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36:「驚き再び」



 あの後、俺達は再び馬車に乗り込んだ。

 運転手の男はあれからえらく静かになり、時折怯えたような瞳でこちらをちらちらと確認してくるが、話しかけてくるようなことはなくなった。

 凸凹とした山道を、がたがたと揺れながら走る馬車。

 心なしか、さっきよりもスピードが速い気がする。

 恐らく、運転手は俺達を相当怖がっているのだろう。何かしでかすと、首を撥ねられると思い込んでいるのかもしれない。

 まあ、そうか。小馬鹿にしていた乗客が吸血鬼で、おまけに自分では到底敵わないような力を持っているとわかれば、誰しもそうなる……か。

 別に、怖がらせる意図はなかったのだが、な。


 はしゃいだり嫌に怖がっていたりしたティアとアリスも、あれからあまり話そうとしない。


 二人はまるでクローゼットの中で怪物が通り過ぎるのをじっと待っている子供のように、ぎゅっと俺の方に体を寄せている。



 しかし……。本当にさっきの化物は何だったのだろう。

 全身をドロドロに溶かした、真っ黒い生物。

 森の中から突然現れ、俺達の前に現れた謎の怪物。

 数々の戦地を渡り歩き、様々な生き物を見てきた俺だが、あれほどグロテスクな生物を見たのは初めてだった。

 背丈は二メートルほどで、一見熊のようなシルエット……。

 しかし、全身はまるで溶岩に覆われているようにドロドロで、意思疎通も出来そうにない。

怪しげな魔術に嵌った貴族……。

 まさか、未知の呪文によって変異した生物?

 ……いや、それは考えすぎ、か。


 黙りこくる俺達四人。ただただ時間だけが過ぎていった。




「……この辺りで降ろしてくれ」


 山を越えサンドバル平原に辿り着き、ラザロ山の麓に差し掛かった頃。

 俺は運転手にそう告げた。

 イリスがこの山に住んでいるというのは秘密であり、運転手を元聖女に合わせるのはまずい。

 だから俺は、山の麓で降りることにした。

 ここからまだ少し距離があるが、そう時間はかからないだろう。


「こ、この辺りでいいんですね!」

「ああ、大丈夫だ」


 途中、ティアとアリスはいつの間にか眠ってしまっており、俺はそんな少女たちを優しく起こす。


「おい、二人とも起きろ。降りるぞ」

「……ん……お兄様……」

「……うー……」


 二人は瞼を擦りながら、うーんと伸びをする。

 馬車に乗った時は天高く昇っていた太陽も、いつの間にか少し傾いていた。

 山頂付近に着く頃には、夜になっているかもしれない。

 まあ、そうは言ってもそこまで時間はかからないだろう。

 問題なくことが進めば、夕方には辿り着くはずだ。


「あ、ありがとうございました!そ、それでは私はこの辺で!」


 運転手は俺から金を受け取ると、引き攣った笑みを浮かべ、逃げるように馬車を走らせた。


☆★☆


「そう言えば、これから会いに行く人って、どんな人なの?」


 山道を三人で歩いている最中。背中越しにアリスはそう言った。

 初めは三人で傾斜のある森を進んでいたのだが、まだ小さなアリスを長い時間歩かせるのは可哀相に思ったので、途中からおんぶしてやることにしのだ。

 その際に、ティアがハッとした表情を浮かべた後、こちらを恨めし気に覗いてきたのが気がかりだったが、まあ、あの子も少し疲れているんだろう。

 ティアは俺の横を歩きながら、ちらちらと羨ましそうにアリスを見ていた。



「……イリス・ラフ・アストリア……って知ってるか?」

「イリス……うーんと。確か前の聖女様と同じ名前だよね……。うーん……誰だろう……」



 アリスは首を捻りながら、うーんと唸った。

 草原でティアがしたリアクションと全く同じ反応に、俺は思わずふっと吹き出しそうになる。



「ごめんお兄ちゃん……アリス、イリス様以外思いつかない……これから会いにいく人って、誰なの?」



 アリスを振り返ると、金髪碧眼の少女は、至極真剣な眼差しで俺を見つめていた。

 眉間にしわを寄せ、考え込むように顎に手を置くその仕草に、笑いが込み上げる。


 それはティアにしても同じようで、俺の横で面白そうな表情をしながらアリスを見上げていた。


「これはついさっきティアにも言ったが……今から俺達が会いに行くのはイリスだ」

「ふへ? お兄ちゃん……アリス、そんなに馬鹿じゃないよ……イリスって人だってことはわかってるよ……」


 馬鹿にされたと思い込んだのか、アリスは悲し気な目をした。



「……違う。アリス」

「え? 何が違うの?」

「俺達が今から会いに行くのは、イリスだ」

「それはわかってるよお兄ちゃん……聖女のイリス様と同じ名前の人だよね?」

「今から会いに行くのは、その聖女様だ」

「……え?」

「俺たちが会いに行くのは、聖女様だ」

「またまたー……アリスはそんな冗談にはだまされないよ」


 アリスはそう言って、冗談っぽく笑った。

 けれど、いつまで経っても俺が真剣な顔つきを崩さないからか。

 だんだんとその表情が強張っていく。



「……え?どうしてお兄ちゃんそんな真剣な顔なの……え? 嘘だよね?」

「嘘じゃない、本当だ。今から俺たちは、聖女に会いに行く」



 単なる冗談ではないことをようやく察したのか、俺がそう言った時、アリスの瞳の瞳孔がぶわっと開く。



「……嘘……だよね。お兄ちゃん?」

「本当だ。今から俺達が会いに行くのは、元聖女のイリスだ。イリスと同じ名前の人じゃない。イリス本人だ」



 俺は一つの冗談も混じっていない真剣な口調でそう言った。

 するとアリスは、まるで縋るようにティアの方を向く。


「お姉ちゃん……嘘だよね?」


 ティアはゆっくりと首を左右に振った。


「アリスちゃん……本当です。今から私達はイリス様の元へ向かってます」

「……え?」

「私達は……イリス様の元へ向かっているんです」

「……え?」


 俺とティアのあまりに冗談ぽくない真剣な表情に、アリスも嘘をついていないことを確信したのだろう。

 さっきまで現実と虚構の間で揺れていた半信半疑の表情を驚き一色で染め上げ、山の中で叫び声をあげた。


「ど、どどどどどどどどどどど、どういうこと!?!?!?!?」


 アリスのあまりに大きな叫び声に圧倒されたのか、近くで鳥が飛び立つ音がした。



 さて、ティアは俺がジークフリードだと知っているから説明できたものの。

 何も知らないこの子にどうやって説明しようか。

 背中で理解不能だという感情を爆発させている少女に、俺は小さく苦笑いをした。




次回の更新は1月27日頃になります!

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