に浸ろうとしてしまう。

 都合の良い妄想で、少しでもぽっかりと空いた心の穴を埋めようとしてしまう。

 こんな私は、生きているのだろうか、それとも、死んでいるのだろうか。

 ああ、そんなことさえわからなくなった。

 また、あの頃に戻ってしまった。


 最後にあの人に会った時。私は彼に酷いことを言ってしまった。

 それが、ずっと心残りだ。

 どうして、私は素直になれないんだろう。

 どうしてあなたが好きだと、はっきり言えないんだろう。

 ……言えなかったんだろう。


 今の私は囚われのお姫様。

 いつか、王子様が助けに来てくれるのを待っている、無力な女の子。

 ねえジーク。

 私にとっての王子様は、あなたしかいないんだよ?




角川スニーカー文庫様より書籍化が決定しました

詳細につきましては、また発表可能になりましたらご報告致します!

これから更新頻度を上げる予定ですので、見捨てず、読んでいただけると幸いです!


本当に、ありがとうございます!





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