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29:「金目の物」



 ティアのペンダントを盗んだ男の子が走って行った方へ、俺たちも駆ける。

 既に少年は見えなくなっていたが、微かなマナを探知して、足跡を辿る。


 一瞬顔を見ただけの相手を探知することは難しく、

 おまけにここは人混みで、その精度も落ちる。

 ……とは言っても、距離はそう離れていない。

 少し時間はかかるが、さして問題はない。



 男の子は、街の住人のみが知っている入り組んだ横道など。

 かなり複雑な経路を辿っているらしく、足跡を辿るにつれ、どんどんと人並みは減っていく。

 おそらく、スリの常習犯なのだろう。

 観光客などを狙って、迷路のような道順を辿り、相手を撒く。

 そんな風に、何度も何度も盗みを重ねているのは、想像に難くない。

 ……とは言っても、今回は相手が悪かったな。



 俺の横でティアが荒い息をしながら、食らい付くよう必死に走る。


 あんな年でスリをやっているんだ。

 きっとあの子も色々と訳ありなのだろう……。

 だが……あのペンダントはティアにとって大切なものだ。

 悪いが、しっかりと返して貰う。



「……ティア、ここだ」

「……!」



 追いかけ始めてから、10回以ほど角を曲がった時。

 都市の中心部からは離れた、人気のない路地の一角に、男の子のマナの気配。

 間違いない。

 ここに少年がいる。


 ……いや、少年だけじゃない。

 声が聞こえてくる。

 他にも、何人かいるようだ。


 壁の影から、俺は酒瓶の転がる薄暗い路地を覗く。




 覗き込んだ、ちょうどその時だった。



「てめえ、このペンダント……安物じゃねえか!」

「……ひっ……」



 路地に響く、品のない怒鳴り声。

 醜く太った豚のような男が、少年を睨みつけている。

 その背後で、ニヤニヤと笑う2人。

 豚は手に持っていた酒の瓶を叩きつけた。

 バリンと、硝子の砕けるような音が響き渡る。



「……役立たずのクソガキが!」

「……うっ……」



 豚が、少年の腹を殴る。

 男の子は小さく悲鳴をあげ、倒れこむように地面に膝をつく。



「おいクソガキ……一体どうなってんだ。俺は金目の物を盗んで来いって言ったよな……?」

「……あっ……あっ……」

「いったい誰が二束三文にしかならねえクソみたいなペンダントを盗んで来いって言った……?」

「……あの……その……」

「これを付けていた奴は、どんな奴だったんだ……金持ってそうな奴だったのか?」

「……黒髪の……お姉ちゃん……とっても……大事そうにしてたから……」

「てめえ盗む時は年寄りを狙えって言ってんだろ! 俺達に拾って貰った分際で、足引っ張ってんじゃねえよ!」

「……うっ……」



 追い打ちをかけるように、暴行を加える男。

 蹲った男の子の腹を蹴り上げ、唾を吐きかける。

 蚊の鳴くような震え声で少年は「ごめん……なさい……」と呟く。


 それを見てゲラゲラと笑っている、取り巻きと思しき痩せた二人の男。



「いやー、出来の悪い子分への教育、兄貴、流石ですねえ」

「ほんとほんと。おいクソガキ、よく反省しろよ。親もいない独り身で物乞いをやっていたお前を兄貴は拾ってやったんだ。もっと感謝しろ感謝。ごめんなさいじゃなくて、ありがとうございますだろうが!」

「……ありがとう……ございます……」

「ははははは! こいつ本当にありがとうって言ったぞ! 丁度スリ要員が欲しかった俺達が無理矢理連れてきただけだってのにな! 教会にでも行けば保護してもらえるのによ、感謝してるぜ!」



 品が無く、ゲラゲラと笑う男達。

 俺の横でティアは小さく押し殺した声で「ひどい……」と呟いた。



「おいガキ、今度くだらねえもの持ってきたら……わかってんだろうな。 この前二回連続でハズレ持ってきた日のこと、忘れてないだろ?」


 醜い豚が、男の子の胸倉を掴み上げる。

 顎をがくがくと鳴らしながら、全身を恐怖にぶるぶると震わせる。



「体中に電流がびりびり走るのは嫌だよなあ? よだれまき散らしながらごめんなさいごめんなさいって許しを請うのはもうごめんだよなあ?」

「……あっ……あっ……」

「おい……わかってんだろうなあ! わかったなら返事しやがれ!」



 恫喝に怯え、少年は瞼をぎゅっと閉じる。

 それから路地裏に響き渡るような大声で「……はい!」と返事をした。

 ニヤリと笑って、男は手を離す。

 どさりと。

 力が抜けたように、地面に倒れこむ少年。


 その様子を見て、猿のように手を叩きながら、痩せた男二人が高らかに笑う。



「おいクソガキ、いつまでそうしてんだ。早く行って金目の物盗んで来い!」


 地べたにへたり込む少年に、豚は睨みを利かせる。

 男の子は慌てて立ち上がる。

 殴られないよう、次の仕事に取り掛かろうと、走る。


 その姿を見て、ニヤニヤと気味の悪い笑みを浮かべる三人組。

 ティアの大切なペンダントを雑にぶらぶらと揺らしながら、ぎこちなく走る少年に向かって、豚は素っ頓狂な声をあげた。


「おーい、今度はこんなゴミじゃなくてもっとまともな物盗って来いよ~」












「――その必要はない」











「……え?」


 路地の壁から突然現れた俺に、男の子はぶつかった。

 俯きながら走っていたから、不意に現れた俺に気付かなかったのだろう。

 涙で真っ赤に染まった大きな瞳が、きょとんと俺を見上げる。

 そのまま、俄かに震え出す体。

 俺の横で、唇を噛むティア。



「……あっ……あの……」



 俺がペンダントを盗んだ相手であることに気付いたのだろう。

 仕返しでもされると思い込んだのか。

 瞳を恐怖に染め上げて、がくがくと膝を鳴らす。



「おい、なんだてめえら!」



 豚が、敵意に満ちた叫びをあげる。

 そのまま一歩二歩、俺の方へ近づいてくる。

 無視して、微笑みながら。

 しゃがみ込み目線を合わせ、男の子の頭を撫でる。



「大丈夫、俺達はお前を責めに来たわけじゃない」

「……え? じゃあ……」



「おい、返事をしろ!」



 醜い顔を更に醜く歪めながら、豚の怒鳴り声が路地に木霊する。

 

 俺は、ゆらりと立ち上がった。









「――おい、金でしか物の価値を測れない醜い豚……その手に持っているペンダントは大切な物だ。だから、返せ」




次回の更新は12月22日になります。

しばらくは2日に1度更新になると思います……申し訳ありません!

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