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33:「泣き虫」



「お姉ちゃんはティアって名前なんだね、えっと……涙、って意味かな」

「そうですね。あんまり覚えていないんですけど、どうやら私は昔泣き虫だったみたいで。それで両親はティアと名付けたみたいです」

「へー、お姉ちゃん泣き虫なんだ」

「い、今は違いますよ……!」

「ゼロお兄ちゃん、そうなの?」

「さあ、どうだか」

「お兄様……!」


 恨みがましい顔で、ティアはこちらを見上げる。

 俺はそんな少女が可愛らしくて、艶の良い黒の髪を優しく押し撫でた。


 なんとなく上手いように誤魔化されたような顔を浮かべながらも、

 ティアは心地よかったのか、すぐに表情を崩す。


 郊外から都市の中心地へ戻っている最中。

 俺たちは仲良くお喋りに興じていた。

 忙しない都市の雑音の中に、俺たちの笑い声が溶けていく。


 さっきまで無人に近かった都市の景色も、

 中心地に近づくにつれどんどんと人の足が増えていき、

 交通都市の名に恥じぬ様相を呈していた。


 舗装されていない幅広の道を、行き交う人々。

 忙しく動く人々の熱気は、天高く上った太陽と相まって、都市の気温を押し上げる。

 額にじんわりと汗が染みだし、俺は袖でその汗をぬぐった。



「……馬車に乗る前に、何か食べていこうか」


 雑踏を歩きながら、俺は二人にそう提案した。

 もともと何か食べてから行こうという話になっていたし、

 おそらくまともな食事を取っていないであろうアリスに、何か食べさせてやりたかったからだ。

 アリスはキラリと瞳を光らせて、首をもたげる。


「本当!?」

「ああ、もともとそのつもりだったんだ」

「やった、お兄ちゃん大好き!」


 アリスは俺の膝に、ぎゅっと抱き着いてくる。

 優しい微笑みを浮かべながらも、ティアはなんとなく羨ましそうにその様子を眺めていた。


 それから。

 何か思いついたようにティアはふっと顔を上げ、少し顔を赤らめながら俺の手のひらを握った。


「どうしたんだ、ティア。急に手なんか握って?」

「……そういえば、ローラルって人が多いですよね」

「そうだな」

「……気を付けないと、はぐれちゃいそうですよね」

「かもしれないな」

「……こうやって手を握っておけば、はぐれる心配はありませんよね……!」


 仄かに頬を赤らめ、したり顔のティア。

 人が多いとは言っても、ここは少し中心部から離れている故、

 はぐれる心配はないように思えるが……。


「……」

「えへへ、手のひらあったかいです」

「ずるい! アリスも手握るー!」


 宝物でも握っているように、ティアは幸せそうな顔をしている。


 ……まあいいか。

 この子がそう言うなら、そういうことにしておこう。

 ティアには右手を、アリスには左手を握りしめられている俺は苦々しく笑いながら、

 ヤジロベーのようにふらふらと左右に揺れ、ローラルの道をゆっくりと歩いていた。




「二人とも、何か食べたいものあるか?」


 中心地の飲食街までたどり着いてた俺は、二人にそう尋ねる。

 アリスは屋台や飲食店の軒先から香ってくるいい匂いに目移りしているのか、あれもこれもという顔できょろきょろと店を眺める。


「……うー、どれもこれも美味しそう……」

「本当ですね、みんな美味しそうです」

「遠慮しなくてもいいぞ、二人の食べたいものを食べよう」

「……んー……決めきれない!」


 アリスはお手上げといった感じで、天に両手を掲げる。


「なんか、もったいなくて決められない……」

「そう言われてもな」

「ティアお姉ちゃん、アリスの代わりに決めて!」

「え!? 私ですか!?」

「うん、どれも美味しそうでアリスには決められない! お姉ちゃんに任せた!」

「うーん……そうですねえ……」


 ティアは腕を組んで、目を瞑る。

 うんうんと首を捻り、難しそうな顔をするティア。

 それから、ふっと妙案が思いついたように、瞼をぱっと開けた。


「あ」

「ん、何か思いついたか?」

「はい! あそこにしましょう!」


 ティアも指さす方向にじっと目を凝らす。

 甘いタレの匂い……あれはサクラの町で三人一緒に食べた……焼き鳥屋の屋台、か。


「焼き鳥か」

「……焼き鳥……アリスが食べたことないやつだ!」

「サクラさんとお兄様と三人で食べた時、とっても美味しかったので……アリスさんも、きっと気に入るはずです!」

