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34:「馬車」



 あの後、泣きじゃくるアリスを何とか宥めた俺たちは、移動用の馬車乗り場まで来ていた。

 マナを足腰に集中させ加速することにより、高速移動が可能だが、まだまだ馬車の利用は衰えを知らない。

 体内にマナを宿す人間は、マナの総量が有限であり、長時間の運用ができないからだ。

 平均的なエメリア人ならば、加速可能時間はせいぜい五秒がいいところだろう。

 長い距離を移動しようと思えば、馬車を利用するより他はない。

 俺のマナは無限であり、この問題は解決されているのだが、今はティアとアリスがいる。

 それに、ここから一度山を越えなくてはならない。

 加速魔法の欠点は、小回りが利きずらいところだ。

 見通しの良い平原ならいざ知らず、山であれば障害物に出会う度、減速を余儀なくされる。

 ……結果的に、馬車で移動するのとさほど変わらないだろう。



「うわー、馬がたくさんいますね……」


 都市の両端にある馬車乗り場に辿りつくと、ティアは物珍しそうにほーっと息を吐く。

 乗り場にはきりりと前を見据え、円らな瞳を光らせた毛並みの良さそうな背の高い馬が、 荷馬車を引きながら、柵の内側でずらりと横に並んでいる。


「ひゃあっ! やめてください……!」

「お馬さん、お姉ちゃんに興味津々だね」

「んん……くすぐったいです」


 前を通り過ぎるたびに首筋に顔を近づけ、匂いを嗅ごうとする馬たちに、ティアは小さく悲鳴を上げる。

 それから馬との壁を作るように、俺の背後に回り込む。


「……何してるんだ、ティア」

「うう、すみません……なぜか馬たちは私の匂いを嗅ごうとしてくるんです……それが、くすぐったくて……どうして、アリスちゃんやお兄様ではなく、私ばっかり……」

「……甘い匂いがするからじゃないか」

「甘い匂い……?」

「ああ、ティアはちょっと甘い匂いがするからな、馬から美味しそうに思われてるんじゃないか?」

「甘い匂い……それはお兄様が……お好きな匂いですか……?」

「……ああ、そうだな。いい匂いだと思うよ」


 ティアは急に顔をニヨニヨとさせる。


「……好きな匂い……好きな匂い……」

 うわ言のようにそう繰り返して、仄かに顔を赤くし、ティアは表情をにやけさせていた。




「三人なんだが、乗せてくれるか?」


 俺は荷馬車に寝転がりながら暇そうにしていた運転手に話しかける。

 乗車場の中で、この運転手が使う馬が最も足腰がしっかりしていて、早くイリスの元へ辿り着けそうだったからだ。

 白髪の混じった中年の運転手はむくりと起き上がり、怪訝そうな顔でこちらを見下ろした。


「あいよ……って、ガキ三人組か……」


 俺たちの顔を見た瞬間、運転手は露骨に態度を悪化させる。

 はーっと魂が抜けそうなほど大きなため息を吐き、再び荷馬車に寝転がった。


「冷やかしは、ごめんだぞ」

「冷やかしじゃない、ちゃんと金は持っている」


 俺は服の内側から金貨を取り出す。

 運転手はこちらに一瞥もくれず、寝ころんだまま気怠そうに声を発した。


「嘘つけ、どうせ途中で金を払わずに逃げるつもりだろ。よくいるんだよ、お前らみたいな無銭乗車のガキどもが……あいつら逃げ足だけは早いからな……というわけだ、悪いが他を当たりな」

「……お兄様はそんなことする人じゃ……!」「そうだよ、お兄ちゃんは……!」

「はいはい、みんなそう言うんだよ。なーにがお兄様だ、ただのクソガキじゃねえか」

「……ゼロ様の悪口は……!」

「しかも金髪の一番ちびっこいガキは小汚ねえ……無銭乗車しますと顔に書いてある……そんなガキを連れてるお兄ちゃんとやらも服の端っこが破れてる、お前らの何を信用しろって言うんだ」

「アリスは別にいいけど、お兄ちゃんの悪口は……!」

「ティア、アリス」


 ぷーっと頬を膨らませ、運転手に反論する少女達を制止する。


「……ここは引こう。騒ぎを起こすのは得策じゃない。お前達の気持ちだけで十分だ」

「うう……でも……」

「アリスは何か悔しい……」

「ありがとう。でもまあ、他に馬車はまだある。そっちに行こう」

「うう……」


 ティアとアリスを宥め踵を返そうとした時、背後から間の抜けた叫び声が吹き抜ける。

 振り返ると、運転手は起き上がり、俺たちの方を見ながら目を丸くしていた。


「お、おい! その手に持っているのはいったいなんだ!」


 視線は、俺が右手に持っている金貨の束に集中している。

 しわの刻まれた口元をぽっかりと開ける運転手。


「……金貨だが」

「な、なんだよ、金持ってるんじゃねえか! 早く言ってくれよ!」


 運転手はひょいと荷馬車から降りて、こちらまで駆け足で走る。

 あからさまな作り笑いをして、お兄さんお兄さんと手もみを始める。

 豹変したようなその姿を、ジト目でじーっと見上げる少女たち。


「ガキ……じゃなかった、お客さん、是非うちの馬車に乗っていけ……じゃなかった、乗って行ってください!」

「……アリス達は金を払わずに逃げるんじゃなかったの?」

「いや、本当に滅相もございません、先ほどの非礼はお詫びします! クソガキなどという私の失言、心よりお詫びします!」


 まるで、テープで口角を無理やり持ち上げたような作り笑い。

 深いしわが刻まれ、日に焼けた厳つい顔には似合わなすぎるその笑顔。

 それは正に悪徳商人のそれ。

 ……貴族に接待される際によくされた、心にもないような笑顔。


 アリスとティアは汚れきった大人を、濁りのない湖のような瞳で訝しく見上げた。


「私の馬はこの乗り場の中じゃ一番良い馬です。毛並みもいいし足腰の筋肉もしっかりしている、目的地まで最速で到着しますよ!」


 確かに男の馬は毛並みが良く、乗り場の中では群を抜いて足腰がしっかりしている。

 最速というのも、あながち嘘ではないだろう。

 不信感を露わにした表情で、じーっと男を見つめる二人。


「いやあ、可愛らしいお嬢さんたちだ。薄金色の髪に、こっちはお兄さんと一緒の濡れ羽のような黒髪……いやあ、美しい!」

「さっきは小汚いって言ったくせに……」


 目を逸らしながら、アリスがチクリ。

 運転手は何も言わず、困ったような笑顔で対応する。


「……だ、そうだ。ティア、アリス……どうする?」

「……私は別に、お兄様がよければ……目的地には早く着いた方がいいでしょうし……」

「アリスも……」


 二人はなんとなく納得していなそうな雰囲気だったが、渋々といった感じで首を縦に振った。


「じゃあ、乗ることにするよ」

「ありがとうございます! さぁさぁこちらへ!」


 こうして、俺たちは馬車に乗り込んだ。

 3人横並びになって座席に腰掛ける。

 密着する俺たち3人。

 ティアは仄かに顔を赤らめながら、俺の方に身体を倒してきた。



少し遅れてしまいました……。

申し訳ありません!

次回の更新は1月15日になります!

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