「楽しみ!」


 人波を上手に避けながら、屋台の前まで進む。

 人の良さそうなお婆さんが、網の上で串に刺した鶏肉を焼き、刷毛でたれを塗り込んでいた。

 ふわっと香る甘い匂いに、空腹が刺激される。


「注文を、いいだろうか」

「はい、毎度どうも――」


 お婆さんはふっと顔を上げ、

 俺とアリスの顔を見比べ、驚いたように目を丸くした。

 それから何か合点がいったように優しい顔になって、俺たちのほうに笑いかける。


「おや、これは珍しいお客さんだね……兄妹三人でここまで来たのかい?」

「まあ、そんなところです、ね」

「面倒見の良いお兄さんだこと、お婆さん関心しちゃったよ」

「はは、ありがとうございます。一人二本ずつ、六本もらえないか?」

「あいよ。あ、そうだ……ちょっと待ってな」

「?」


 ポケットの中から花があしらわれたヘアピンを取り出して、お婆さんはアリスの前にそっと差し出す。


「お嬢ちゃん、髪の毛が目にかかって邪魔だろ? このヘアピンを使いな」

「え……アリスにくれるの?」

「ああ、せっかくの可愛らしい顔が髪に隠れてちゃ勿体ないからね。どうせお婆さんはもう使わないから、あなたが使いな」

「わあ、ありがとう!」

「いいえ、どういたしまして」


 ……よかったね、親切な人に拾ってもらって。


 きっと、喜んでいるアリスには聞こえていないだろう。

 けれどお婆さんは、アリスの髪を撫でながら、確かにそう呟いていた。


☆★☆


「……はむっ」


 屋台の横にずれて、三人で焼き鳥を頬張る。

 一口噛り付いたアリスは、ぱーっと表情を明るくした。


「これ、すっごく美味しい!」

「それはよかったです、選んだかいがありました」


 ニコニコと笑いながら焼き鳥を頬張るアリスに、ティアも満足そうに笑いかける。


「お兄ちゃんも、アリスに買ってくれてありがとう!」

「どういたしまして、喜んでもらえたなら、それが何よりだ。美味しいか?」

「うん、美味しい!」


 美味しいと、はち切れんばかりの笑顔で笑いかけるアリス。

 金の髪はもらったヘアピンで横で止められていて、少女の可愛らしいでこが見えている。

 ニコニコと顔をほころばせ、アリスは串にかじりつく。


「……あ」


 けれど不意に、唐突に。

 まるで時間が止まったように、食べるのを止めるアリス。


 そのまま俯き、地面と顔を見合わせる。

 だんだんと、小刻みに震えていく肩。


「……アリス?」


 ぽたぽたと、地面に雨が降る。

 唇を噛みしめるアリスの瞳から、何かがあふれ出していく。

 ……涙、だ。



「どうしたんですか、アリスさん……急に食べたからお腹痛くなりましたか?」


 急に泣き出したアリスに、心配そうなティア。

 ぶんぶんと、くしゃくしゃの顔でアリスは首を振る。


「……ごめんなさい……なんか……急に涙が……悲しいわけでも辛いわけでもないのに……とっても……幸せなのに……すっごく……美味しいのに……」


 声を上ずらせながら、アリスは泣きじゃくり始める。

 おろおろと、どうしていいかわからないという表情を浮かべているティア。

 とりあえず、あやさなくてはと思ったのだろう。

 泣いているアリスをぎゅっと抱きながら、優しい声を出す。


「大丈夫ですよー……もう怖い人なんていませんから……」

「うん……いない……お兄ちゃんもお姉ちゃんも……好き……」

「私もアリスちゃんが好きですよー……」

「……さっきお姉ちゃんのこと……泣き虫っていったのに……ごめんなさい……」

「泣きたい時は好きなだけ泣いてください……謝る必要なんてありません」

「……うう……」

「ああ、せっかく泣き止みかけていたのに……! 私変なこといいましたか……?」


 仲睦まじい姉と妹に、俺は苦笑いを浮かべる。

 ……俺が出る幕じゃなさそうだな。

 泣きじゃくる妹に、それを何とかあやそうと試行錯誤を凝らす優しい姉の姿。


 そういえば、昔はよくミライをこうやって慰めたな……。


 苦笑いを浮かべながら、どこか懐かしむような気持で俺はその光景を眺めていた。

 道行く人々は、ちらちらとそんな二人を盗み見る。


「ああ……私では手に負えません……お兄様……!」

「はいはい」



遅くなりました!

次回の更新は1月7日の予定です!


追記

作者風邪の為、1月7日の更新は9日に延期します。


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